エイプリルフール




 桜も満開の春の盛りとも言うべき朗らかなサイクリング日和。
箱根学園自転車競技部は、サイクリング日和なのをいいことに相も変わらず部活に精を出していた。

 箱根学園の自転車競技部は名門ということもあり、多くの自転車乗りたちがこの部活の門を叩く。
そのため部員数は50人以上を誇り、レギュラーを目指すことは然ることながら、その部員たちをまとめあげるマネージャーも大変な仕事であった。
そんなマネージャーの一人みょうじなまえは、大量の洗濯ものを抱えながら走りまわっていた。
小さな体に似合わず意外とパワフルな彼女は持ち前の柔らかい雰囲気もあり、さながらこっそり家事をしておいてくれる優しい妖精のようだと誰かが言っていた。
様々な雑用をひらりひらりとこなして行く様は、男所帯の部活に舞う鮮やかな蝶のようだとも誰かが言っていた。
時たま見せるおっちょこちょいな部分も可愛い愛しい結婚してくれと誰かが言っていた。
要は、この部活の誰もが彼女を疎ましく思う輩はいないということだ。

 そんな彼女が仕事をしている中、申し訳なさそうにそろりと入ってきた葦木場も彼女に好意を寄せている一人であった。
2mを超える身長の彼がいくら水面を滑るアメンボのようにそろりと入ってきたところで彼女の目には止まる。
手に持っていた大量の洗濯ものを所定の場所に置くと、彼女は前髪を撫で付けながら彼に笑いかけた。
どうやら彼は自分の見た目が目立つ事をちっとも理解していないらしく、何故見つかったのか、と言いたげな顔でみょうじの方を見る。
如何にもびくりという表現が似合う様子で。

「おはよう。葦木場くん」
「う…すみません。遅刻しちゃって。」
「いや、あれは新開くん達が悪いんだから仕方ないよ。」

 彼女は思い出したかのようにクスクス笑う。
どうも4月1日エイプリールフールという日に浮かれた新開、荒北、東堂の3人が何かをやらかしたらしい。
後輩に向けて今日の部活は休みになったというような内容を一斉送信したそうだ。
勘のいい黒田はいたずらに違いないと踏んだようだったが、エイプリールフールであろうともそんな重大な嘘をつくかといった憶測も呼び、後輩は大混乱。
裏の裏をかくような心理戦がそこかしこで持ち上がり、先輩に対する信頼というまどろっこしいところまで話はこじれた。
結局のところ、休みというのは嘘で黒田の読みはズバリ的中だった。
気の利く泉田が福富に確認し、3人の謀略がバレ彼らは朝から大目玉を食らったらしい。
そして、その被害者でもある葦木場はそのメールにまんまとひっかかり、春の気持ちいい朝を二度寝という素晴らしい形で迎えていた。
そこに、葦木場がこないと気づいた黒田からの電話で叩き起こされ、そして遅刻といった具合である。
彼に非はないのは誰から見ても一目瞭然であった。
実際今日遅れてきた後輩は何人もいた。
そして遅れた部員がくる度に、新開達が怒られるという図式が現在すでに出来上がっていた。

「福富さん怒ってましたァ?」
「怒ってないよ。大丈夫。」
「そっかよか…ハッ!!そ、それも嘘ですか!?」

 
 大きな体に似つかわしくないほど彼はビクビクとしながら彼女の顔を覗き込んだ。
どうやら、今朝の一件から今日と言う日に並々ならぬ不信感を抱いてしまっているようだ。
エイプリールフール、誰彼構わずみんな寄ってたかって自分を陥れようとしている日とでも思っているかのように。
みょうじはそんな彼の疑心暗鬼になってしまっている様子をみて苦笑した。

「大丈夫、嘘じゃないよ。」
「ホントですか?」

 彼はまだ信じないのか覗き込んでいた顔をぐいっと近づけてきた。
目の奥に正解が潜んでいて、その影をどうにか見つけ出しているように。
彼女と彼の顔の距離はほとんど鼻がついてしまいそうな至近距離だ。
当の本人は目の奥をじっと見るのに夢中なようで顔の近さを気にしていないようだが、彼女は気まずいらしく距離をとりたいような素振りを見せていた。
それがどうやら嘘を隠そうと逃げる容疑者のようで、彼は犯人を捕まえるように彼女の手首を掴む。
ふざけている訳ではなく、真剣そのものといったような顔で。
そんな風に顔を付き合わせることになるなんて考えていなかった彼女は、だんだんと顔が熱くなってくるのを感じていた。
一刻もはやく顔を隠したいのだが、顔を隠す手は彼によって封じられてしまった。

「わかった?」
「はい、なんとなく。でもちょっとまだわかりません。」
「えー」
「じゃぁ質問するので、それに正直に答えてください。それで判断するので。」
「なんだかややこしいことになったなぁ」
「今日の朝食はなんでした?」
「オムレツとサラダ…あとクロワッサン?」

 何故だか急に始まってしまった至近距離尋問タイムに彼女は困惑するが、疑心暗鬼に陥ってしまった彼を救うのもマネージャーの仕事とばかりに彼の質問に正直に答えた。
腹を据えて目線はそらさず、彼の目の奥に見える感情のゆらめきを探すように。
そうでもしないと、恥ずかしさに目をそらしてしまいそうになるのだ。
目をそらすと彼の顔が訝しげに歪むので、この尋問を長引かせる要因になりかねないと思ったのだった。

「最後の質問です。」
「よしどんとこい!」
「オレの事好きですか?」
「え…ええ?」
「オレの事好きですか?」
「ちょ、ちょっと待って。なんで?」
「知りたいからです。先輩がオレのこと好きかどうか。」

 彼の目を見るように努めていたみょうじだったが、心臓の音はうるさいし、自分でも顔が赤いだろうなとわかるくらい熱くなっていたので、雑多な感情をごまかすように瞳は忙しなく動いていた。
しかし目線の逃げ場がないほど至近距離にある葦木場の顔。
考えれば考えるほどに、溶けたホットケーキミックスのようにぐちゃぐちゃになる彼女の頭の中。
酷く脈打つ心臓もそのまま柔らかく液状になっていってしまうのではないかと彼女は思った。

「オレは、みょうじ先輩のこと大好きです。」

 彼の見たことも無いような真っ赤な顔に、真剣な声色。
嘘か本当かという以前に彼女は、夢か現かの判断すら危うくなっていた。
















嘘でもいいから好きって言って!
でも先輩が嘘なんてつかないって最初から知ってた



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