エピローグ


「朔? ……子猫ちゃん、ボクの前で『そいつ』の話はしないでくれル? 申し訳ないけド、いまのボクはまだ未熟らしくっテ、理性的ニ――というカ、落ち着いテ、かナ――彼女、朔の話を聞けそうにないんだよネ」
 ――『冬海朔』の話は、夏目の前で出してはいけない。転校生が『Switch』のプロデュースを少なからず請け負うようになって少し、かなり早い段階に気が付いたそのことに対して首を傾げていれば、転校生の抱いた疑問を理解したように苦笑しているつむぎが、しずかに告げた。
「朔ちゃんと夏目くんは、なんていうか……因縁めいたものがあるというか。俺としては早く仲直りしてほしいんですけど、そうもいかないみたいで……とくに朔ちゃんは、冬からこの春にかけて、海外の系列校を回ってましたし……。気になったにしても、もう少し待っていてくれると嬉しいです。俺と一緒に、あの子たちのことを見守りましょう……♪」
 英智がこの夢ノ咲学院にもたらした変革。その革命のために礎とされた五人のばけものたち。彼らの持つ強い光に隠れてひそやかに息づいていた影の姿など、当時のことすら知らない転校生が知る由もない。同じ『Switch』と『With』であっても、親友――竹馬の友とでも呼ぶべき、気の置けない友人関係である宙と茜とは大違いだ。アカちゃん、そ〜くん、と呼び合っている彼らのように、とまでは言わないまでも、普通の関係になってくれないだろうかとは思っている。思ってはいるけれど。
 見守っていましょう、待っていましょう――なんて、つむぎに言われるまでもなく、もちろん、転校生だってそのつもりだった。アイドルたちに許されているところ以上の場所にまで踏み込むつもりはない。話したくなった時に、すべてのわかだまりがほどけた時に、彼らが望んで転校生に語る物語が残ったのなら、それを耳にする権利があるだけで。
 しかし、先ほど転校生が屋上まで呼びに行った朔の姿は、そんな転校生の中の不文律に抵触したくなってしまうほどに儚く、吹けば枯れ朽ちてしまうような姿のように見えた。朔は物腰やわらかく人当たりのよい、個性的なアイドルたちの在籍するこの学院の中でも有数の常識人だと、転校生は認識している。しかし、夏目も、みかも、朔の話を出すと、二者二様に『いやそうな顔』をするのだ。なにがあったのかは聞かないと決めていても、気になるものには心惹かれる。いっそここからいなくなってしまうような朔の後ろ背をどうにか引き留めたくて、転校生はなにかに呼ばれたかのように朔に近付き、朔の名前を呼んだ。
「ししょ〜が『朔さん』のお話をする時、たくさんのものがぐちゃぐちゃになったような『色』をしてるな〜? 宙には、よくわかりません。やさしいように感じる時もあれば、わるいことを考えている『色』の時もあるので……ししょ〜はあんまり、宙の前で『朔さん』のことを話したくないみたいです……。『ソラには悪影響だヨ』って言って、宙には聞かせてくれません」
 アカちゃんも、ししょ〜のことはあんまり好きじゃないみたいだから……。宙が相談してきたそれを思い返して、転校生はしばし逡巡する。
 ――それほどまでに複雑怪奇な感情を心のうちに抱いているからだろうか。冬海朔というアイドルのことを耳にすると乱れてしまうらしい夏目の様子は、それを『色』で如実に感じてしまう宙だけではなく、以前のことをなにも知らない転校生であっても、容易に見てとれる。
 だから、転校生はその問いを口にした。確実にただならぬ関係であろう夏目の話をすれば、朔の気配は確かなものになってくれるのではないかという希望的観測を胸に。
「逆先くんと、なにかあったの?」
「……わたしと逆先くんは、……まぁ、ちょっとした関係があった、というか。あんずちゃんも、茜と春川くんがすごく『仲良し』なことは知っていると思うんだけど……うん、あんな感じだったんだよね。友達だったんだよ。色々あって、いまは疎遠になってしまっているんだけど」
「……疎遠?」
「疎遠」
 講堂につらなる、すっかり見慣れてしまった道を歩いている朔の姿は、やはり、昔強く燃えていたであろう炎の残り滓のように見えて、転校生は自分より少し先を歩いている朔の後ろ背を目で追った。
「逆先くんには、わたしの話をした?」
「えっと……うん、ちょっとだけ」
「そう。嫌がられたでしょ、彼に。……それから、影片くんにも、あんまり話さないであげてほしいな。彼もたぶん、わたしのことは好きじゃないだろうから」
 ――茜くんが言うには。視聴覚室でたまたま見つけることができた映像に映っていたふたりは、お互いのことを、朔、夏目、と呼び合っていたらしい。穏やかな、桜の舞う春の日差しの中、朔がリードして始まったメロディに、仕方ないなという顔をしながら、夏目はそっと自分の歌声を寄り添わせて。誰が録画していたのかはわからないけれど。でもおそらく、映像の最後に入っていた声からして、渉か宗のどちらかだろうことは伺えた、と、茜は言っていた。
 こつり。ローファーが地面を叩く音が響く。やや耳障りな音を立てる講堂の扉を押し開けて、随分老朽化が進んでいるよねと苦笑する朔を見ながら、転校生は茜に聞いたその話を思い返す。
(――楽しかったなぁ、去年は……。夏目と仲良くなれて、にいさんたちにたくさん愛してもらって……たとえ短い間でも、『わたし』であることを晒すくらいには、信頼していたし。幸せだった。それが英智くんの敷いた『革命』という物語のレールの上にある運命だったとしても。あの終焉に至るまでのすべてが、英智くんの手でデザインし尽くされていたことが前提だったとしても)
 夏目とふたりで、そよぐ風にあそばれる髪をそのままに、小さなベンチで肩を寄せ合っていたこと。お互いにというには朔が一方的に体温を夏目に預けすぎてしまっていて、夏目はそんな朔に合わせてくれていたのだろうが――その頃の自分を取り戻すことは、難しい。あの頃、朔は自分の母親のことを知らなかった。父がどのような気持ちで自分がアイドルをしているのを見守っているのかすら歯牙にかけず、夏目の隣に居続けた時分。ちいさな懐古の記憶を、宝石のように目の前に並べて、朔は心中、桜並木の中に隠れる自分たちの背中を思い浮かべ、過去にしがみついている自分自身をも嘲笑うかのように、ふ、と笑みをこぼした。知ってしまったからには、なにも知らなかった純白の天使には戻れない。
 俺も他人様のことに口出しできるような男じゃないけどさ。留学期間中、英智の権限で入部させられていた紅茶部の部員のうち、くらい色を滲ませた紅色の瞳で朔のことを見つめてきた凛月の声が、耳の奥で反響する。
「後悔はしないようにねぇ。サッちゃんって、そういうところで損してそうだし」
 一年生の頃、音楽の実技で弾かされていたピアノの前に座っていた男子生徒。初めて顔をあわせた時は親の仇のような敵意を感じていたが、第一印象が『朔間零の弟』ではなかったあたりで多少朔のことをゆるしてくれたのだろう凛月は、そこそこの頻度で朔のことを心配してくれていた。いまのところその助言を活かせていなさそうで、少々申し訳ないが。
 もうじき、夕闇が空を支配するだろう。むしろ夜が活動時間の本番である零や凛月のことはさておき、そういったことに慣れていない転校生を、夜の帳が落ちた後もこの学院に留め置くことには気乗りしない。かといって講堂に着いた矢先に方向転換をして帰ろうとも言えないので、朔は仕方なく演出装置の入っている舞台袖に足を踏み入れ、目線を朔に固定して追いかけてきているらしい転校生の方へ振り向く。
「さっきも言ったように、わたしの演出にはちょっとした癖があってね」
 ライトの多用。色変えの用法。比較的観客の視界を殺さず、ステージの上にある舞台装置を活かす操作、演出。逆に指定されなければレーザーなんて滅多に使わない。朔の演出の師は宗だけれど、あのひとはどうしたってクラシカルなものが多かったから、レーザーライトはその雰囲気に即していなくて。宗が多用しなかったから、朔もまたその癖がついてしまったんだろうけど。真面目にメモを取り出して書き込んでいる転校生を見て、朔は昔の自分のことを思い出しながら機器に触れ、時折『Trickstar』のユニット曲を例えに出しながら、転校生の上げた声に応えていった。
 転校生に問われてよく考えてみたのだけれど――そもそも夏目本人から徹底的に避けられていて、今年度、夏目と朔は数えるほどしか顔を合わせていない。同じクラスではあるけれど夏目はあまり授業に顔を出さないし、放課後も多分、『秘密の部屋』か、『Switch』として、あるいは占い師としての活動に励んでいるのだろう。だから、直接の罵倒を夏目から受けたのは、あの時が最後だったと思う。今年に入ってスバルからどうしたのと聞かれたのが一番嫌だったし、気まずかったけど。
 朔と夏目に友人だった期間があることを、夏目はおそらく、否定はしないだろう。自惚れだと笑ってくれて構わない。ただ朔はあの一年間にも満たない激動の年月を夏目と過ごした。これは事実以外のなにものでもなく、朔が見ていた長い長い夢物語でもない。夏目は過去あったことを隠しはしても、それに否と告げることはしない――なぜなら、否定は拒絶と同じだから。『魔法』を使い、『言葉』を重んじる夏目が、真実あったことを拒んで、事実を『なかったこと』にすることはしない気がする。多分、それはタブーだ。親友であった時間を否定することは、それに連なる過去を拒絶することにも成り代わる。夏目は『五奇人』を愛していたから、その過去を消してしまおうとはしていないはずだし。
「……斎宮先輩って、どんなひとだったの?」
「……誰よりも、自分の芸術に自信を持っているひと。やさしいひとだよ。こだわりが強くて、あのひとに着いていけるような『身内』が少ない代わりに、その『身内』には誰よりも甘かった」
 ふと、転校生の口からこぼれおちる言葉が、色を変える。思い出していた過去に引っ張られてぼんやりと声に出たうわごとみたいな声は、先ほどまで転校生の質問に答えていたものとは違う、ひどく沈んだものだった。
「気になる? 斎宮先輩のこと」
「朔ちゃんの演出の師匠だって聞いて、俄然気になってきちゃったかも」
「ふふ、そう。今度時間があれば、一緒に視聴覚室で『Valkyrie』のライブ映像でも見ようか」
「うん、よければ」
 極端に話を逸らした朔の言葉を疑うことなく、転校生は嬉しそうな顔を朔に向けて、こくりと頷いた。無意識にくらい声音を発してしまった朔が露骨に話を変えたのに気が付いているだろうに、それでもそれに甘んじてくれている転校生に、朔はふとちいさな笑みをこぼす。
(――そういえば、『夕方なのだけれど、講堂に海外の業者が入る予定だから、もし顔を合わせたらよろしくね』って、英智くんは言ってたっけ?)
 がちゃりと音を立てて開く講堂。夕焼けの赤い光が舞台上に差し込んで、転校生は驚いたように講堂の扉の方に視線を向けた。英智がそう言っていたということは、万一の時は朔がどうにかしろというお察しだったのだろうけど――その時朔が講堂にいなかったら、いったいどうするつもりだったのだろう。どう見てもアジア系ではない、みたいな顔立ちをしていないアイドルも多いし、なにより留学期間もそこそこ経験している朔にとって、日本人ではないひととのコミュニケーションに、いまさら怯むようなことはない。
「あんずちゃん」
「あ、うん。あのひとたちって……?」
「外国の業者。わたしちょっとあそこのひとたちとお話してくるから、あんずちゃんはここで待っててくれる? 困ったことがなければ、すぐに戻ってくるから」
 昔取った杵柄と言い切ってしまうには、朔にとってポジティブなイメージを持てた旅ではなかった。対外的には良いもお¥のだったのかもしれないが、少なくとも自分にとってはそんなものではなかったことを、転校生の前で語りたくない。朔は舞台裏から扉の方へ足を進め、大きな機械を持っている業者に対し、にこりと笑いを浮かべた。
 転校生は、純白の乙女だ。学園の女神。オルレアンの少女。かつて自分の知らぬ間に被せられていた『かみさま』という名のヴェールにいまだ縛られている朔がこうして自分ではない存在にそれを強いてしまうのは心苦しいけれど。過去に大いなる悪魔を祓い大国を作り上げた英雄が悪逆非道の暴君となってしまった、停滞していた箱庭に光をもたらした、女神。あるいは闇の中に光輝く切っ先を向けた気高きジャンヌダルクと、彼女に導かれたあの時の綺羅星たち。輝かしい、眩しすぎる彼女たちに、自分たちの委細を語るには、朔にはあまりにも恐怖心が染みついてしまった。こびりついて落ちなくなってしまった血のようなそれを、自分ひとりならば問題なく抱えて生きていけただろうに。おそらくは夏目も、それに苛まれて、生きている。彼はもう、『Switch』という幸福を手に入れたはずなのに、それでも、いまだ。
 ありがとう。それぞれの言語で業者に笑いかけ、所定の場所にその機械を運んでもらったあと。朔は転校生のもとに足を進めることなく、講堂のすべてを見渡すことのできるその場所に留まり、ぼんやりと突っ立っていた。
 朔間零の名代として全世界に根を張る夢ノ咲の系列校に赴き、零がやっていたようにそこでの問題を解決し続け、ある時はパフォーマンスを披露し、解決のために必要なことがあれば、朔はなんでもやった。それがどのようなことであろうとも。いまだに朔を気にかけて連絡をくれている友人もいる。朔はあの頃、あの場所では、確かに主人公のようでもあったのかもしれない。その行動が、しかし朔間零の万能さ、絶対さを刻一刻と崩していたことにも気付かないで。それが英智によって組まれたシナリオであったと知らされた時には、思わず愕然としてしまったものだ。いまさら恨むことなんてしないけれど。朔は罪深く欲深いただの人間だったはずなのに、それでもひとは、朔のことを博愛のひとと呼んでいる――まるで、零のことを信仰しているみたいに。
 たとえば、もし。冬海朔の持っていた博愛が、本当のものだったとしたら。朔はきっと、夏目のことも、にいさんたちのことも、英智のことも、あるいはあの時学院に根付いていた有象無象のことすらも、自分をなげうつことなんて当たり前のようにして、そのすべてを救おうとしただろう。すべてをゆるそうとし、すべてを恨まず、そこに恐怖心など生まれなかったはずだ。朔の持つ『神性』はどこまでも未完成で、あまりにも中途半端すぎて、なにかを救うには至らなかった。至れなかった。至ることは、不可能だった。
 こつりと、ローファーの音が響いた。宗が頽れた舞台。渉の処刑された舞台。よくない記憶ばかりがひしめくステージから目を背けるようにして、朔は転校生の待っている舞台裏に戻る。
「おかえり、朔ちゃん。大丈夫だった?」
「うん。指示されていたことはあったみたいだったから、位置の説明をするだけで終わったよ」
 夕暮れの抱いたうすい橙色の仄かなあかりが、転校生の瞳に埋め込まれた青空と交差した。
「……もう下校時間になっちゃうね。もうちょっと朔ちゃんとお話したかったんだけど」
「ふふ、嬉しいことを言ってくれるね、あんずちゃん。まあでも、わたしは明日も学院にいる訳だから……あんずちゃんが話したい時は、いつでもおいで? ……さぁ、備品を片付けよう。わたしが送っていくよ」
 うつくしい光景だな、と転校生は思う。この目に映るのが生きた人間であることを疑ってしまいそうな流麗な姿をしている朔の影をぼんやりと眺め、転校生はすごすごと口を閉じた。伸ばされている手が自分のためのものとは思えないのだ。唐突に動きを止めた転校生を不思議そうに見ている朔には申し訳ないけれど、本当に、この世のものではない、ような。女性とも男性ともつかない美しさは、確かに中性的すぎて、そしてなによりも楽園にしか息づかぬ神の手の加えられた人間のようで、おそろしくて。
 あんずちゃん、と、朔が言った。転校生のことを心配しているようなその声に、転校生ははっとしたように顔を上げた。送るよ、と朔はもう一度転校生に手を伸ばし、転校生は今度こそそれに頷いて、朔のすらりとした手を取ろうとして――直後、氷のような冷ややかな声が響き、朔の腕はゆるゆると下げられる。
「なにをしてるのかナ。無理矢理その手を取らせようとしてるなラ、キミはあの老害ロートルと同じような人間だって見なすけド」
「……逆先、くん」
 敵意を秘めた、琥珀の瞳。初めて顔をあわせた春の、警戒心を抱いていたあの色とは似ても似つかない、たしかな――嫌悪。ひくりと鳴りそうになった喉元に手を添え、夏目から目を逸らした朔のことを、けれどもその琥珀は逃してはくれなかった。
「キミは自分でやるから分かってないのかもしれないけド、子猫ちゃんは忙しいんだヨ。あんまりキミのワガママに付き合わせないでほしいナ。ボクたち『Switch』もよくお世話になってるかラ、体調を崩されても困るシ――アァそれとも、それを狙おうとでもしてるのかナ? ……姑息だナァ、ほんと」
「あの、夏目くん違うの、これは私が朔ちゃんに頼んだことで」
「サァ、帰るヨ、子猫ちゃん」
「夏目くん!」
 ――夏目の前で。転校生は、『女神』なんかじゃなかった。転校生はただのひとりの女の子だった。学院を救った女神ではなく、アイドルたちのための『プロデューサー』でもなく、他でもない、女子高生の『あんず』として、彼女はあの一瞬、朔の前に立っていたのだ。あの頃の朔と、同じように。
 少し、覚悟が足りなかったかもしれない。直接受けたあの罵倒よりも、裏切り者という言葉よりも、ずっとずっと深いところに刺さってしまっているらしい切り傷を、朔はそっと抱え込んだ。夏目が去っていった方向と呆然としている朔を見比べた転校生に、はやく逆先くんのところに行ってあげて、とは言えたけれど――そこからは、記憶も意識も、曖昧だ。
「にいさん」
「……久しぶりじゃの、朔。ほら、おいで。遠慮なぞしなくてよい。ただ、いまは――ゆっくり休め。ここには、誰もいない。俺も、お前も」
「……零にいさん、にいさん、わたし、」
 夏目のことを、夏目と呼べる人間なんかには、戻れなかった。友人、あるいはもっと正確に――親友、と。朔が、『かみさま』の皮を被るようになってしまった朔が、唯一ただの『冬海朔』であれた腕の中を、失ってしまった。
 夏目。朔はひとつ、ちいさく彼の名前を呼ぶ。あの時結局、夏目は朔の名前すら口にしなかった。やがて転校生とともに校門を出たであろう夏目の表情がどのようなものであったのか、朔には伺い知ることはできないけれど。
 懐かしい香りのする棺桶の中。ふらりと出歩いていた朔のことを『保護』した吸血鬼が、さらりと朔の頭を撫でる。一年前の粗雑なものとは違う、ゆるやかな手つきで。
 ――『僕たちって、本当に自分勝手だな、と思うよ』
 ああ――その通りだ。それは真実だった。朔はあの頃から変わらず、救えなくて、わがままで、自分勝手で――そんな自分から、変われなかった。
 ただ、それだけのことだった。
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