『現在、異菩寺に立てこもっているのは天狗党と呼ばれる攘夷浪士集団で、江戸で最近起きた婦女子連続誘拐事件は彼らの犯行であったことが判明しました。更に本日、真選組の一日局長を務めていた人気アイドルの寺門通さんを人質として、塔に立てこもっている状態です。犯人たちの要求は真選組に逮捕された攘夷浪士達の解放、そして真選組の解散と声明にあります。これらの要求が通らない場合、人質を全員殺害すると訴えています…』
ラジオの向こうから聞こえていた音声が実際、耳に滑り込んでくる。
急ブレーキを踏んだことで身体が前につんのめった。車が止まると同時に一層装飾が激しくされた車(土方さんたちが乗っている方の車だ。私は沖田さんと共にパトカーに乗っている)の周囲にマスコミが殺到する。あれでは外に出られないだろう。
「すごい人…っていうか、人命が掛かってるのになんで邪魔してくるんですかこの人たち」
「マスゴミって呼ばれるのも納得ですねィ。咲、アンタは危険だから車の中に居な。俺達が出てって…」
その時、勝手にドアが開き、"まことちゃん"が出てきた。
「…いつの間に着替えたんでしょうね」
「今の移動の間だとしたら称えるべきですねィ」
何を言っているのかは聞き取れないが、その後ろから出てきて"まことちゃん"に暴行を加えている土方さんにカメラが集中していることを考えると、きっと真選組にとって不利益なことでも言ったのだろう。
「あの…やっぱり、私一緒に行っちゃダメですか?」
車から出ていこうとする沖田さんの袖を握る。
振り向いた彼は微妙な表情を浮かべていた。
「アンタはまたなんでそういう危険なことを…」
「危険なのはわかってます。真選組の女中としてしなければいけないのは屯所で温かい食事を用意してあなた達の帰りを待つことだというのも。でも…なんだか、置いていかれてしまいそうで、恐いんです」
そっと袖を握る指に力を籠める。
「あなた達のお仕事は武器が必要になるような危険なもの…屯所であなた達の帰りを待っていて、たまに思うんです。もし帰ってこなかったらどうしよう、って……」
……だけど。
彼の袖から指を離し、ぎゅうと自分の手を握った。
「ごめんなさい。私、また足手まといになっちゃいますよね…私があなた達が帰れない理由になっては元も子もありませんし。お引止めしてすみません。ここで待ってます。ご武運を祈っ」
言いかけた言葉は引っ込む。
代わりに引かれた手首が温かい。私の身体は薄暗い車内から暖かいお天道様の元へと引っ張り出された。
「なんだ。寂しいなら寂しいって最初から言ってくだせェ。アンタの言い方はまどろっこしくてわかりにくいんでさァ」
体勢を崩した私を支えながら沖田さんはにやりと口角を持ち上げる。
ずり落ちた上着を拾い、また私の肩に掛けた。
「足手まといだァ?俺が女一人守り切れないとでも?言っただろ、"この前みたいな失敗はしない"って」
* * *
とは言ったものの。
寺門さんの命令で現在真選組は丸腰の状態だ。そんな状態で彼らをどうにかすることなど出来るのだろうか。
攘夷浪士の解放と真選組の解散……もちろん、そんなの許されるべきではない。
だが、それをしないと人質を殺害すると確かに彼らは声明しているのだ。
そんな中、彼らから新たな要求が出された。
「……カレー、ですか…?」
彼らは信用材料として真選組にカレーを用意するよう指示をしてきた。
あれだけの数のマスコミの前で攘夷浪士達の言いなりになるのは正直良い判断とは思えないが、人命が掛かっている以上これはこなさなければいけない。…ならば。
「私が作ります」
そういうとマスコミのカメラが一斉にこちらを向いた。
それを気にせず塔の上を見る。
「あなた達の要求は叶えます。その代わり人質には手を出さないでください」
隊士が私の言葉をそのまま紙に書き、掲げる。
声が届きにくいからと筆談を先ほどからしているけれど…絵面的にどうなのだろう、これは。
そう思ったけれど、人質の命が犯人側に握られている以上今はそんなことを気にするよりも目の前にある自分ができることを始めるとしよう。
「よしっ…」
沖田さんから借りた上着を一旦汚れないよう避けてから袖を捲り、包丁を握る。
何処から持ってきたのかわからないけれど、沢山の寸胴と材料、それが乗ったテーブルが目の前に並ぶ。
いつも用意している量と同じくらいか…これくらいなら私ひとりで十分だ。
「咲さん!何かお手伝いしましょうか?!」
隊士たちがそう声をかけてくれるけれど、そっと首を振る。
「大丈夫です。それよりも皆さんは人質救出のための糸口を探してください」
そう隊士たちに言いながら野菜を洗って、皮をむき、炒める。
肉も炒めて、具材にある程度火が通ったら水を入れて煮て……煮ている間に飯盒を用意し米を炊く。
「…あの」
思わずテーブルを隔てた向こう側、私を捉えているいくつものカメラを見上げた。
「普通にカレーを作るだけなので…私を映してもどうしようもないのでは…?」
お料理番組でもないし、言った通りただ普通に一般的なカレーを作っているだけなのだ。スパイスから作るとかそんな凝ったことはせずカレールーを使うし。
だが相変わらずカメラは私を捉えたまま動く気配はない。
こんなカレーを作っているだけの映像を映している暇があるのであれば、犯人の様子などを報道した方がいいと思うのだけれど。
これ以上真選組のイメージが悪くなってはいけないのでそこは口を噤んだ。
そして同時に、視界の端で沖田さんが土方さんにジャーマンスープレックスを食らわせているのが見えたが、それに関しても口を噤んだ。
具材が柔らかくなるまで煮込んだら一度火を止めてルーをしっかり溶かす。
溶けたら今度は弱火でじっくり10分ほど煮込んで、カレーの完成だ。
「出来ましたよ、カレー」
お皿にご飯とカレーを盛り付ける。するとそのカレーは一人の隊士がトレーに乗せて脇に座っていた"まことちゃん"に手渡された。
……?なんで"まことちゃん"に?
近藤さんと二言三言交わした"まことちゃん"はそのままカレーを持って櫓の方向に歩きだす。
「言ったろ。俺はお前らのイメージマスコットだ。"馬鹿で物騒で江戸の平和を守る"」
その言葉だけでは何の話をしていたのかは見当がつかないけれど、それだけ言った彼の背をただ見送った。