春の風

「よし……」

ダンボールの上に走らせたガムテープをはじで切り、ぺたりと貼り付ける。もう最早手慣れたものだ。生まれてから一体何度目の引越し準備だろうか。私にはこれが当然のことだったし、なんの苦痛もないが。最初は苦悩した荷造りも、手際を覚えてしまえばなんてことはない。それに、転勤のたびに荷物は減っている。

「名前ー?荷造り終わったー?」
「うん、終わった」

リビングから聞こえる母の声に肯定の言葉を返す。あとは明日の朝に手持ちのリュックに荷物を詰めて、布団袋に布団を入れてしまえば終わり。ざっとこんなものだろう。
私は手についた汚れを洗い流そうと部屋を出る。洗面台で手を洗っていると、横からぬっと何かを差し出された。

「うわ、なに?」
「うわってなによ。手紙」
「手紙…。あぁ、手紙」

濡れた手を拭いて母から手紙を受け取る。普通の便箋とは違う和紙の感触。これがいい紙だって言うことは中学二年生くらいで初めて知った。

「ありがとう」
「よかったわね、もうすぐ会える距離でしょ?」
「うん」
「ごめんねいつも、巻き込んじゃって」
「しょうがないよ。私は別に気にしてないし。確かに小学生の時は泣いて駄々こねたけど…」
「確かに…そんな時代もあったわね。友達には挨拶した?」
「うん」

実は挨拶する友達なんていないんだよ、と思いつつ口には出さない。申し訳そうな母の顔は好きではないから。

我が家は所謂「転勤族」と言うものだった。不定期に転勤があり、そのたびに引っ越している。私が生まれた時は東京。それから小学校の四年生になる年に沖縄に。そのあと中学に上がると同時に大阪。そして今度は神奈川。東京ではないけれど久しぶりの関東圏に少しだけワクワクしている。

けれど、友達は作らない。
別に誰かと遊ぶのが嫌いとか、一人でいるのが好きとか、そう言うものではなくて、むしろ私が子供で別れが辛くなってしまうのだ。だから出来る限り友達は作らない。泣くのも泣かれるのも好きじゃない。
私が友達だと言えるのは一体何人だろう。一人とか、二人とか。せいぜいそれくらい。それくらいがちょうどいい。

手紙を開封しながら部屋に戻る。殺風景な部屋でそれを広げると相変わらずの達筆っぷりになんだか笑ってしまった。
私が胸を張って友人だと言えるのは、もしかして君だけかもね。



拝啓、名前。

桜の蕾が実る季節となりました。いかがお過ごしでしょうか。

関東に戻ると言う報せ、とてもうれしく思います。新しい環境になりますが、体調を崩さないようにお気をつけください。

文通ですが、私も続けたいと思います。近年はスマートフォンの流行で世界的にデジタル化が進んでいますが、貴方の字をこうやって手にとって、読むのが私はとても好きなのです。貴方の人柄が見える筆跡や、柔らかな言葉遣い。温もりまでが伝わるようで。

お逢いする約束の日程ですが、3/28でお願いします。ちょうど練習がない日ですので、いつでもお会いできます。転居してすぐですから慌ただしいとは思いますが、何卒よろしくお願いします。
3/28は幼い頃に遊んでいた公園で待ち合わせましょう。時間は13時。神奈川からは遠いと思いますが、懐かしい景色を見て回りましょう。そのあと私の家に案内します。母がとても会いたがっていましたから。沢山お話をお聞かせください。

徐々に暖かくなってはきてますが、夜や朝方はとても冷えます。風邪などを召しませんようお気をつけください。
少しずつ感ずる春の風に心を馳せて。


敬具