齢僅か十二の子供にするには酷すぎる話だっただろう。
どうして父がその話を私にしてくれたのかは未だ教えてくれないけれど、ツナと母さんとを残して父と共にイタリアに発つことを決める数日前に、父が所属するボンゴレファミリーというイタリアンマフィアの話を聞かされた。
母さんとツナとは何も知らないと。私には、そのマフィアに所属して欲しいと。
今だから思うけれど、きっと父はこうなることを予見していたんじゃないかと思う。
ツナがボンゴレファミリー十代目を襲名し、敵対ファミリーから命を狙われるというこの未来を予測して、違和感なく彼を守ることが出来る側近を作り上げたかったのではないかと。
酷い話だ、とは思う。
でも不思議と普段あまり家に帰らない父から頼りにされたんだと思うと悪い気はしなかった。
母さんやツナと離れるのは寂しかったけれど、父も立派な家族であることに変わりはない…家族なのだから頼られた以上は力にならねばと自分を奮い立たせた。
それなりに覚悟をしてイタリアの地に降り立ったつもりだった。
覚悟が足りなかったと、現地で痛感するのだけれど。
「久しぶりだな、夏鈴」
そう。彼に会って、私は人を殺すということを学んだのだ。
風呂を済ませて、日付を越した頃、リビングで一人ビールを煽っていた私の隣にリボーンがちょこんと座り込む。
「…久しぶり、ね。暫く姿を見ないから死んだのかと思ってた。父さんも何も言ってくれないし」
「俺が簡単に死ぬような男じゃねえってお前が一番よく分かってるだろ」
赤ん坊らしい、呂律の回っていないような可愛らしい声。
あの頃と何も変わっていない。
「もう10年近く経つのに、まだ小っちゃいんだね」
若干皮肉めかせてそう言うと彼はコーヒーを啜りながら、にたりと口角を持ち上げる。
「意外と便利だぞ、この身体。ほら、こんな風に」
優雅にソーサーにカップを戻した彼は私の膝の上に寝転んだ。
腿に頬を擦りつけ、きゅる、と目をまん丸くしながら私の顔を見上げる。
「元の姿でやってたら殴られそうなことも平気で出来る」
「…確かに今のその姿を殴ろうとは思えないわ……強かな奴め」
空になったビールの缶をテーブルに置いて、二缶目に手を伸ばそうと身体を持ち上げた。
ころんと彼の小さな身体が転がり落ちていく。
「ツナには何も言わないのか」
あ、と一瞬青ざめたが、彼は何ともなさそうに着地して、再びソファに飛び乗ると脚を組んだ。
「言わない」
「一緒に居たらいずれバレるぞ」
「……わかってる」
端から隠し通せるなんて思っていない。
それでも…私を迎えに来てくれた彼の不安そうな表情を思い出すと、とても本当のことを言う気にはなれなかった。
言えるわけないだろう。
"私はイタリアで殺し屋をしてました"なんて。
「私は、ツナを守れるのならそれでいいの」
本当は、今日会った瞬間に彼を抱きしめたかった。
でも出来なかった。
血で真っ赤に汚れた私の手では、彼を抱きしめてやるに値しない。
「ツナは気にしないと思うがな」
「"私が"気にするの」
そう言い放ち、二缶目のビールを飲み干す。イタリアの地ビールも美味しいが、やはり私は日本のビールの方が好きだ。
「もう寝る。明日から仕事だから」
「? もうこっちでクライアント見つけたのか、早いな。流石は『ブラッディフェアリー』だ」
「その呼び方やめて。こっちでやるわけないでしょ。教員の仕事」
空になった缶を処理し、リビングのドアノブに手をかける。
「私、並盛中学校で英語の教師として働くの」
「…過保護だな」
困ったような笑い声を聞きながら、私はリビングを後にした。