彼女は知らない。
俺がずっと彼女の事を気になっていたなんて、きっと。
いつも同じ時間に大江戸マートに入っていく彼女の横顔を、初めは綺麗な人だななんて巡回の途中で思っていた。
非番の日なんかもあの辺を良く通るものだから見かけるのは当たり前の事だっただろう。
そうして幾度となく彼女の横顔を眺めているうちに彼女の小さな仕草が気になるようになった。
頬にかかる髪を抑える細い指先、いつも憂い気に伏せられた長いまつ毛、色素の薄い大きな黒目に丸い目元。
時折見える白く細い腕にくっきりとついた浅黒い痣…少しでも袖がめくれ上がるとそれを隠すように腕を下げる様子。
今までは光の当たる加減による見間違いや勘違いなのではと信じられなかったが先程彼女の腕を掴んで確証した。
明らかに過去のものでは無い、それなりに最近着けられたであろう痣を、この目でしっかりと見た。そして、首筋についた新しめの傷も。
「…咲さん」
其の名を零す。
ぶっちゃけた話、彼女を気にかけるのは、ましてや助けるのは真選組の仕事ではない。
今の時代傷ついている人なんて沢山いる。
どちらかというと万事屋の旦那の領分だろう。
だが、仕事云々の話は抜きにして、俺は彼女の手を引きたいと思っている。
跳びあがるほど冷たかった彼女の腕の感触を思い出す。
少し力を込めれば折れてしまいそうな華奢な腕。
それをもし俺が引いたとしたら、彼女のあの細い身体は頼ってくれるだろうか。
「難しそうな顔をしているな、山崎」
そう声を掛けてきたのは私服に身を包んだ局長こと近藤勲。
頬が真っ赤に晴れている。
「局長、どうしたんですか、それ」
「いやあ、はっはっは。今日もお妙さんがあまりに素敵でなあ」
「……良かったですね」
殴られたのだろう。
恐らく痕の形的にグーで。
「それで。お前はどうしたんだ?」
話を戻されて肩が跳ねた。
思わず目線を逸らして頬を掻く。
「まあ、その」
「言わなくてもいいさ。俺にはわかる」
「え?」
「恋煩い……だろう?」
きらん、と。
彼は目を細めながら片方の口角を妖しく持ち上げ、親指をぴんと立て、そう言った。
無事な方の頬も殴ってやろうかと思ったが流石にやめた。上司だし。
しかしまあ強ち間違いでもないのかもしれない。
あわよくばなんて思っちゃってる自分が居るのは確かなのだから。
黙っている俺を見て肯定と取ったらしい局長は、ばしんと背を強く叩く。
背筋が勝手にしゃんと伸びた。
「堂々としろ、山崎!人が恋をするのは普通の事だ!恐れる必要はない!どーんと、アタックすればいいんだよ!」
真昼間から好意を寄せる女性にグーで殴られた男からの助言だと思うといまいち有難くないけれど、今はその言葉で十分だった。
きっと彼女はまた大江戸マートに現れる。
どうせこっちは仕事でもあの辺に行くことが多いのだし、きっとまた近いうち会えるだろう。
そうしたら、今度は偶然じゃなくて、ちゃんと声を掛けよう。
それで、お茶にでも誘うんだ。