空に浮かぶおぼろ月
菜子が江戸からいなくなった。姿を消した。……彼女の行く先はただひとつ……愛する男の元だけ……それが皆寂しく、切なく感じた。
「……晋助…」
晋助が泊まる宿に菜子は彼の名を呼びながら足を踏み入れる。その声に反応して、彼はゆっくりとこちらに振り向いた。
「…やけに遅かったじゃねェか」
「意外と荷物があってね…戸惑っちゃった。ごめんね」
持ち帰った荷物を軽く片付け、晋助の隣に座り寄った。…と、次の瞬間、彼の胸元に抱き寄せられた。
「しんすっ……」
「……っ菜子……」
ギュッと力強く抱かれる。彼の温もりや彼の煙管の匂いが一気に伝わってきた。
「…菜子……」
切なげに名前を呼ぶ晋助の声に、胸が締め付けられた。
強く、強く強…抱き締められ、応えるように菜子も抱き返した。
「……晋助、心配しなくていいんだよ……」
(私はずっと、変わらず貴方の傍にいるよ…私の命が朽ちるときまで)
「…テメーは、二度と離してやらねェよ…」
「…うん」
「オメーはずっと、俺の傍にいろや」
「うん…」
(ずっと、ずっと傍にいるよ晋助。共に生き、共に死ぬ。そう貴方に誓った…だから、そんな哀しげな瞳をしないで。晋助、貴方は何も悪くないのだから)
「…一生、一緒にいてね…晋助…」
(私には貴方しかいないのだから)
「…っ菜子」
人はこの気持ちを愛しさと言うのだろうか?
…俺ァ、コイツじゃなきゃ…菜子じゃなきゃ駄目なんだよ。コイツ以外何もいらねーんだよ、こんな世界。菜子がいるんならそれだけで構わねェ…コイツを悲しませてでも、俺の傍に置いておく…一生涯。
菜子の柔らかく、温かい唇に口付けた。そしてゆっくりと彼女を押し倒し、組み敷いていく。
そして、そんな晋助に応えようと菜子は彼の首元に腕を回した。晋助の腕の中で、一晩中鳴いた。彼を求めて。
場所は変わって…万事屋。
「銀チャーン、菜子は一体どこに行ってしまったアルか?もう会えないアルか??」
神楽が菜子からの手紙を読み終わると、首傾げながら銀時に問う。
「…菜子はよー…テメーの守りてーもん守るためにここを去ったんだよー…暫くは、会えねーだろーなァ…」
「…銀チャン、あたし淋しいネ…菜子ともっと一緒にいたかったアル!」
「んなこと今更言ったって仕方ねェだろーが!…それにこいつァ、菜子の出発の門出だ。潔く見送ってやんのが筋だろーが?」
「…銀さんの言うとおりですね、ここは見送って……って!銀さん、何起きちゃってるんですか!?そんな大怪我負ってるんですから安静にしててください!!」
「新八ィィ!お前煩いアル!大体パチって何ヨ!?新一とかならわかるけどパチって微妙アル!」
「人の名前に勝手にケチつけないでくれるーっ!?」
「だぁぁぁ!うるせぇな、オメー等はよ〜……」
銀時はくしゃくしゃ、と髪を撫でながら窓越しに空を見上げた。…空は星たちでキラキラと輝いていて、それが何だか…菜子の姿と被って見えた。
「……菜子、」
今、オメーは幸せか…?好きな野郎の傍にいれて…笑っているのか?
「…つらくなったら銀さんが嫁にもらってやるからよォ」
泣いてばっかいるんじゃねーぞ。…笑え、菜子。
朝日が昇るか昇らないか……ちょうどそんな時間帯。菜子は目覚めた。上には乱れた着物が羽織られていて……晋助の腕の中にいた。
「……おぼろ月…」
菜子の瞳には、窓の向こうに浮かぶ真白のおぼろ月が映されていた。太陽が昇り始めたら消え始めるであろうおぼろ月。それが、なんだか切なく感じた。
「…ど、した?」
「あ…晋助…起こしちゃった?ごめんね……」
晋助が菜子の動きに気付いたのか、彼も目を覚ました。
「…ほら、月が浮かんでいるの…綺麗ね……」
「…ホントだなァ…こういうときは月見でもしながら酒でも飲みてェもんだ…っクク……」
「またそんなこと言って……」
呆れ口調で話し出す菜子。そのとき、そっと晋助に抱き寄せられた。そして菜子も彼に寄り掛かる。
…こんな穏やかな日々が、続くとは思っていない。何せ彼は幕府が一目置く、最も危険な男と指名手配されている人物。幕府に追われたり、他の攘夷浪士とやり合ったりを繰り返していくことだろう。
……だけど、私は決めたんだ。この人と…愛する人と歩んで行く道を。
「……晋助」
真っ白い光を放つ…今にも消えそうなおぼろ月は、なんだか晋助に似ている気がした。
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