耳障り




 巻島はみょうじの声をいつも捕らえていた。

というのも、彼女の声は夏であろうと冬であろうと、晴れていようが雨であろうがよく通る声をしていたからだ。夏のぐわんと響く蝉の合唱を裂くように、雨音の間を縫うように彼女のスキッとした声はよく響いた。

彼女が友達と話している内容こそは把握出来なかったものの、隣の教室で話していることすら分かるほどだった。楽しげにかつ、何も留保することはないと言うような笑い声は特によく響く。

そしてそんな声が聞こえる度に巻島は何がそんなに楽しいのだと、退屈そうにため息をつくのだった。

 彼は、彼女の声を女子にありがちな姦しい声だと思っていた。なにせ、一人で雑誌を読んでいるときはもちろん、金城や田所と話していても彼女の声は耳に入ってくるのだ。ヘッドホンで完全に外の音を遮断しない限り、特徴的な声は消えない。何を言っているかわからない程度に声が入ってきて、千切れた声の断片を彼の鼓膜に浸透させて行く。

そして風邪の日の息苦しさのような鈍痛を、喉と腹の間の微妙な部分に残した。まるで乳棒とすり鉢で曖昧に心臓をこねくり回されるような感覚は快感とは言えないものだったので、彼は彼女の声を疎ましく思っており聞くに耐えないものだと評価していた。

 そんな声が今日聞こえて来ないことに気がついたのは、昼休みもあと10分となった頃だった。

昼休みと言えば間違いなく彼女の声は聞こえてきたし、彼もその声に数回ため息をつくのが恒例となっていた。しかし巻島は今日の今までむやみにため息をつくことは無かったし、心臓をすり鉢に放り込まれるようなことは無かった。不思議に思い雑誌に目線を落としていた顔を上げると同時に、彼の肩を誰かが叩いた。

「これ、先生が巻島くんにって。」

 聞き慣れない声に振り向くと、ホチキス止めしてあるプリントを何部か持ったみょうじがいた。おそらくそのプリントは彼が部活の合宿で公休した時の補習用プリントなのだろう。

慈悲を感じさせない迫力あるプリントの量に顔をしかめたが、それよりも彼は彼女の声の方が気になった。見た目は普段と変わらない様子だったが彼女の声は強風に煽られひしゃげた傘のように、がらついて音程が安定していなかった。スキッとしたよく通る声の面影はそこには無い。また声量も幾分か抑え気味である。

「…声、どうしたんショ?」

 彼は彼女からプリントを受け取りながら、教師のお使いを引き受けてくれたことにお礼をいうわけでもなくただ、そう聞いた。濁った水を肺いっぱいに飲み込んだような、いつもとは種類の違う息苦しさが喉までこみ上げてきて彼はうまく声が出せなかった。

「風邪、ひいちゃって。」

 最近急に寒くなったから、と彼女はこれまた落ち着かないカラカラとした声でいうと、無理やり喉から息を吐くように弱々しく笑った。当然いつもの聞き慣れた笑い声ではなかった。

「でもこれくらい静かな方がいいかもね。私声でかいから。」

 おそらくは普段だったらよく響く声で笑うのだろう。けれどにんまりと笑った口から漏れたのは頼りない真冬のすきま風みたいな声だった。

「このクラス静かになっちまうな?」
「え、そんなに!?」

 笑えていない笑い声で小さく息を吐きながら彼女は頑張ってね、と巻島の手に持っているプリントを指差し自分の席に戻っていった。

しゃがれた声にひやりとする心臓は普段の声を思い出せば妙な伸縮を始める。

もしかして、これって、あの声がオレは…とほとんど答えの出ている仮説を途中で放棄すると、彼は本日最初の盛大な溜息をつく。そしてカバンの中に入っている音楽プレイヤーを取り出し、ヘッドホンで耳を塞いだ。

どちらの声も思い出さないように。













耳障り
ひっかき回されてホント迷惑



- 14 -


*前次#



★ YELL ★

ALICE+