いくつかの夢渡を終えたユリはそろそろ約束した時間だろうと目当ての人物を探し始めた。
特定の誰かの夢へ行くことなど考えもつかなかったことなので、これが初めての試みだ。
――あの時も大分遠くまでいってジーンの夢に行けたのよね。
どれほど遠くなのかはわからない。何せ距離を示すような指標なんてものもないし、そもそも夢へと渡る間ずっとあるこの暗闇ではコンパスなどといった道具をイメージしても具現化することはできなかった。
特定の誰かを特定するためにはやはり、夢を見分ける必要があるのだろうか。またジーンがこわい夢を見ていればたどり着けるのかもしれないけれど。
――大分遠くまで来たような。
感覚的に行ってきたものを意図的に行うにはコツがいる。疲れているわけではないがため息のひとつでも零してやりたい心境だった。
誰かの夢が数多ある暗闇の空間を見渡せど、見渡せど、目当ての夢があるようには思えない。
――やっぱり無理だったのかなぁ。
いっそ別の誰かの夢へ渡ってしまおうか、とユリが諦めかけているとふと妙な感覚を抱く。
何かに、誰かに呼ばれているような。所謂虫の報せのような予感めいた胸の騒めきが走ったのだ。
――ジーンだ。ジーンが呼んでいる。
直感的に感じ取ったユリは周囲の夢を見渡すと、一際気になる夢がそこにあった。
あれだ、と確信に至ったユリは夢へと入り込む。広がる景色はいつしかの様々なこわくて、かなしい夢。
「あ、ユリ……」
「……呆れた、わざとこんな夢を見たの?」
「だって、ユリにまた会うにはこういう夢のほうがいいのかなって……」
「怖がりなんだから無茶しないでよ。ほら、この間みたいにイメージして!」
ユリが来たことに安堵しているジーンにすぐ察しがついた。
会いたかったからなんて理由で普通ここまでするものだろうか、とユリはとうとう溜息ひとつ零してジーンに指示を飛ばす。
怒られはしないが呆れられてしまったことに気付いたジーンは苦笑しつつも以前のようにイメージを作り上げていく。
以前のような穏やかな光景が広がって、今度はジーンが溜息をひとつ零した。
「ユリにまた会いたくてこの間と同じ夢を見たいって思ったんだ。そうすれば気付いてくれると思って」
「無茶をするわね」
「うん、だから、ユリが教えてくれたようにしてみたんだけどどうにもうまくいかなくて、ちょっと困ってたんだ。だから、」
「私のことを呼んだのね? 次からはこんな夢じゃなくても呼べば来られると思う、何となく呼ばれているのがわかったから」
もっとも夢を夢だと理解していないと難しいでしょうけど。
紅茶の入ったティーカップの模様が以前よりも細かくなっていることに気付いたユリは、やはりジーンは頭がいいか、柔軟なのだろうと見当をつける。
二度目で以前よりも細部を表現し始めるとは驚いた。慣れた自分でさえ凝ったデザインを作り上げるのに時間を掛けたというのに。
「本当?」
「夢を夢だと理解し続けるのはダメよ。定期的に頭を休ませないと疲れが取れない」
「……じゃあさ、また、怖い夢を見ている時は助けてくれる?」
「今更だけど、本来夢は記憶の整理をつけるためのものよ。それを中断した結果何が起こるのか責任を持てない」
「ああ、そっか……。うん、でも、どうしてもの時は助けてよ、ユリ」
怖い夢を見た後は目覚めが悪いし、ひどく体が疲れているんだ。と告げたジーンにユリは、やはり溜息をひとつ零した。
片手で足りる程度の回数ならば兎も角、今後もこの関係が続くとして。その度に怖い夢を何度も中断することがいい結果を生み出すのかユリには皆目見当もつかない。
しかし、目覚めたあとの倦怠感や気持ちの落ちように関しては確かにそうかもしれないと、納得できる部分もある。
「……前の時は体に不調はなかったの?」
「うん、どこにも。普通に起きれたよ」
「少しでも不調があったら教えなさいよ。隠したら二度と来ないから」
「えっ、そんな!? 気を付ける、気を付けるから!」
有言実行という言葉こそ知らないだろうけれど、一度言ったことを余程のことでは曲げることのない双子の弟とユリが似ていると察していたジーンはぶんぶんと大袈裟なほどに頷く。
重く受け止めてくれたのだからそれ以上言うつもりもないユリは、わかったならいい、と告げてサンドウィッチを口に運ぶ。
「ねえ、ユリ。もしも僕の弟が夢で怖い思いしてたら助けてあげて」
「弟? ジーンなら兎も角、弟君は知らないからいけないと思うけど」
「多分なんだけど、君は一度弟の夢に行ったことがあるはずなんだ」
「……そうなの?」
幾つかジーンから弟が見ていたらしい夢の内容(内容が内容なだけにジーンはとても話し難そうにしていた。)を聞いたユリは、記憶を辿っていくと確かに、似たような夢へ渡ったことがあることを思い出した。
あの時ユリを引きずり込んだ夢の主がまさかジーンの弟だとは。
「ああ、疑似体験しちゃってた夢か。あれ、ジーンの弟だったのね」
「疑似体験……まあ、似たようなものかな……。ナル、あ、弟の愛称なんだけど、かなり苦しんでたから。何度か夢に魘されることもあったんだけど、ユリがナルを起こしてくれたお陰かもう大丈夫みたい」
ありがとう、ユリ。ナルを助けてくれて。
心からの笑みを浮かべて感謝の言葉を告げたジーンから視線を逸らしたユリは少し気まずい。
――言えない。あの時はただ巻き込まれたことに怒っていただけだなんてことは、絶対。
こうも純粋にお礼を言われたのは久し振りのことで戸惑いを隠せなかったというのもあるのだが、ユリが言うようにあの時は引きずり込まれた夢の先がナルだったというだけだ。
偶然に過ぎないことがこうして縁として結ばれるというのは不可思議で。
「弟君も難儀そうだから、いいわよ。ただ、不調があるようだったらちゃんと教えてよね」
「うん、わかった。ナルにも伝えておくよ」
「その弟君もここに呼べたら楽なんだけどね、流石に無理か」
何気なく飛び出た言葉に、ジーンは目を丸くする。唇に指をあてて考え込んだかと思うと、表情は途端に明るくなった。
「そうだ! ナルも呼べばいいんだよ! ここは僕の世界なんだからできるかも!」
「は? い、いくらなんでも難しいんじゃ……」
「きっと大丈夫! ナルと僕はホットラインで繋がってるし! やってみる!!」
「ホットライン??」
何やら特別な意味を持つらしい知らない言葉に首を傾げたユリだが、疑問を答えてくれるはずの人物は瞑想に入ったようで疑問は疑問のままに終わりそうだ。
いくら自分という赤の他人が侵入できたとしてもそう簡単に別人を夢の世界へ渡らせるなんてことは難しいと思うのだが、ジーンは可能性があると信じているらしい。
「…………」
(眉間に皺寄ってる……)
どうやら難航しているらしい、と様子見に徹するユリは二個目のサンドウィッチを食し始める。
待つこと数分、ジーンは不満たらたらにあーっ、と突然叫んだ。
突然の叫びに驚いて少し咽たが、幸い喉に詰まることはなく、不満を零しているジーンを見遣る。
「ホットライン切った!」
「あらそう」
「煩いだって! 前ユリのこと話したら気にしてたくせに!」
「そうなの? というかホットラインってなに?」
「そうなの! ホットラインは僕とナルとの間にある特別な繋がり、みたいなものかな」
不満を零しつつも嫌悪感を抱いていない。これが家族という繋がり故というものなのだろうか。
いくつか超能力のことやホットラインについて詳しく教えてもらったユリは、ジーンにとっていいアドバイスをひとつ教えた。
「この状況で繋がったなら、弟君が寝ていれば無理にでも連れてくることは可能だと思うけど」
「本当!? よし、次は無理にでも連れてくる!」
(弟君怒るだろうけどね)
怒った弟君の宥め役はジーンに投げ出そう、と心の内で決めたユリと、そのことを知らないジーンはまた会う約束を結ぶのだった。
主要人物のあれやこれ
夢を渡る少女
双子だということを知らない。
双子の兄
何が何でも少女と会わせたい。最早意地。
双子の弟
次回兄の夢に引きずり込まれることが決定しました。