カレー作りの後片付けをしていたその時、塔の上の攘夷浪士たちから真選組に向けてパネルが提示された。
そこに書かれていた要求は簡潔。
"近藤を斬れ"。
それを見上げた私の手からは持っていた寸胴が滑り落ち、地面を転がる。
がらがらと大きな音が鳴った。
「あいつら…調子に乗りやがって」
「いい加減にしやがれ!ンなこと出来るわけないだろ!」
そう隊士たちが叫ぶ。
だが次の瞬間、塔の上部で拘束されている寺門さんの首元に刃が宛がわれた。
「出来なければ代わりにこの女が死ぬだけだ。人ひとりも守れん輩が江戸を守ろうとは笑わせる」
思わず近藤さんの顔を見る。
真っ直ぐと塔を見上げる彼の顔からは何の感情も読み取ることが出来なかった。
だが、すぐに彼は笑みを浮かべると上着を脱ぎ去り、
「よっしゃ、来い!!」
そう叫ぶ。
「こ、近藤さんっ」
その様子に居ても立っても居られず、思わず駆け出した。
「咲、お前は危ないから来るんじゃない」
「でっでも…!」
諭すような、懇願するような声に身体が強張る。
裏腹に彼の表情は恐くなるほど清々しい笑顔で背筋が震えた。
「…俺の上着、汚れないよう拾っといてくれよ」
彼はそう零すと、塔を見上げる。
「お通ちゃん!すまなんだ!色々手伝ってもらって何だが、結局俺たちはこういう連中です!」
塔の上にいる寺門さんの瞳は大きく揺れていて、今にも泣きだしてしまいそうだった。
「もがいてみたが何にも変われなんだ!相も変わらず馬鹿で粗野で嫌われ者のムサい連中です!どうやらこいつは一朝一夕で取れるムサさでは無いらしい!」
言われた通り、近藤さんの上着を拾い、砂利を払ってぎゅうと抱きしめる。
「だがね、お通ちゃんの言う通り、もがいて自分たちを見つめなおして気付いたこともある!俺達はどんなに人に嫌われようが、どんだけ人に笑われようが構いやしない。ただ、守るべきものも守れん不甲斐ない男にだけは絶対になりたくないんだとね!」
ふいと視線をずらすと沖田さんと目が合った。続いて、土方さんとも。
その顔はいつになく真剣で、これが決して演技やかく乱のためではないと悟る。
「剣を抜け、お前ら!たとえ俺の屍を越えても、守らなきゃならねえもんがお前たちにはあるはずだ!」
近藤さんがそう言うと同時に土方さんは愛刀を鞘から引き抜いた。
沖田さんも柄に手をかける。続いて、他の隊士たちも腰から外していた刀を手に持ち始めた。
「皆さん…っ」
本気なんだ。
彼らは、本当に。
足が震える。立っていられなくなって、思わず近藤さんの上着を抱きしめたまま座り込んだ。
折角寺門さんから借りた衣装が汚れてしまうのも厭わず。
「さあ、かかってきやがれ!!」
彼がそう言うと同時に、隊士たちは刀を構え、近藤さんに突進した。
堪えきれなくなった涙が頬を伝って地面に落ちる。
「局長ーッ!!」
塔の上から、寺門さんの悲鳴のような叫び声が聞こえた。
その次の瞬間のことだ。
塔の上で何かがあったのか、こちらの様子をエンターテインメントのように見下していた攘夷浪士達が背後を振り向いたのは。
それと殆ど同時に、誰かが寺門さんを抱えて塔を飛び降りるのが見える。
真っ白い顔に赤い紅……女性…?その割には体格が良すぎるような。
「咲」
上で起こっているらしい色々を見上げていたら、突然声を掛けられて肩が震えた。
申し訳なさそうに微笑んでいる近藤さんと目が合う。
「すまなかったな」
状況が呑み込めず、ぼうっと彼の顔を見つめた。
近藤さんは私の頭に手をぽんと置くと隊士たちと共にいつの間に用意していたのかバズーカを塔の上目掛けて構える。
塔の上から攘夷浪士達がその射線に気が付いたのはその少し後だった。
にい、と近藤さんが口角を上げる。
「さようなラーメン回覧板」
数十発のバズーカの弾は狂いなく塔の上部に叩きこまれ、攘夷浪士達の悲鳴と共に黒煙が上がった。
その後、隊士たちが塔に突撃していく。
浪士たちが続々と拘束されパトカーに詰め込まれるその様子を相変わらず座り込んだまま見つめている私に、近藤さんが近づいてくる。後ろには沖田さんと土方さんも見えた。
「いつまで座ってるんだ、咲。折角の衣装が汚れるぞ」
「……近藤さん」
差し出された彼の手を取って立ち上がる。
「酷いですよ……本気で心配したんですから」
抱きしめていた上着を押し付けるように返すと彼はまた申し訳なさそうに、すまない、と零した。
その身体には傷一つ付いていなくて、思わず安堵の息を吐く。
せっかくなので文句の一つでも言ってやろうと口を開いたその時、奥から誰かが駆け寄ってくるのが見えた。
真っ白い顔に紅……あ、さっき寺門さんを助け出してた人だ。
その人は此方を見て、一瞬だけ動きを止めてこちらに背を向ける。肩が小さく震えていた。
「あの。どこかお加減でも悪いんですか?」
そう声をかけると、その人は勢いよく振り向く。………あれ?
「山崎さん…?」
化粧のせいでわかりにくいけれど、あの垂れた目尻に小さな黒目は確かに山崎さんだ。
どうして化粧なんてしているんだろう。
彼は私と目が合うと勢いよく離れていって、近藤さんに詰め寄った。
「局長!!なんで咲さんがこんな危険なところにいるんですか?!しかも、あ、あんな…っ、あんな格好で…?!」
「おう、山崎。潜入任務ご苦労だった。咲は、お通ちゃんの希望で今日の運動に参加していたんだよ。あの衣装はお通ちゃんが貸してくれたんだ。なあ、咲」
彼の言葉にこくりと頷く。
そういえば事態についていくのに必死で今の格好の事をすっかり忘れていた。
今更羞恥心が込み上げてきて、思わず自分の肩を抱く。
「咲、酷ェや。俺の上着、その辺に置いたまま忘れちまうなんて」
その時、いつの間にか後ろに居た沖田さんがそう言い、私の肩に上着をかけた。
いつも使っている洗剤の香りがふわりと鼻先を掠める。
「あら、ごめんなさい、沖田さん」
すっかり忘れてしまっていた。
そう謝りながら振り向くと、どこか楽しそうな笑みを浮かべた彼と目が合う。
「なあ咲、今日の晩飯はカレーがいいでさァ。アンタが作ってるところ見てたら食いたくなっちまった」
「ふふ。かしこまりました」
ちらりと私の肩の向こうに視線を向けた彼は更に楽しそうに笑みを深めた。
次の瞬間、私の身体は後ろから伸びてきた腕に抱きしめられる。
「わっ…」
思わず振り向くといつの間にか化粧を落としたらしい山崎さんがそこにいた。彼の腕は私の肩をぎゅうときつく握る。
「や、山崎さん。どうかされたんですか?」
「……なんでもないよ」
彼はそう言うと私を抱きしめていた腕を放し、にこりと笑った。
「俺も晩御飯、カレーがいいな」