太腿の間を風が吹き抜けていって、少しだけ寒い。
それなのに顔には羞恥で熱が集まってくる。
車の中で着替えを終え、出てきた私を見て沖田さんと土方さんは口をあんぐりと開けた。
零れ落ちた煙草が土の上でじゅう、と音を立てる。
「…あの……あまり見ないで頂けますか…」
必死に着物の裾を下に引くが、青白い太腿を隠すには全然足りない。
もう少し長くできないものだろうか。この丈ではしゃがむことはおろか少しでも屈もうものなら…。
「わー!やっぱり似合う!素敵!」
一方の寺門さんはそう言って飛び跳ねる。
「中にあったお化粧道具も使ってくれたんだね!咲さん、素材がいいってのもあるけどお化粧上手!」
「そ、そうかな…?」
「うん!自信持って!」
満足そうに彼女は微笑んだ。
その後ろに居る二人の口は相変わらず開いたままだ。だが、すぐに土方さんは煙草を新しく咥えなおす。
「……おい、これで満足か?それじゃあさっさと、」
「まだまだこれから!」
そういうと彼女はすう、と息を吸った。
「ちょっと!あなた達、いい加減にしてよ!」
そういえば、まだ騒いでたんだ近藤さんたち…。
できればこっちを見ないで欲しいのでそのまま騒いでてくれて良かったのだけれど。
「そんな喧嘩ばっかりしてるからあなた達は評判が悪いの!何でも暴力で解決するなんて最低だよ!もう今日は暴力禁止!その腰のものも外して!」
寺門さんは腰に手を当てながら数歩前に歩み出る。
その様子を沖田さんと土方さんとは不安そうに見つめた。
「おいおい…小娘がすっかり親玉気取りか?そいつらはそんじょそこらの奴に仕切れる連中じゃねェんだよ。それに武器無しで取り締まりなんてできるわけねェだろ。刀は武士の魂…」
そこまで言った土方さんの期待を裏切るように、無情にも刀が地面を転がる。
丸腰になった近藤さん含め隊士たちはびしり、と寺門さんに敬礼を向けていた。
「…転職でもするか」
呟いた彼に思わず苦笑いを零す。
「でも、このタイミングでテロリストとかが攻めてきたら大変ですよね…刀はあった方がいいんじゃ…」
「咲の言う通りだ。平和を訴えるっつーことは平和じゃねェってことだ。そんな中で刀を外せるかよ」
土方さんがそう言うが、少し遠くに居る近藤さんはこちらを見て声を荒げた。
「トシ!総悟!なにをやっているんだ!お前たちも早く武装解除せんかァ!」
「近藤さん、アンタはもう少し頭を武装する必要がある」
彼の額には青筋が浮かんでいる。
だが、近藤さんは諭すように口を開いた。
「今日は一日、イメージアップに尽力せんか」
彼の手は宙を少しだけ彷徨い、数秒悩んだ末、寺門さんの肩に置かれる。
頬は真っ赤に染まっていた。
「俺が何も考えずにお通ちゃんをお呼びしたと思うか?」
「いや…厭らしいことを考えてお呼びしたと思う」
その時、隊士の一人と目が合う。
「あれ、咲さん、なんか可愛い格好してる!」
「ほんとだ!」
ざわめきと共に視線が一気に集中した。
可愛い、だの、綺麗、だのこれまで浴びたことのない称賛が一気に降ってきて、思わず土方さんの後ろに隠れる。
「う、うう…本当にこれ着て町を練り歩くんですか…?」
「…まあ、確かにこんなことさせられてるって山崎が知ったら、ぶっ倒れるだろうな」
煙草の煙を吐いた彼は目を細めた。
「俺もあんまり良策とは思えやせん。さっき土方さんが言った通りコイツは攘夷浪士に誘拐されたばかり…」
隣に居る沖田さんがふいとこちらに目線を送る。
思わず太腿を両手で隠した。
「それにこんな格好のアンタを人前に晒すのは、ちょいとばかし妬けちまいますしねィ」
そう言って、彼はふいと視線をずらすのだった。
* * *
彼女は私を前面に押し出すということ以外にも、真選組のために色々と考えてきてくれたらしかった。
まず一つ。局中法度…"士道に背くまじきこと これを犯した者 切腹"。
これを"語尾に何かカワイイ言葉を付ける(お通語)こと これを犯した者 切腹!"に変える、というもの。
物騒なものが丸々残っているという土方さんのキレッキレのツッコミが飛んだが、結局それで行くらしい。
そして二つ。彼女が自費で発注してくれたという、マスコットキャラクター、"まことちゃん"。
上半身が人間、下半身が馬という、空想上のケンタウロスのような姿をしたマスコットキャラクター…なぜか背中に矢が刺さった死体が乗っている。
しかもその顔にはこの世の不幸をすべてかき集めたかのような哀愁が漂っていて、お世辞にもマスコットキャラクターとは言えそうにない。
そうして、結局それらを従え、イベントは開始されたのだった。
寺門さんが来るということもあってか恐ろしいほど人が集まる様子を私は震えながら見つめる。
唯一の救いは車の上に乗らなくても良くなった点だろうか。
…というか、試しに乗ってみたところ下に居る隊士から着物の中が見えてしまったらしい。
念のため湯文字の上から短めの蹴出を着ておいてよかった…。
それに、どうやら集まった観客は皆、上に居る寺門さんに夢中になっていて、こちらはあまり見ていないのも救いだ。
「すっごい人ですね」
沖田さんと土方さんとが車に寄りかかっている。
その隣に、なるべく目立たないようひっそりと立っていた。
「ああ。局長の人気は流石でさァ。どこにいっても愚民どもで溢れかえってま雪渓から落ちて死ね土方」
「しかしなんだ、この曲は。俺達のこと馬鹿にしてるようにしか聞こえん殴る蹴るの暴行を受けて死ね沖田」
「……それ、律儀にやんなきゃダメですかね」
カワイイ語尾とは言えそうにはないが、どうやら寺門さんは気にしていない…というか、気に出来ないだろう。
現在彼女は車の上で心地よさそうに歌っているのだから。
これだけの人の前で堂々と歌えるなんて彼女は本当にすごい人だ。
「そりゃあ自意識過剰ってやつでさァ。あっしには甘いラブソングに聞こえますガス中毒であの世へ逝け土方」
「…ラブソングには聞こえませ…せ、せ……せ…?」
「咲、無理してやんなくていいと思いやす絶壁から身を投げて死ね土方」
「よくそんなすらすら出てきますね沖田さん…」
沖田さんの手がぽんと頭に乗る。
そのまま数度、彼の手は私の頭を撫でた。…なんで撫でられたんだろう。
その時、スピーカーから寺門さんの声が響く。
「みんなー!ありがとうきびうんこー!」
……いや、なんというか。気にする余裕がなかったのではなく、寺門さん的に沖田さんと土方さんとの語尾は守備範囲内だったんだろうということがわかった。仮にもアイドルを名乗る、しかも女の子が排泄を意味する言葉を白昼堂々往来で叫んだこと、それをなんとも思わず同じ言葉で呼応する集まった人々を見る限り、きっとそうなのだろう。
もう考えることをやめた方がいいと思える光景だった。
「余計イメージが悪くなりそう断崖から落ちて死ね沖田」
「実際テロが起きたらどうすんでしょう。刀も持ってねェの煮えたぎった弱火で死ね土方」
「そこだけが怖いですよね…丸腰ではどうしようもないですし……し、えーっと、し、しぐれ煮?」
あ、今日の晩御飯しぐれ煮にしようかな。この間生姜安かったから大量に買い込んだばかりだし。
「もう俺のしったこっちゃねえムーミン沖田殺すぞ」
「死ね土方」
「死ね沖田」
「死ね沖田…あ、間違えた、土方」
もはや語尾でも何でもなかったが、何やら楽しそうなので突っ込むのはやめておいた。