図書館でお勉強
整然と並べられた本に、特徴的な匂いと静けさに満たされた空間、夕日を遮るために下ろされたブラインド、日の落ちかけた校庭。
放課後の図書館で荒北とみょうじは向かい合いの閲覧席に座りテスト勉強に励んでいた。
彼は普段放課後といえば、自転車競技部の部活動で忙しかったが、テスト準備期間は忙しい部活も休みだった。
しかし、テスト準備期間は1週間用意されているが彼が綺麗な教科書を開いたのはテスト3日前、つまり今日のことだ。
流石に危機感を募らせたのだろう。
律儀に一週間前からテストの準備を始めた自分には不釣り合いなほど真面目な彼女に習って、本の借り方すら忘れてしまった図書館に足を運んだ。
図書館に立ち寄る機会なんてほとんど無い彼がこうして、なれない机と椅子に座って、今後手に取ることはないであろう本に囲まれながら、好きでもない勉強しているのにはそうした理由があった。
テスト期間の図書館は、いつもよりがやついている。
勉強をするためにきている生徒もいたが、荒北のように図書館という空間にいることに満足している生徒もいるためだ。
とはいえ、どんな話をしているか分かるほどの声音で会話をしている生徒はいないので、静かだけれど完全には無音ではない図書館ならではの不思議な雰囲気が作られていた。
それがヘタな子守唄よりも眠気を誘うBGMのようだと荒北は思う。
ペンが紙を擦る音に、ページがめくれる音、質問し合うかすれた声に、大きなあくび。
それら全てはやる気を削ぐ音なのではないかと、手につかないテキストを睨みながら責任を図書館に押し付けた。
大概勉強に飽きていた彼は、器用に弧を描いていたペンをテキストの上に投げるように置き、腕に顎を乗せて机に伏せる。
投げ出したペンが転がりプラスチックの軽い音を立てながら、机の下に落ちていったが気にしなかった。
目の前のみょうじの様子を見ると、彼女も少し疲れたのだろう小さなため息をつき、だらける彼に笑いかけた。
彼女は隣の座席に置いてある自分のカバンに手をのばすと中身を探り、銀紙に包まれたチョコレートを2粒とりだし片方を彼に差し出した。
彼は目の前に出されたチョコレートをちらりと見ると、特に何も言うわけでもなく口を開ける。
その行動にくすりとしながら、彼女は包み紙を開き彼の口にぽいと投げ入れた。
彼は口の中でチョコレートがゆっくりと溶けていく感覚を感じながら、目の前の彼女をじっと見る。
綺麗に手入れされた爪に細い指、包み紙を開く動きまでもが彼の目には繊細で危うく映る。
彼のお気にいりでもある形のよい目がこちらを向き、視線が噛み合うと、もういっこ?と彼女の小さく唇が動いた。
その勘違いも、目も口も何もかも可愛らしくて、恥ずかしさもあったが否定の意味として顔を背けた。
彼女はきょとんとしながら首をかしげ、手に持っていたチョコレートを自分の口に入れた。
なんだってこいつはこんなに可愛いのだろうと、テキストに視線を戻した彼女を見ながら思う。
そして、どうして俺なんかと付き合っているんだろうとも。
彼女は見てのとおり真面目だった。
今開いている数学のテキストだって以前やったことがあり2度目なのだろう、筆算のあとや線が引かれた跡があった。
それに比べ、彼のテキストは見事に綺麗なままだったし、繰り返し同じ問題を解くといった選択肢は今後発生する予定はない。
また、彼のひねくれた性格とは違って、彼女は素直だった。
雑多な感情が入り混じり捻り出すのにやっとな「好き」という言葉を彼女はいとも簡単に言ってのける。
常に喧嘩腰な彼とは違い明るくて優しい。
友達だって彼女の方が多い。
だからと言って完璧なわけでもなく、弱い部分が彼の庇護欲だとか独占欲だとかを上手い具合に駆り立てる。
自分が芸術家だったら間違いなく彼女を題材に作品を生み出しているだろうし、名だたる文豪のようにロマンチックな恋文を毎日のように送っているだろうとも思った。
一方で自分は、と思うと彼は気が沈んだ。
情けなくなるほどに。
彼の知り合いのように女子にはもてなかったし、彼の知り合いのように器の大きい男でもなかった、また彼の知り合いのように気が利く性格でもないなんて、考えれば考えるほど勉強どころではなくなってくる。
あまり得意とはしない静かな空間で全く好きではない勉強をしているから気分が沈んでいるのだろう。
目の前でノートにペンを走らせる彼女が自分と付き合う理由すら見失っていた。
かっこいいと彼女は言うがそんなはずはない。
先の尖ったなにかで穴を開けたような黒目が申し訳程度にあるような極端な三白眼をしていたし、きつい印象を与えるほどにつり上がっていた。
堀の深い顔をしているわけでもなければ、形のいい唇があるわけでもない。
子供には泣かれるし、動物には逃げられる。
自分のネガティブな部分が思いつけば思いつくほど、彼の視線は下に下がっていき顔は机に置かれた腕の中へ埋もれていった。
何がかっこいいんだ。
夢でも見ているんじゃないか。
夢を見てるならそれでいいから、その魔法をどうか解かないで欲しいなんて、眠気の渦に巻き込まれつつある綿菓子のような意識の中で、神様や死んだ祖母(生きてたかもしれない)に願掛けした。
完全に顔が見えなくなってしまった彼を見かねてか、みょうじはもっていたペンでこんこんと彼の頭を叩いた。
意識の端をやっとのことで握っていた彼は、ゆるゆると顔を上げぼんやりと焦点の定まらない目で彼女を見上げる。
少し呆れたように笑う顔も可愛いなんて思いながら。
「ちょっと休憩する?」
小さな声が彼に聞こえるように身を乗り出しながら彼女は言った。
急に近づいてきた彼女の顔に動揺しつつ、泡のように不安定な意識の中その言葉の意味をゆっくり理解する。
彼は頷きつつも、この迷惑なくらい愛しい彼女とキスとかセックスがしたいだなんて考えていた。
男子高校生の憂鬱
いくら考えたって煩悩から逃げられない
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