一松くんはあざとい




曇天雨模様。
昼間だというのに、世界中の雨雲をかき集めて詰め込んだかのように薄暗い部屋には、物憂い空気が立ち込めていた。
無気力に黙り込む一松は興味なさげに窓の外をながめ、冷えたつま先を手で覆い暖めている。
しかし手も足も冷えているものだから、どちらかの熱を奪い合って一向に暖まる気配がない。
息を吹き掛けてみるが、生ぬるい吐息が手のひらを湿らせただけですぐに冷えてしまった。
せっかく春らしく暖かな日々が続いていたと思ったらまた炬燵を必要とするような気温になってしまった。
寒の戻りと言うらしいが、戻らなくて宜しいと一松は鼻を鳴らして腹を立ててみたが、落ち込んでしまっているなまえは同じ部屋にいるというのにこちらを振り向かなかった。

もともと出不精の一松は例え大好きななまえとのデートであってもあまり好まなかった。
一松のその性格を知っていてか、彼女自身あまりアクティブなデートへは誘う事はなかったし、行きたがらなかった。
しかし、桜も見頃なこの時期はさすがに手を繋いで桜並木を歩きたいという可愛らしい願望があったようだ。
お花見といえば人通りも多く本来一松の好む場所では無いデートコースではあったが、渋る彼をなんとか説得し今日という日を勝ち取ったのだ。
その矢先、2日間に渡る雨模様と強い風、自然の力は彼らの予定など御構い無しに花弁を吹き飛ばし、その様子は春なのに吹雪のようだった。
見事に桜の見頃は数日にして終焉を告げ、次その姿を見れるのは来年の春となった。

この出来事に関して言えば一松が悪い訳でも、もちろんなまえに過失があった訳でも無いが二人の間に不穏な空気が漂ったのは言うまでもなかった。
気を取り直そうと、ダメ元で二人で一松の兄弟達に似たてるてる坊主を作ってみたりもしたのだが、キャスティングが悪かったのか雨足は強まるばかりだ。
ニートのてるてる坊主にご利益など無かったらしい。
窓辺では能天気な5つの顔がゆらゆらと揺れていた。
最終手段のてるてる坊主も効力を発揮せず、浮き足立って一緒に食べる弁当の内容まで入念に考えていたなまえはすっかり落ち込んでしまった。
いかにも不機嫌そうに唇を尖らせちゃぶ台に頬をぴったりとくっ付けて、ティッシュペーパーを丸めている。
そして、頼りない柔らかな紙をねじっては、雨雲を吐き出すようにため息を吐いた。
そのため息は天井まで登るとシトシト雨を降らせるのだ。
この部屋がやけに湿った雨雲が立ち込めているのは、ここに雨雲転送装置があるからだと一松は思った。

このままでは世界中の雨雲が松野家に集結してしまうことを杞憂したのと、そろそろ冷えた手を暖めて欲しかったこともあり一松は冷える窓辺からなまえの元に四つん這いで這っていく。
のそのそと彼女の機嫌を伺うように近づいて行けば、大体の場合受け入れてくれる事を一松もそろそろ学んでいた。
一松は彼女がどうやら自分に対し、可愛いという感情を抱いている事を受け入れたようだ。
可愛いと言われても男は嬉しくないと言うが、一松は男としての威厳やプライドをあまり持ち合わせていなかったので、どんな形であれ彼女が自分を好いてくれる事が嬉しかった。
そしてそれを少し利用させてもらうくらいの狡猾さは備わっていた。
こうして一松が不安げに顔を覗き込めば、なまえの可愛いと思う琴線はピンと弾かれる。

しかし、今日は例外でなまえは一松をチラリと見やるも、また手元のティッシュペーパーに視線を落としてクルクルとこね出した。
流石に自分のせいでは無いのにと言う気持ちが勝ったのか、一松はその態度に抗議するよう、彼女カーディガンをたくし上げると冷え切った手を脇腹へあてがった。

「ひゃ!冷たい!」
「君が構ってくれないから冷たくなった」

いつもより語調を強く、やるせない気持ちを訴えかけるとなまえはキョトンとした後、その顔には雪が春の暖かさで溶け出すように柔和な笑顔が広がった。

「ふふ、ごめんね。」

子供のように拗ねていたことに居心地の悪さを感じたのか、なまえは視線を下に向け手をきゅっと握った。
余程楽しみにしていたのか、よく見ればなまえの瞳は若干濡れていた。
彼女はそれらを誤魔化すように子供のようなワザとらしい軽いキスを一松の頬にする。
一松は一気に気温が上がったかのように顔を赤くすると、キスされた頬を撫でる。

「慣れないねぇ」

一松の反応にくすくすとイタズラっぽく笑うなまえに、彼はますます顔を赤くすると顔を隠すように彼女の肩に顔を埋め、ズルいと一言だけ抗議した。
一松はなまえの甘い匂いに、暖かい空気で体の隅から隅まで満ちたような気がしていた。
一松は心臓を滑らかな手のひらで撫でられ、くすぐられる感覚に目を閉じ、もう一度なまえを確かめるように息を吸い込む。
なまえが一松の刈り上げられたうなじを撫ぜると、弱い毒に侵されるような痺れが走る。
生えたての毛が爪に引っかかる感触が彼女は楽しいようであった。

一松はなまえの服に差し込んで少しだけ暖かくなった手で、同じ体温になった肌を確かめるように撫でる。
つまんだり軽く引っ掻いたり、子猫がじゃれつくような一松の手を彼女はぴしゃりと叩く。

「してもいい?」
「いいって言うと思った?」
「僕は女心とか、難しいことはわからないので」

一松はニヒルに笑って見せると、耳たぶの付け根に吸い付くようなキスをした。

「皆は?」
「いないよ。どこにも」
「どこにも…」
「今日はどこにもいない。僕ら二人だけ」

一松の低くてくぐもったそれでも暖かな声が、なまえの鼓膜を震わせ言葉を染み込ませていった。
やけに大きく聞こえる雨音が、極めて近くで聞こえる彼の声以外を遮断しその言葉に真実味を帯びさせる。
熱の籠った熱い唇が首筋を伝い、その熱を吸収したかのようになまえの頭は湯気が漂い、とろりと視線が溶けた。
抵抗も無しにとさりと畳になまえの髪が広がって、覆いかぶさる若干息の上がった一松。
思うがまま好きなようにさせてしまう自分の甘さに苦笑しつつも、ズルいのはどっちだろうかとなまえは目の前の男を見つめた。
可愛いと言いたげに口を動かしキスをして、好きだよと溶けきった表情をして彼女を抱き好きめる。
言葉よりも伝わりやすいその表情を、彼女は目を細めて見つめた。

徐々に熱を帯びる吐息に、触れ合う肌。
時折漏れる嬌声にいよいよ歯止めは効かなくなる。
未だに階段へとつながる襖を気にするなまえの視界を一松は遮ると、何度も唇を重ねた。
一松は窓辺に揺れるてるてる坊主を見やる。

「大丈夫。皆あそこで首を吊ってるから」
「酷い。なんてこというの」

なまえは顔を強張らせたが、一松はそんなこと気にしてはいないようだ。
彼女さえいれば今はどうだってよかった。
今この瞬間、二人を邪魔するようなら普段は大好きな兄弟でさえ大人しく窓辺で首でも吊っていれば良いとすら思える。
雨に流れ出す彼の本音は案外子供っぽく醜くかった。



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