これまでの潜入調査で、酒の相手をする場面など数えきれないほどあった。
元々ザルだったが潜入で潰れてはいけないと気を付けていたらあまりお酒に酔えなくなってしまったのだ。
「こんな風に、山崎さんと一緒に飲むなんて初めてですね」
彼女はちびちびと酒に口をつけながら笑う。
酒で湿った唇が艶めいていて、身体が暑いのか少しだけ肌蹴た着物の合間から見える白い肌はほんの少しだけ赤みを帯びてじんわりと汗が滲んでいた。
いつもならぴしりと揃っている足も珍しく崩していて、普段見えない脹脛がそこから伸びている。
美しい白蛇のような透き通った足首が時折居心地悪そうに震えるのを見ていると、心臓の奥がむずむずとくすぐられるようだった。
「咲さん。大丈夫?無理してない?」
正直目のやり場に困るので先に降参してくれると有難いのだけれど、そんな男心を知ってか知らずか彼女は楽しそうに残りをぐいと煽る。
「大丈夫です。お腹がいっぱいになってきちゃいましたけれど」
「そ、そう? 無理しなくていいんだからね」
周囲からはブーイングが飛び交うが、一瞥して彼女に視線を戻した。
話に聞く限り彼女はかれこれ二時間近く飲み続けているのだという。いくら水分とはいえお腹いっぱいになるだろう。
俺と飲み始めてからはまだ数十分しか経っていないけれど、ペースが早い。恐ろしく早い。これまでの二時間を今と同じペースで飲み進めていたのだとすると……ザルどころの話では片付かないのでは…?
自分もまだ全然酔っていないのだけれど流石に二時間もペースを落とさず、しかも二十度以上ある酒を飲み続けるなんてやったことがない。未知の領域すぎて正直潰れない自信があるとは言い切れなかった。
「ふふ」
突然彼女が普段のおしとやかな笑顔ではなく、ふにゃりと無防備な笑顔を浮かべるものだから心臓がばくんと音を立てる。顔に熱が集中し、たった今飲み下した酒を吐き出してしまうかと思った。
「ど、どうしたの咲さん…?」
「ああ。すみません。なんだか、こうしていると皆さんの輪の中に入れたようで嬉しくって」
ここは本来感動すべき場面だったのだろう。とっくにあなたは自分たちの輪に入っていると言ってあげるべきだっただろう。
しかし残念ながら俺の意識は、少しだけ湿った髪を掻き上げる指先とその瞬間に見えた細い項にすべて持っていかれた。
どうやらそれは俺だけではなかったようで背後からごくりと生唾を飲み込む音が聞こえる。
それを聞いた瞬間、俺は思わず立ち上がっていた。
「…山崎さん?」
彼女がこてんと首を傾げる。
次は俺の番だったので彼女の手の中にある盃はもう空っぽだ。
「咲さん。明日も早いんでしょ? もう寝た方が良いよ。俺ももう寝るし」
ついぶっきらぼうな言い方になってしまい、はっとして彼女の顔を見る。彼女の顔は変わらず不思議そうにきょとんとしているだけで特に傷ついたりはしていなそうで安堵の息を漏らした。
きっと立ちづらいだろうと彼女に手を伸ばした次の瞬間、鈍器で殴られたような衝撃が走る。
見えてしまった。
見てしまった。
彼女の……真っ白い膨らみが描く艶やかな曲線を。
周囲から飛んでくるブーイングなど聞こえなくなるほどに自分の心音だけが鼓膜を支配する。駄目なのに、ガン見していることに気付かれたら嫌われてしまうかもと思えば思うほど、視線を外すことが出来ない。
このまま彼女を見続けていたら俺はおかしくなってしまうかも知れない…リミッターが吹き飛んでいってしまうかも知れない。
それだけは絶対に許されないと思いつつも残念ながら自分の下半身は正直者だ。せめて彼女には気付かれないようにしないと…。
「うるせェぞお前ら!!」
副長がぶち切れながら広間に駆け込んできたことで俺の意識は彼女から引きはがされて、ブーイングも止み、そのどさくさに紛れて俺は咲さんを連れてそそくさと広間を後にするのだった。
* * *
「ったくあいつらときたら…咲さん本当に大丈夫?」
少しもふらつく様子のない彼女の隣をゆっくりと歩く。縁側には彼女の肌の色にも似た青白い月明りが降りてきていて、赤く火照った身体から体温を吸い取っていくようだった。
ふいと彼女に視線を移すと、先ほどよりも赤くなった首筋に目を奪われる。
「大丈夫ですよ。まだちょっとだけ暑いですけど」
そう言って彼女は手でぱたぱたと顔のあたりを扇いだ。その表情に心臓がはちきれてしまうかと思うほど激動する。
これ以上彼女を見ていたらどうにかなってしまいそうで塀の向こうにある夜空をそっと見上げた。
あまり星が見えない濃紺の空の真ん中に、ぽっかりと白い月が浮かんでいる。
「わあ。月が綺麗ですね」
太陽の力を借りて輝きを放つその惑星に見蕩れ、思わず口が動いていた。
言ってしまってからはっとする。
彼女に視線を戻すと先ほどまでと変わらない表情を浮かべ、俺に倣うようにして空を見上げていた。
「…山崎さん。もしよければ私の部屋で飲みなおしませんか?」
「えっ」
予想していなかったお誘いに身体が動きを止める。
「こうして誰かとお酒を飲むなんて初めてで楽しかったので。もう少しだけ一緒に…駄目ですか?」
こて、と首を傾げ不安そうにこちらを見上げる彼女の言葉に、従う以外の選択肢は俺には残されていなかった。