Revral/第二話


 ――ああ、朔ちゃん。ちょっと見ていないあいだに、ずいぶんおおきくなりましたね。たしか、うちの息子とおなじ学年でしたっけ、きみは。……あ、もしかして僕のことは覚えていませんか? それも仕方ありませんね。僕と君が最後に会ったのは、君に物心がつくかどうかくらいのときでしたから。
 それにしても、まさか君が『アイドル』になるとはね。もちろん、おどろきましたよ。いくら新くんが君が芸能界に関わることを嫌がっても、やっぱり血は争えないんですかねえ。
 わざわざほっちゃんにお願いしてまで僕のところに取り次いでもらったんです。あなたが僕に聞きたいことはわかっていますよ、朔ちゃん。――水月ちゃんのことですね。ええ、いつでもお話しましょう。いま芸能界であの子のことを話せるのは、おそらく僕くらいのことでしょうから。あの子のことを知っていた明星くんはもういない。陽花ちゃんは水月ちゃんのことを話そうとはしないでしょうし、新くんなんてもってのほかです。陣くんは……やっぱり、喋らないでしょうね。あとの子たちは水月ちゃんとは関わってこなかったはずですから。
 さて、君は僕に、水月ちゃんについてのどんな話を聞きたいんですか? あなたがどこまで水月ちゃんのことを知っているかにもよりますが――しらない? なにも? ……そうですか。新くんは徹底していたんですね。陽花ちゃんのいたずらというには、それは新くんには酷だったでしょう。
 水月ちゃん――巴水月ちゃんは、日和くんの実家、巴家の生まれです。日和くんのお父さんの妹だったはずなので、朔ちゃんと日和くんは従兄妹ということになりますね。没落しかけとはいえ、財閥の長女が水商売をするなんて……家族からはいろいろ言われていたと聞いています。僕がはじめてあの子に出会ったとき、僕はいまよりもっと人形みたいで、ロボットみたいな男でしたし……彼女もまた、『アイドル』という概念だけをあらわす人形でしかありませんでした。
 彼女は天性の偶像だった。まさに明星くんのような、星のようなかがやきでした。『アイドル』としての天才。あのひと――『ゴッドファーザー』が男性アイドルだけではなく女性アイドルにも目を向けていたら、おそらくあの子はもうすこし、いまもなお話題に上がっていたんでしょうけど。じっさい、そうはなりませんでした。そうはなりませんでしたが、あのひとの影響下にあってなお、女性アイドルとしてはあまりにも破格なほどの人気を誇ったひと。しかしそれゆえに、彼女は同性の同業者からうらまれていた。地下育ちの、太陽のひかりなんていちども見ずにやめていったアイドルたちから、まさに目の敵にされていたおぼえがあります。そういうのを気にする明星くんは、水月ちゃんのことをよく心配していました。おもうところがあったんでしょう。よく似たふたりでしたから。
 けれど、陽花――皆見陽花ちゃんは、そうではなかった。あとから聞いた話ですが、水月ちゃんと陽花ちゃんは、どうやらおなじ学校の出だったそうです。実家を飛び出した水月ちゃんと、中流階級の第一子だった陽花ちゃん。ふたりは仲が良かった。ちなみに、新くんは陽花ちゃんの幼馴染だという話もあります。どうやら新くんと水月ちゃんは、陽花ちゃんを通じてお付き合いをはじめたようで。僕はどちらかといえば、水月ちゃんよりも陽花ちゃんとのほうが仲がよかった。水月ちゃんは明星くんの影のような存在でした。表裏一体。性別さえちがえば、ふたりはおなじ舞台に立っていたでしょう。――思い当たる節が、君にもあると? そうですか……血筋なんですかね、それも。
 ともかく、陽花ちゃんも水月ちゃんとおなじタイミングで『アイドル』をこころざしましたが、陽花ちゃんはとちゅうでアイドル生活をドロップアウトしました。それはいつまでも隣に立っている水月ちゃんのことを見ていて、届かない自分を恥じたのかもしれないし――辛かったのかもしれないし。早々にアイドル業界から消えた陽花ちゃんは、現役時代に褒められた演技力をいかして、いまの職業……女優に転生しました。
 陽花ちゃんは、新くんのことが好きでした。でもそれ以上に、友人として、水月ちゃんのことを愛していた。彼女がギャンブルと酒におぼれたのは、水月ちゃんが亡くなってからのことです。業界に長くいたひとはみんな、陽花ちゃんがああなってしまった原因をわかっている。どれだけ酒におぼれても、なにもかもがわからなくなっていても、陽花ちゃんの演技だけは、いつまでも一流品です。なにより彼女はそれを磨くことを怠らなかった。水月ちゃんのために。
 以前の彼女を知らないところからは相応に評判も悪いですけど、むかしの彼女を知っているひとは、陽花ちゃんの見方を変えたりしないひとが大半です。新くんも、きっとそのはずですよ。あなたのことで大喧嘩したとかは聞きましたけどね。なんでわざわざ朔から遠ざけてた芸能界に放り込むようなことしたんだよって怒られたって、ふふ、陽花ちゃんからのちょっとした愚痴ですよ、かわいらしいものですけど。
 水月ちゃんは、月なんてものが名前に入っているのにもかかわらず、太陽みたいな女の子でした。おおくのひとがあの子の結婚を祝福した。あなたが生まれたんだってひどくしあわせそうな顔でわらっていたあの子のことを、僕はよく覚えています。僕も抱かせてもらいましたしね、もちろん。
 あの子という太陽をうしなった女性アイドルの世界は転落しつづけて、いまは、ほんとうにだれも、地下の世界から出てこられない。亡くなったいまも権力を握り続けている『ゴッドファーザー』みたいなひとがいる限り、それが覆ることはないでしょう。ですが……
 ……ええ。水月ちゃんの血を継ぐ君なら。もしかしたら、どうにかできるかもしれないですね? そうしろと言っているわけじゃありません。僕が勝手に言っているだけですよ。君も相応にしんどい時期を超えてきたんでしょう。落ち着いたらでいいですけど……僕は、もういちどあなたに、巴水月になってほしいんです。明星くんも水月ちゃんも、『アイドル』という場所に、もう、苛烈な天才はいませんから。
 僕の妻? ふふ、あの子はね、アイドルじゃありません。偶像ではなくて、役者なんですよ、どこまでも。
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