クソ真面目




  燃え尽きる前の火のような淡いオレンジ色を、窓は熱心に光を取り込み教室という大きな箱に閉じ込めようとしているようだ。夕日を集めた教室には定規で丁寧に線を引き、黒を流し込んだ影が幾何学な模様をくっきりと浮かび上がらせている。放課後の教室にはこのあと予定がないであろう生徒が数人残っていた。向かい合って座り楽しそうにおしゃべりをする生徒もいれば、ノートにペンを走られている生徒もいる。お昼休みほどではないが柔らかいざわめきの中、みょうじは何度目かも分からないほどプリントの枚数を確認しているところだった。彼女は所定の枚数に一枚足りないことを認めると、一番後ろの窓際に座る荒北をチラリと盗み見てため息をついた。

だらしなく机に足を乗せ、何がそんなに気に食わないのか眉間にシワを寄せながら携帯をいじっている彼はクラスの問題児だ。あからさまに他人を威嚇するような髪型に、常にしかめられている顔。正直彼女は彼が苦手だった。無論この教室に彼の扱いを得意とする人物は教師を含めてもいなかった訳だが、それでも特に苦手としていた。教師には盾をつくし、大きな声を張り上げ、大きな音を出す。高校に来たくらいだから根っからの不良と言うわけでもないのだろう。そんな彼を変えてしまうような過去があったことを彼女は知る由も無かったが、理由はどうであれ好きか嫌いかで言えば嫌いだった。みょうじは自他共に認めるくらいには真面目な生徒だ。だからこそこうして、学級委員長として今日の放課後までに提出すべき数学の宿題を集めるという仕事を仰せつかっている。不真面目な生徒は一概に好きではなかったし、特に彼のように誰彼構わずあたり散らすような輩は彼女の美学に反していた。

けれど、美学に反そうがなんだろうが彼が怖いことには変わりなかった。恐らくは彼にとってみても、彼女のような真面目な奴は好きではない対象なのだろうという自覚だってあったのだ。自他共に認める真面目であっても、正義感がそれなりにあったとしても、彼に説教を説くような勇気も図太い神経も持ち合わせていない。さらに言えば彼女は極度のお人好しであった。だからこうして実のところやりたくもなかった学級委員長という仕事を、あたかも気前よく引き受ける形になってしまっている訳である。

そして今に至る。宿題のプリント集めてくるように言われたが、明らかに提出していないのは荒北だった。名前も確認した。念のため名前順にも並べてみた。荒北くんが提出していないと教師にも言った。けれどやってなくてもいいから回収して来いと教師に無謀な事をいわれ、泣く泣く夕日の満ちる教室に帰ってきたのだ。荒北が帰ってしまっていればどんなにいいことかと思いながら。けれど現実は無情だった。今日に限って彼は特になにもするわけでもなく、教室で暇を潰していた。彼女は意を決して椅子から立ち上がると、教室の一番後ろの席まで歩いて行く。なにもやってなくてもいいから回収するだけだ、大丈夫怖くないと自分に言い聞かせて。

「ね、ねぇ荒北くん。」
「ハァ!?んだヨ。」
「今日の数学のプリント…。」
「っんなもんやってねェヨ!」
「でも、やってなくても集めて、あの、職員室持っていかなきゃいけなくて…。」

今にも泣きそうなのに、なんで私がこんな役回りをやらなきゃいけないのかと言いたげな顔をしているのに、持ち前の真面目さからか一行に引き下がろうとしないみょうじを見て荒北は舌打ちをした。びくりとする彼女に苛立ちを覚えながらも、彼は机の中からぐしゃぐしゃになった数学のプリントを取り出す。そして適当にしわを伸ばすと殴り書くように名前の欄だけ埋め、彼女にプリントを差し出した。そのぐしゃぐしゃのプリントは荒北の心情のようだと、彼の一連の動作を見て無責任に彼女はそう思っていた。

「このクソ真面目チャンがうぜぇんだヨ。」
「あ、ありがとう…!…本当になにもやってないんだね!」
「るっせ!用が済んだらさっさと行きやがれ!!」
「ご、ごめん!でもありがとう!ありがとうね!」

そう言うとプリントの束を持って彼女は小走りで教室を出て行く。そんな彼女を横目で見送ると、彼は不服そうに鼻を鳴らした。

「…ありがとう言い過ぎなんだヨ。大売出しかヨ。」

彼はありがたいことなんて何一つしてないと、彼女の的外れな言葉に顔を歪ませた。彼はなぜかふらふらと落ち着かない心持ちのまま、ほとんど何も入っていない学生鞄を肩にかけ帰り支度をする。わざと音をたて席を立つと、教室に残る数人からの目線を感じた。それがまた癪に障り彼は大股で廊下を目指し、教室の扉を乱暴に開いた。そして帰ろうと昇降口を目指せば、嫌でも目に入る階段でプリントをぶちまけているみょうじ。落ち着かない鼓動はなおも揺れ動き、原因不明の倦怠感は彼をイライラさせた。彼は彼女を見ながら舌打ちすると、プリントは見えていないかのように踏もうが蹴ろうが気にせず歩いて行く。まさかプリントを踏み散らかす生徒がいるとは思っていなかった彼女は、驚きながら上を振りき、彼と目が合うと気まずそうに笑いかけてきた。荒北はその弱々しそうな表情に彼の心臓が打ち震え、体が熱くなるのを感じた。

「邪魔なんだヨ!バァカ!!」

取り巻く倦怠感を払いのけるように大声を出すと、みょうじは慌ててプリントを拾い出した。










うすのろドシこのクソ真面目
こっち見んな笑うなバァカ!バァカ!バァカ!



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