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高二の春、父の仕事の都合で兵庫に一家転住した私は、定員に空きがあった稲荷崎高校へ転入することとなった。
途中転入した私をクラスメイトは優しく迎えてくれて、それなりに順風満帆な高校生活だと思っていた。
*
六時間目の体育から教室へ戻ると、私の机に身に覚えのないものが置いてあった。
食器用洗剤やスポンジ、お茶のパックなどが入ったカゴには、『男子バレー部』とマジックで書かれてある。
誰かが間違えて置いていったのだろう。
バレー部の誰かにこの荷物を持っていってもらおうと考えたが、生憎今は下校中で、男子バレー部員は教室内に1人もいなかった。
バレー部の練習場所まで持っていこうかと一瞬考えたが、各部活の練習場所がどこかも知らない。
そういや、選択授業で知り合った隣のクラスの子が、男子バレー部のマネージャーをやっていると言っていた。
一縷の望みをかけて、隣のクラスへ向かったが、彼女の姿はなかった。
他に誰かいないか教室内を見渡すと、とある有名人を見つけた。
あれは確か、この学校で有名な双子のどっちかだ。
友達の話によると、双子両方ともバレーボールが上手くて、全国的に有名らしい。
私も廊下で見かけたことがあるが、二人とも瓜二つで、違うのは髪型の分け目くらいだった。
しかし転入してそれほど月日が経っていない私は、双子の下の名前も、この片割れがどっちなのかも分からなかった。
だが、この忘れ物をバレー部に渡せるのなら誰でもいい。
廊下側の窓から身を乗り出し、話しかけようとした途端、その双子の片割れと目が合った。
私は『ああ、これでやっと帰れる』と安堵の思いでパァっと満面の笑みになり、その片割れに思わず手招きをした。
「あの、これ私の机に置いてあったんだけど、バレー部のだよね?」
窓際まで近寄ってきてくれた双子の片割れに、カゴを指差しながら尋ねる。
「‥‥あ〜うちのやうちのや!わざわざごめんな〜ありがとう。」
片割れが、屈託のない笑顔で受け取った。
「ううん、こっちも助かった。ありがとう。」
笑顔でお礼を言ってその場を離れた私は、感じのいい人だなあと思いながら自分のクラスへ戻った。
*
翌日の放課後、帰路に就こうと靴箱へ向かった時のことだった。
「名字名前ちゃん。」
靴箱から靴を取り出そうとした時、背後からフルネームを呼ばれた。
「‥‥あっ、昨日の‥‥。」
振り返ると双子の片割れがいて、私はぺこっと会釈をした。
『昨日の』とは言ってしまったが、昨日少しだけ関わった方の片割れなのだろうか。
それに何で私の名前を知っているのかと思ったが、転入生ともなれば少し興味も持たれるのだろう。
すると、ニコニコニコニコ笑みを浮かべている片割れがおもむろに口を開けた。
「名前ちゃんに一目惚れしてん。俺と付きおうて?」
爽やかに笑う片割れに、私は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
ちょっと待って。
一目惚れの定義って何だっけ?
付き合うって?
‥‥そもそも私に一目惚れする要素なんてないし、私と付き合うメリットなんて微塵もない。
‥‥きっとこれはドッキリだ。
私がOKするなり拒否するなり、この告白を真に受けたところで『テッテレー!』と効果音が鳴り、『ドッキリ大成功!』と書かれたプラカードを持った誰かがやって来るのだろう。
そうでもないと、非凡な男が十分並みの女に告白する少女漫画的な展開、起こるはずがないのだ。
だとしたら、この告白を真に受けない方法を考えなくては。
黙って逃げるのは卑怯だし、逃げて追いかけられるのも面倒だ。
‥‥これしか私には術がない。
意を決した私は、ゆっくりと口を開いた。
「‥‥私に一目惚れなんて‥‥随分と美的感覚の癖が凄いね。」
負けじと私なりに爽やかに笑ってみせながら云うと、片割れがぽかんと口を開けた。
すると次の瞬間、片割れが大笑いし始めた。
やっぱりドッキリだったのだろう。
きっとこれは、無知な転入生の私をターゲットにしたお遊びなのだ。
ふと我に返ると、ひとしきり大笑いした片割れが息を整え、私に向き直った。
「ズルいわ名前ちゃん。今のでますます好きになってしもたやん。」
そして『これからよろしゅうな』と言って、私の前から去っていった。
驚きのあまり、この場から動くことができない。
私を好きになる要素が一体どこにあるというのだ。
『これから何をよろしくされるのだろうか』と今後の不安に苛まれながら、放心状態で学校を出て行った。