侵入
はぁ…疲れた。仕事を終えて帰宅の途につく。時刻はもう19時すぎだ、駅から歩き出したおそらく帰宅する大多数の老若男女がそれぞれの家があるだろう方向へ散り散りと歩いていく。寒いな全く、レザーの手袋じゃないと耐えられない本当。この前買った手袋の有り難さを噛みしめた。
実は本日25歳の誕生日。
家族含め数人のメールをもらった、そりゃ彼氏もなしの平日の誕生日ならこんなもんだ。さて今日の夕飯は何にしようか。駅からの道のりを疲れた足で踏みしめながら考える。えーと…豚バラはあったな、あと大根もあったか、それで炒め煮すればご飯が進むな。そして風呂上がりにビールで…ああ、何とも質素な誕生日だ。
アパートのエアコンはタイマーでセットしているから、部屋に帰ったら暖かい空気が出迎えてくれるはずだ。あ、そうだハーゲンダッ○のアイスもあるからそれも食べよう。
そう、いつもの平日の夜だったのだ。
アパートに着いたっと思った瞬間に、いつもと違う雰囲気。アパートの階段に若い?いやおそらく同年代くらいの男の人が座りながら壁にもたれかかっていた。
服は濡れている、ぁ、昼間雨降ったけか…え、つーか寝てんの?俯く顔は分からない。何この人凄い邪魔なんだけど…内心舌打ちをして、その人を避けるように二階へ上がるがもちろんその人は起きなかった。
そしてアパートの部屋に入り、コートを脱ぎながらいつもの一連の流れでテレビをつけると天気予報。お天気の人が明日朝にかけて冷える事をオーバーに言っている。
へぇ、冷えるんだ…。
「…」
はぁ、私は結局お人好しなんであろう。ほっとけないというのか、お節介というのか。まぁ具合悪かったら可哀想かもしれない。
脱衣所からバスタオルを持って、つっかけを履いてアパートの戸を開ける。そして先ほど登ってきた階段に向かい、階段下を覗くと変わらぬ姿が暗い中にあった。
その塊に近づき恐る恐る声をかける。
「あの…風邪ひきますよ?具合悪いんですか?」
反応はない、ただの尸のようだ…ってそんな事考えている場合ではない。少し様子を見ているとしっかりと呼吸している。吐き出す息もかすかに白い…寒いもんね。一応持ってきたバスタオルを頭から被さる様にかけてあげた。
「ここは寒いですよ?」
「…ん」
その人が俯いたまま目を覚ました様だ。なんとなくいきなり殴られたり絡まれたりされても嫌なので一歩ほど下がる。
「…お、起きました?」
「ああ…」
「…今もう20時です。…帰ったほうが良さそうかと…」
「そうか」
その時"ぐぅ、キュルルル"という不似合いな音が盛大に聞こえた。
「…」
「えー、と…」
「…あぁ…もう3日なんも食ってないんだ、腹へって動けねぇ…」
か弱い声が私に響いた。…そんなのしらないから、つーか紛らわしい、心配して損したじゃないか。
「…はぁ、ぁー…」
ため息しか出てこないとはこういうことだ。
「…ぁー…じゃ、何か作りますよ」
思っていることとは裏腹に口から勝手に出たお人好し発言。もうバスタオルも貸してしまっているしもうここまで関わったなら、おにぎりとか一食くらい恵んでやれば良いやと考えた。
「っいいのか!?」
バスタオルをかけたままその人がガバッと顔を上げた。そしたらなんとも甘い顔の人だった。その人が笑うから思わず釣られそうになった。
赤の他人を家に入れるとか絶対嫌なのに階段を登り家に案内する。
明るい玄関に通すと更に顔がよく分かる。バスタオルを頭から外した男性。単なる茶髪かと思いきや控えめな青メッシュが入っているし、ピシッとした眉なのに垂れ目、筋の通った鼻と厚めの唇がバランスよく配置されている…なんつーかそれなりなイケメンさんでした。
ってこの人濡れてんじゃん!
急いでお兄ちゃん様ジャージを出してその人に渡してトイレに押し込む。私が心配しているのはもちろん床の心配だ。
「これ着ていいのか?」
「それ着てください、その濡れたものは乾燥かけるので」
トイレから聞こえる声に調理する材料を冷蔵庫から出しながら返事をする。洗いなんかしてたら時間がかかるので乾燥だけで充分過ぎるくらいだ一時間もかければ大体乾くだろう。
先ほど考えていた大根と豚バラの炒め煮と冷蔵庫に半玉あったキャベツを適当に炒めてで良いや、あと冷凍
ご飯でこの人は良いだろう。
水の流す音と共にガシャっと戸が開く。その人から服を受け取るが…なんだろう、単なる黒色ジャージなのに色気を感じる。お兄ちゃんは170は多分あるけどこの人は170後半はありそうだから少しジャージが小さそうだ。
洗濯機に入れ乾燥をかける。そしてその人を1人でリビングダイニングに入れているのも何しでかすか分からないので、私の近くにでもいてもらおうと考えていた。しかしそんな事を言わなくてもその人は寒いのか手をポケットに入れながら私の料理を横から見てきている。え、これおにぎりじゃ許されない感じ?
「…おめさん手際いいな」
古臭い呼び方が気になったが、まぁこの人なら許せるかもしれない。
「それはどうも、冷凍してあったご飯だけど許して下さいね」
「ああ、嬉しい」
用意が出来て部屋に通して、机に並べる。一人分に慣れていたせいかつい多くなってしまった。いただきますとの声とともに減っていくご飯とおかず。
「凄く美味しいぞ、この大根と肉。最高だ」
「…そ、それはどうも」
もぐもぐと口を動かしながら感想を言ってくるので、一応お礼を言う。その人はこちらの胃がもたれそうな勢いで駆け込むように食べていく。まぁしかしこう美味しそうに食べてくれると料理したかいがある。
するとその人は、なぜ階段にいたのかを話し出した。
まぁ要約すると就職したは良いが安月給にブラック、あとは食費とアパート代が釣り合い取れなくなっていたという事らしい。そして就職した手前、実家にも今更顔出しにくくて友人宅を転々としていたとの事だ。で一昨日ブラック企業を退職したらしい。
結局のところは、他人の私としては、そうですか、それは残念でしたねとしか言いようがない。
その人がチラッと部屋を見渡す。
「この向こうにもう一部屋あるな…」
「そうですね」
「よし、おめさん気に入ったから、住まわせてく「ダメです」
おい、そこ、いい歳してぷうっと少し顔を膨らませるな!なぜか似合うんですけど。
「ダメか?」
そして上目遣いで私を見てくる男性。
「…その捨てられた子犬の真似をやめて欲しいんですけど、似合いません」
「ハハッ そんな事してないぜ」
「とにかくもう服の乾燥も終わるし、それ着て駅前にでも突っ立ってれば声かかりますよ」
「そんなの嫌に決まっているじゃないか」
おい、私の要求は無視ですか。あきれる私にさらに声がかかる。
「なぁ、お願いだ。端っこで良いんだ!」
上目遣いで少し泣きそうに手を合わせてくる人に盛大にため息をついた。
そこからの押し問答も平行線を辿った。もう何なんだ?この加護欲を煽られる感じ。
「…家賃、光熱費等折半…」
「おお!もちろんだ」
ニコニコ笑顔のその人を睨んだ。
「俺は新開隼人、23だ。おめさんは?」
「…みょうじなまえ、…で、今日で25…」
「おお、おめでとさん!年上だったか、同じくらいに見えたぞ若いななまえさん」
先ほどまでの顔とは違って目を細めた鋭い目線。そして指でのピストルで私を撃ってきた。
そんなお世辞いらないとか、いきなり名前でタメ口か?とか、なんだその仕草はとか色々と突っ込みどころ満載なのに少し見惚れてしまった。
それを隠すように放つ言葉はこれしかない。
「早く仕事を見つけて下さい」
不敵な笑顔の新開君に頭を下げた私であった。
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