スケジュールも大詰めになってきて、やっと太腿が外気を浴びるのに慣れてきた頃。
「やっぱり失敗でしたねィ」
一度元居た場所に戻ってきた現在、私の姿を見ながら沖田さんはそう呟く。それに関しては私も同意見だった。
寺門さんが歌い終わった後ゆっくりと町を歩いたのだが、"思ったよりも声を掛けられた"のだ。
恰好が恰好なだけに物珍しさで声を掛けられることの方が多かったのだろうけれど、それにしたって真選組の女中という名目でこれ以上自分の情報が流れるのは出来れば遠慮したいところだ。
なにより一番恐ろしいのが、声をかけてきた人の半数以上が、私の名前を知っていたこと。
「一時期、写真は撮られていないにせよ新聞やら雑誌やらに取り上げられたからある程度は覚悟してやしたが…アンタは思った以上に顔と名前が割れてた。それにきっと今回の事で更にアンタの情報は広がる」
沖田さんのその言葉に隣に居る土方さんも煙草を咥え、こくりと頷いた。
眉間には皴が寄っている。
「撮影禁止だっつってんのに撮る奴は撮るしな。…盗撮でしょっ引いてやろうか」
「撮った写真は消すよう言いやしたが、本当に消すとは限らねェ」
そう言いながら沖田さんは上着を脱ぐ。脱いだそれを私の肩に掛け、小さく溜息を零した。
「できるだけそれ羽織ってコソコソしててくだせェ。安心しな、前みたいな失敗はしない。ただ不用意に敵を作りたくないだけでさァ」
「…ありがとうございます」
に、と彼は口角を持ち上げる。
その時、車の陰からひょっこりと近藤さんが姿を現し、寺門さんに飲み物を渡した。
受け取った彼女の隣に腰かけるその様子はあまり健全とは思えない光景だった。
「いやあ、流石ですなあ、局長。ほんのちょっとの工夫でこんなに注目が集められるとは思いませんでしたけのこ!」
たけのこかあ…炊き込みご飯もいいなあ。
「イメージはね、作るのは難しいけど壊すのは簡単なんだ。あなた達は元々最悪のイメージだったから粉々になるまで壊すだけだ妖怪小豆洗いっ」
「オイ、さらりととんでもねぇこと言ったよ」
可愛らしい笑顔を浮かべ全力で真選組を罵倒する彼女にまさかの沖田さんがツッコミを入れる。
思わず彼の顔を見てしまった。不服そうな顔をしている。
「しかし悲しい話です。我々は江戸の平和を想い、日々働いているのにどうも空回りしているようで…。我々の目指す姿と人々の我々に抱くイメージは開いていくばかリンボーダンス」
「でも真選組の皆は偉いよ。普通は他人が自分をどう思ってるかなんて直視できないもん。でも、人の目ばかり気にしてても身動き取れなくなっちゃう妖怪ぬらりひょんっ」
最後が"よ"だと全部妖怪になるのかな…。
「なァにこの会話…気持ち悪ィんだけど」
そう呟く土方さんの方を見ると煙草に火がついていなかった。
酷い動揺っぷりだ。
「あたしもそうだったの。スキャンダルで叩かれて人の目ばかり気になって、恐くて外にも出られなくなってしまったんたん狸のキン〇マ」
「今、キン〇マっつった?アイドルがキン〇マっつった?あれ本当にアイドルですかィ?」
思わず黙りこくる。
…いや、まあ、名作だし…ね。この間地上波やってたからね、平成狸合戦ぽ〇ぽこ…。
「でも人の心なんてそう簡単に左右できるもんじゃないし、もういいや、あたしにできるのはあたしが理想とするあたしを目指すことだけだって開き直って…そしたら、目の前がぱあっと開けテリヤリバーガー」
目を伏せる寺門さん。
きっとあの若さで大変だったんだろう、と彼女を想う反面、語尾がすごく気になっている自分が居る。
「…手羽元の照り焼きもいいなあ」
「咲、今日ずっと晩飯のこと考えてやせんかィ?」
「だって朝ごはんの後すぐに出てきたから下準備も何もできていないんですもの。手抜きにならず、でも簡単にできるものって難しいんですよ」
「手抜きでも誰も怒りやせんぜ。アンタの飯は手ェ込み過ぎなんでさァ」
「私は真選組の女中ですよ?江戸の平和を守るあなた達に、手を抜いた料理なんて出せません」
そう言うと彼は、そうですかィ、と呟き困ったように笑った。
「でもね、それはあの時人の心を伺って苦しんだあの時があったからできたこと思うなぎパイ」
うなぎパイ…。うなぎパイって本当にうなぎのエキスが練り込まれているらしい。
もう語尾気になり過ぎて全然関係ないことを考えてしまっている。
話的にはすごく暗いはずなんだけれど…。
「人の目を気にし過ぎてもダメだし、無視してもダメだし、難しい猫の恩返し」
彼女はそう言って、近藤さんに向き直り笑みを浮かべる。
「でも皆ならきっと出来るよ。だってこうしてちゃんともがいているもののけ姫」
…ジブリ好きなのかな、寺門さん。
私も地上波でやっているのを見ている程度なのであまり詳しくはないけれど、個人的にはトトロが一番好きだ。
「お通ちゃん、アンタいい女だっふんだ」
語尾で台無しだ。
それを聞いた寺門さんは立ち上がり、近藤さんに指をさす。
「あーっ、今ので"だっふんだ"二回言ったよね?次言ったら切腹だかラクダのコブ〜」
「あ、お通ちゃんもそれ、二回言ったぞうさんの鼻っ」
「え〜、じゃあ今のなしっ。ナイショね?二人だけの秘密ねずみの尻尾〜」
なんだかほんわかしているあの空間。
楽しそうだなあ、なんて思っていると両脇にいる土方さんと沖田さんの眉間には皴が。
「なんか…ぶっとばしてやりたいんだけど」
気に入らないことでもあったんだろうか。二人を宥め、再び近藤さんに視線を移す。
思わずそこに広がっていた光景に小さく悲鳴を上げた。
マスコットキャラクター、"まことちゃん"の胴体だけが独り歩きをしており、その胴体から腕が伸びている。
「テッメェ…なァにお通ちゃんとイチャついてんだ!!!」
「ギャアアァアア!!」
顔面を掴まれ、真っ青になった近藤さんは後ろに倒れ込んだ。
「ま、まことちゃんが…!! まことちゃんの中にもう一人のまことちゃんがアァ!!」
「あれ?さっきまでの上半身は?」
駆け寄った沖田さんは下半身だけの"まことちゃん"の様子を見て周囲を見渡す。
それに倣い辺りを見渡すと、近くにあった"のんだくれ"と暖簾の掛かった居酒屋で一人酒を呑んでいる"まことちゃん"の上半身を見つけた。
「……マスコットキャラクター…お酒飲んでますね…」
「…飲んでやすねィ」
やっちゃったなあ、と何度も零すその上半身部分に土方さんが駆け寄り、かかと落としを決める。
「やっちゃったじゃねェェエェ!!」
倒れ込んだ"まことちゃん"の上半身がゆっくりと起き上がってくる様子に彼は更に声を荒げた。
「お前なァにしてんの?!マスコットだろ?!なんでマスコットがこんなところで飲んだくれてんだよ!!」
「やっちゃったなあ…まさかあんな森の中で人間が出てくるとは思わないものなあ…」
「オイ!!なんか恐ろし気な事件の全貌が露わに…」
その様子をどうすることもできずぼうっと眺めていると、ふいに沖田さんがこちらに視線をずらす。
「そういや、咲は酒呑んだことあるのかィ?俺達が飲んでるときも飲んでねェよな?」
「ええ。お酒はあまり飲んだことありません。飲めるかどうかもよくわかってないです」
「そうかィ」
もうとっくに嗜める年なのだけれど、そんな余裕はなかったし。
それにお世話をする側の人間が泥酔してしまっては目も当てられないだろうから、屯所内で飲む機会があっても避けてきたのだ。
その時、近くに居た寺門さんが急に道に飛び出して行った。道の先を指さして叫ぶ。
「"まことちゃん"!こっち、早く早く!」
彼女が指さす先には子供たちの集団が。
「寺子屋の集団下校!チャンスだよ!子供は純粋だからイメージを植え付けやすい!しかも親の耳に入ればあっという間に評判が上がる!子供と言えば可愛いものが大好き…"まことちゃん"の出番よ!」
それを聞いた"まことちゃん"の上半身はものすごい形相で居酒屋を飛び出した。
向かう先は、下半身。
「待てェ!!お前、ソイツがどれだけ重たい過去を持ってるのかわかってんのか?!」
彼は土方さんの制止も聞かず自分の下半身に突っ込んだ。…頭から。
「おいィ!!逆ゥ!!まこっちゃんそれ逆ゥ!!!」
近藤さんが叫ぶが、"まことちゃん"は止まらない。下半身の付け根からおじさんの下半身を生やしたまま、道に飛び出して行った。
「かんっぜんにただの化け物じゃねェか!!」
「あぶないっ!前!そのまま前!!」
土方さんのツッコミに続いて、近藤さんが誘導をするが、やはり前が見えていないのか近くにあったお店のごみ箱に突っ込み、転がす。
その途中、背中に乗っていた女の子が転がり落ちた。近藤さんが、あ、死体落ちた、と呟く。
「いい!!死体はそのままでいい!!置いてけ、余計怖くなるだけだから!!」
土方さんの言葉通り"まことちゃん"の下半身と上半身(下半身)はマスコットとは思えない足音をさせながら走り去っていった。
その後ろを、死体が起き上がって追従する。
「死体はいいって言ってんだろォ!!」
…なんかあの子、見たことある気がするんだけれど。
結局、下半身に頭から突っ込んだ"まことちゃん"とその背中に乗っていた死体は少年少女たちに突っ込んでいき、場は騒然となったのだった。