夢現、という言葉をそのまま形にしたような世界を少女はずっと漂っていた。
地もなく、空もない暗い世界。きっと閉じた瞼を現わしているのだと思えば特に恐ろしいとも思わずに彼女はただただ暗い世界を漂っている。
――嗚呼、それにしても暇だ。
――ここ最近いい夢に渡れない。
この暗い空間は当然ただの夢現ではない。
少女の直感という感覚を信じるのであれば、この空間はたくさんの人々の夢へと繋がっている。
夢。
記憶を整理するためのものという説もある、ある意味生理現象と言える誰もが持ち得る代物。
少女はいつの頃からかこの空間に漂ってさえいれば誰かの夢へと渡ることができるようになっていた。
故に少女はこの現象を夢渡(ゆめわたり)と名をつけた。つけたところで別の誰かが知れるわけでもないのだが。
彼女が言ういい夢とは暇つぶしの対象となり得る夢だ。
夢というものは不思議なもので夢を見ている人の記憶にある様々な光景を上映し、体験することができる。
遊園地だったり、映画だったり、どこかで怖い思いをしたのかちょっとしたホラーアクション、サスペンス調などさまざまな誰かしらの夢にこっそりと渡って体験していくのが少女の趣味に近い楽しみだった。
――いつか夢見た教師の夢は面白かったなあ、色々なことを教えてもらったもの。
夢を見ていた本人の願望なのかどうかなのかは少女にはわからない。けれど、夢を見続けている少女にはとてもよい刺激となった。
遊ぶのも、追いかけられるのも楽しいが、たまにはああいう教師と生徒という立場の夢も楽しめる。
他人の夢へ無断で渡ることに罪悪感を抱かない少女は今日も今日とて楽しそうな夢を探し回っていた。
漂い続けてどのくらい経っただろうか。少女は漂っていた方向とままったくの別方向へと引きずり込まれる。
ぐん、という言葉では生温い。まるで坂を下るジェットコースターに乗ったかのような、重みのある勢いに息が詰まるような感覚を抱いたものの、直後広がった光景にぎょっと目を剥いた。
――ああ、えっと、うん、久々ねこんな夢も。グロイ。
少女の年頃どころか成人になれたとしても御免被りたい光景が眼前に存在している。
ひどい光景だ。幼気な子供や純粋な人ならばこの夢を一回でも見てしまえば男性不信どころか嫌悪するだろうし、致すことにさえも嫌悪感を抱いてしまうかもしれない。つまりはそういう夢だ。
幾つかの夢を渡に渡ってきた少女は、いつしか夢の分類も感覚に任せてだができるようになっていた。
曰く。
現実に体験した夢か、経験から得た夢幻か。前者はそのままの意味。後者は脳に記憶されているものを脳内で組み立てて再現しているものを指す。
感覚的に前者に近いものだが、どことなく違和感を覚えた少女はじっと、被害者へと視線を凝らして、ああ、と納得した。
――成る程、疑似体験しちゃってるのね。可哀想に。
分類の中にある夢の種類は、「現実体験型」「夢幻型」「疑似体験型」この三種類が殆どだ。
大抵は現実体験型と夢幻型なのだが本当に極々稀に渡ることのできるこの疑似体験型は希少だ。とはいえ、内容が正直ひどいものも多い――そう、今渡ってきてしまったこの夢のように――ので避けることも多いのだけれど。
――呼んだのは君か。
とんでもない引きずり込み方をしてくれたのはどうやらこの夢の本当の主のようだ。
当人はまだ少女の存在に気付いていない。それどころではないのだろう。少女としてもこんなところに長居などしたくはなかったので、数少ない強硬手段を以ってこの夢の世界から脱することにした。
「ねえ、それはあなたじゃないでしょ。いつまで寝ぼけているのよ、いい迷惑だからさっさと起きな、さい!」
矢継ぎ早に告げた少女は被害者と重なっている少年の頭を思いっきりはたく。
べしん、と小気味いい音が響くと不愉快だった夢は消え去った。どうやら起きたようだ。
――まったく、無遠慮な奴ね!
少なくとも許可なく他人の夢へ好き勝手に渡っている少女にとってその言葉はどこまでもブーメランが帰ってくるのだが、誰も少女のことには気づかないことも直感的に理解していた。
何故ならこれは夢。
夢から目覚めれば忘れてしまうように、少女のことなど誰も覚えてはいない。よしんば覚えていたのだとしても夢か、の一言でやはり忘れ去られていく。だからこそ夢なのだから。
――さあて、次はどこに行こうかしら。
胸糞悪い夢を忘れてくれるほどの楽しい夢を求めて少女はまた夢を渡る。
無理矢理起こされた少年が、今まで起きたことのない経験をしたことに珍しく目を瞬かせて、その感情を特別な繋がり経由で知った片割れの兄もまた目を瞬かせていることも知らないまま、少女はただ、夢を渡る。
主要人物のあれやこれ
夢を渡る少女
片割れ兄弟と同い年。過去を体験していた片割れの弟に引きずり込まれたうえに胸糞悪い疑似体験型の夢を見せてくれやがったので穏便な起こし方ではなく強引な手を使って夢から脱した。
疑似体験型の夢を見ていた片割れの弟
後々彼のトラウマとなる夢だったが、日本人と思われる(自分達のような可能性も勿論あるため推測)少女の声と思いっきり頭をはたかれたことで夢から覚める。
トラウマに関しては多少軽減後に割り切るまでに至る。
片割れの兄
片割れの弟のサイコメトリに現れた日本人の少女が気になる。
時間軸としては原作よりだいぶ前。SPRに加入したばかりの頃と思われる。