暗闇だ。
どこまでも、どこまでも続いていそうな。
何もない暗闇の上を歩いている。
足を踏み出すと薄っすらと波紋が広がった。
「…だれか」
辛うじて声と判断できるくらいのそれが喉を滑り出る。
暗闇に一人放り出されて、右にも左にも正面にも背後にも同じ景色しか広がっていなくて。
寒くて、寂しくて、走り出したいのに足は重たくゆっくりとしか進めない。
どうしたんだっけ?
確か、あの人の顔がいつもに増してくっきりと恐ろしく見えた。
それから…、それから。
「あ」
畳に押し付けられて、足を切られて、腕を切られて……背中が、燃えるように熱くなって。足先はどんどん寒くなって。
もしかして、死んだのかな。
そういえば意識が途切れる瞬間に優しい彼の声が聞こえたような気がする。
「誰、か」
ほんの数回会っただけだったけれど彼の仕草一つ一つに安心できた。
彼と過ごせたのなら、きっと幸せだっただろうな、なんて思う。
「…さん」
誰よりも不幸だったなんて自意識過剰なことは思わないけれど、少なくとも自分的には幸せではない人生だった。
これで終わるには、あまりにも悔いが残りすぎる。
「山崎…さん」
まあ今の人生の続きを歩んだところで幸せになれるとも限らないし、まして生まれ変わったところで今度は幸せになれるとは限らない。
生き物は、この世界の秩序の中であまりにも無力だ。
「山崎さん…ッ」
だけど、それでも。
やっぱりまだ死にたくない。