二話

夢は面白い。まるで体験型の映画のような臨場感。
楽しいもの、悲しいもの、温かな気持ちになるもの、恐ろしいものが沢山ある。
所詮は他人の夢故に客観的に見られることもあって少女にとって誰かの夢に想いを残すことはあまりない。

――次はどんな夢かな?

直観的に渡ることがあれば、時としてかみさまのいうとおり、という言葉とともに指さした夢へと渡ることもある。
以前のように引きずれこまれることは滅多にないことだ。何故引きずり込まれるのか考えたことはないが、大抵はホラーやサスペンス系の夢なので、きっと無意識に助けを求めてのことではないかと少女は推察した。
さて、以前の話は兎も角として、今回はかみさまのいうとおり、という言葉の終わりとともに指さした夢をじっと見つめて、少女は顔を顰めた。

――ええ……。なんか嫌な感じ。

この夢はきっとこわいものを見ている夢だ、と経験則から判断した少女は、しかし、その夢へと渡ることにした。一度決めたことを破るのは性に合わないし、何となく負けた気分になる。そんな気持ちを引きずるなどお断りだ。

さてはて、入り込んだ夢は、案の定いい夢とは言い難いところだった。

――めっちゃホラー……。しかもサスペンスも入ってるとか、根っからね。

あちこちに悍ましいもの、恐ろしいもの、悲しいものが入り乱れている。
分類として分けるとするのならば、現実体験型と疑似体験型が合わさったタイプだろう。
つまりこの夢の主はこんなものが視えてしまう性質の人間であるらしい。
脳の欠陥というタイプの人もいれば、所謂霊感のあるタイプの人もいる。この夢の主はきっと後者だろう。

何処にいるのか、と周囲を見渡していると蹲っている男の子がそこにいた。自分と近いか、少し年上か。黒髪をした形のいい頭が微かに揺れている。

――……珍しい、夢だと気付いているなんて。

夢を夢だと気付ける人間は少ない。この夢に渡ってからというもの、珍しい人間にこうも分類され続ける自分と年近い子供に出会えるとは、と少女は少し愉快な気持ちになれた。
否、愉快というよりも好奇心からの興味深い感情というのが正しいだろう。

「ねえ、何を怯えているの?」
「……え?」
「こんなものを見てないで、もっと楽しいものを見ましょうよ」

視える人間にはありがちの夢を見続けるのは面倒くさい。折角話しかけたのだからと、次から次へと言葉を吹き込んだ。

「私、ピクニックをしてみたいわ。大きな木の下、木漏れ日が差しているのよ。とても暖かいの。サンドウィッチとか、そういう定番のお弁当とか持ち寄るのもいいわね、きっととても美味しいと思う」
「え、あの……」
「ここはあなたの夢なんだから、想像してよ。出来るでしょ?」

夢とは個人個人の絶対的な空間だと少女は考えている。心というものがお城や堅牢な牢獄になるのであれば、夢もまた同じ。
この世界は彼の夢。であるのならば、ホラーサスペンス調の夢も彼の意志がなければどうしようもないのだ。もしもここが自分の夢であるのならばもっと好き勝手弄り回すのだが、誰かの夢を弄り回すには条件を満たしていない。

「早くして」
「……う、うん」

戸惑いを隠せない少年だが、突然現れた恐らく自分の中に流れている半分の血と同じ血を持っているのだろう少女に急かされて想像する。
このこわい夢から脱するためには彼女の言う通りにしたほうがいいと直感的に判断したからだ。

――木漏れ日が差す大きな木ってことは、晴れているんだ。そうだ、今日はとっても天気が良かった、ルエラは洗濯物がよく乾くって嬉しそうにしてた。

――ピクニックか、したことないや。ナルは嫌がるだろうけど、きっと、みんなと一緒にやれば楽しいんだろうな。

夢の中で目を閉じて、少女の言う通りにイメージを作り上げていく。
先程まで抱いていた恐怖心などとうに消え去って、心なしかぬくもりを感じるようだ。

「上手ね」
「え? わあ……」

唐突に聞こえた少女の言葉に目を開けるとそこには彼女が指定していた通りの光景が広がっている。
大きな木の下には木漏れ日とともにマットが敷かれて軽食も用意されていた。
少女はこの光景を作り上げた少年の許可も得ず堂々とマットの上に座ると置き去りにしてきた少年を手招く。

「何してるのよ、これはピクニックよ、話し相手がいなくちゃつまらないじゃない」
「え、う、うん……」

これ僕の夢だよね? と疑問に思いつつも少年は自分が想像したマットの上に座り、悠然と広がる草原を見回した。

「久々だな、こんなに穏やかな夢を見るの……。最近は思い出してばかりだったから」
「そう、それは大変だったわね」

モグモグとサンドウィッチを口に運ぶ少女は本当に遠慮がない。苦笑した少年は、試しに自分も食べてみるかとサンドウィッチを手にしようとするが――不思議なことにその手はサンドウィッチに触れられず、まるで実体のないものに触れようとした時のように空中をかいた。

「あれ?」
「イメージよ、イメージ。ちゃんと持つってイメージして、サンドウィッチを思い出さないと食べられないわよ。食べても目が覚めるとお腹が減っているでしょうけど」
「夢って結構大変なんだね」
「あなたが見ていた夢の上から上書きしたからね。ここはあなたの世界だから、あなたがどうにかしないと」
「僕の世界?」
「そう。因みに私は侵入者。慰謝料も何も払わらないし、罪とも思ってないから詫びないわよ」
「……幽体離脱? いや、テレパシーかな……?」

そもそも他人の夢に侵入できるなんて聞いたことがない。
幽霊の思念を読み取った結果過去を視ることができたとしても、生きている誰かの夢を同じく生きている――と少年は既に感じ取っていた――まったくの別人がいるなんてことは経験したことのない出来事だった。
これが自身の片割れの弟ならば違和感を抱かずにいただろうが、どこからどう見ても、少女はまったくの赤の他人である。

「テレパシーって超能力のこと? そう思ったことはないけど……。あなた、詳しいの?」
「一応そういうところに所属しているから」
「へえ、興味深いからちょっと教えてよ」

素直な物言いに少年はいいよ、と微笑みながら答えた。その前に、自己紹介しようよとも告げて。

「僕はユージン。ユージン・デイヴィス。君は?」
「私は……ん? え、ユージン外国の人なの?」
「国籍はイギリス人だよ。でも日系の血も入ってるから」
「へぇ。日本語ペラペラで黒髪だからてっきり……ちょっとびっくりした。私はユリ」
「名字は教えてくれないの?」
「忘れちゃった。まあ、その辺はいいじゃない、所詮夢の繋がりだし。ね、それよりも教えてよ」

少年ことユージンは弟ほどこの学問に精通しているわけではないが、それでも常人より頭のいい彼は少女ことユリに自身の知ることを丁寧に教えた。

「……じゃあユージンは私がそのESPを持っているんじゃないかって考えてるんだね」
「そう。幽体離脱だと距離が近くないと無理なんだけど、ユリを近所で見たことはないし……。誰かにこうして介入できるなら、テレパシーの可能性がとても高いと思うんだ。夢を渡るっていうのは初めて聞いたし、こうして顔を合わせるほどのテレパシーは聞いたこともないけど」
「ふーん……。まあ実際介入しているから、持ってるんじゃないの、そのテレパシーってやつ」

あっけらかんと肯定するユリはそれよりも、と更に興味を引いたのかユージンにイメージさせた紅茶が注がれているティーカップから一口飲んで楽し気に笑む。

「もっとあるんでしょ? 教えてよ」
「うん、いいよ」

自分の力に一切の興味を示していないが、超心理学という学問は興味深いようだ。知識欲が高いとも言えるが、その様子がどこか弟に似ている気がしてユージンはくすくす、と笑った。

「? どうしたの」
「ユリが僕の弟に似てるからついね」
「ユージンってお兄ちゃんなんだ。少し意外ね、なんか弟っぽく見えるのに」
「弟と一緒だとよく言われるけど、一人の時にそう言われたのは初めてだよ」

言われて確かに、とユリは納得する。こうして話しているとユージンは優しい気質の持ち主で教え方も丁寧さを意識していた。手馴れているようにも思える。
であるならば一般的に考えても一人っ子か兄気質だと思っても良さそうなものだが、何故弟のように見えたのか、と自問自答したユリは、初遭遇した少し前の出来事を思い出して得心がいったように小さく何度か頷く。

「初めて目にしたのがおばけに怯えてるユージンだったからね、仕方ないんじゃない?」
「……うわぁ、どうにかしたいなぁ」

字面だけを見るならば男の子として情けない限りだろう。その夢が実体験に基づいたものだと知っているユリからすれば致し方のない怯えようであったと思えるのでそれ以上のことを言うつもりはない。
しかし男心とは不思議なもので、女の子であるユリに怯えている様子を見られたことが恥ずかしいらしく、ユージンはユリから視線を逸らすと同時、小さな揺れのようなものを感じ取った。

「……? 地震?」
「揺れてないけど……ああ、誰かがユージンを起こそうとしているんじゃない? ならもう、起きなくちゃね」
「……ユリとはもう会えないの?」

きっとユージンを起こそうとしているのは養母のルエラだろう。片割れの弟は我関せずと言った様子で朝食をとっているだろうし、養父であるマーティンも同様だろう。いつもの朝をユージンは迎えようとしている。
けれど、この夢から覚めるということはユリとの別れも至極当然のことで。

「また会ってもいいよ。ユージンの夢に渡れる機会があったらね」
「ユリは夢を選べない?」
「いつも渡る時は無差別に選んでいるし、特定しようとも考えたことはなかったから」

そもそも夢を夢だとわかっている人間とこうして話すことは滅多にないことだとユリは言う。
行ったとしても同じ人の夢に再び渡ったことはないとも。

「また今日の夜にでも会おうよ。僕を探してよ、ユリ」
「……別にいいけど、期待はあまりしないでよ。したことないんだから」
「うん、じゃあ、また会おう、ユリ。僕のことはジーンって呼んで、愛称なんだ」

矢継ぎ早に告げたユージンの体はそう言って消えた。見届けたユリは急いで離れるか、と主のいない夢を抜け出す。
主のいない夢の世界はただの虚空。何もない空間にいるほどユリは酔狂ではなかった。

――誰かの夢の世界を覚えるなんてしたこともないけれど……。できるのかな。

誰かから誰かへの夢を渡ることばかりで何度も個人の夢へと渡ったことはない。

――ジーンの話は中々興味深かったから、探してみるか。彼にとって夜の時間にでも。

探せるのかどうかは別として、と気持ちを切り替えたユリはまた別の夢へ渡っていった。



主要人物のあれやこれ
双子と遭遇した少女
弟のことはあまり覚えていない。ああいった夢に渡ったことは幾度かあるので耐性がある。

夢を渡る少女と会話をした双子の兄
弟以外と特殊な繋がりを持ったことはないので気になる存在。
サンドウィッチを食べた、と夢のことを話して弟に鼻で笑われた。暫く内緒にしていようかと思ったが、あっさり夢の事を喋る。

寝坊助の兄を持つ双子の弟
兄の夢に出てきた少女があの時の夢に出てきた少女なのかもしれないと推測している。大当たり。