例年を上回る、猛暑




どの季節にもまして空気が鮮やかになるこの季節。目がおかしくなったと思うほどに世界の彩度は高く、黒々とした影はまるで、黒いマジックでいたずらに塗りつぶしたようだ。


そんな殺人的な日差しの下、みょうじは自転車を懸命に押して坂道を登っていた。両手が塞がっているため額の汗を拭うこともできず、ハンドルを握る手も汗で滑る有様だ。毎年のように例年を上回る猛暑は今年も例外はなく、その牙を彼女に剥いていた。耳をすませばジュウジュウと自分の肌が焼けていく音が聞こえるのではないかと、半ば朦朧とした意識の中、みょうじは思うのだった。

「おっせーヨ!」

下を向きかけていたみょうじは顔を上げ坂の上を見やった。坂の頂上、ビビッドな空色によく似合うエメラルドブルーの車体が蜃気楼に揺らめいている。その隣にはやけに不機嫌そうな荒北が立っていた。刺すような日差しが彼をイラつかせているのかもしれないが、恐らくは通常通りだ。長い前髪の影が濃く荒北の顔に落ちているため、元々人相が良いとは言えない彼の顔面は凄みを増していた。

とは言えども、みょうじに言わせてみれば機嫌がいいと捉えていいらしい。なんせ自分はみょうじの自転車の前かごに荷物をいれて身軽だ。重たい車体のママチャリを懸命に押している彼女をみるのは実に愉快なのかもしれない。そんな荒北の内情を感じ取ったのか、みょうじは顔をゆがめて見せた。登るのを一旦やめると、自転車のスタンドを軽く蹴りその場で立ち止る。

「人に荷物をもたせておいて!!」

今日は期末試験2日目なので普段部活で忙しい荒北も、部活は休みだ。そして気の合う友達である2人は、下校時刻がかぶったときはそうであるように、自然な流れで一緒に帰ることになった。一瞬遊びに行くことも考えた荒北とみょうじだったが、受験生ということもあり気が引けたのだろう、近くの図書館で明日の試験に控えることにしたのだ。学校の図書館で勉強しようとしないところが彼ららしいところだろう。

学校を出発する際、駐輪場で荒北は自転車にカゴがないから、とみょうじに荷物ををあずけた。
彼女もそれを快く引き受けたが、その依頼は予想以上に任務の遂行は困難なようだ。ただでさえ目が痛くなるような太陽光がみょうじの体力を着々と奪ったし、彼女の神経を逆撫でるように荒北のロードバイクは嘘のように坂を駆け上った。後に続こうとしたが、ペダルは逆向きの力が働いているのかと思うほど重く、自転車からおりずに登るのは断念せざるを得なかった。回り道を一度提案したものの、ヤダヨ面倒くせェと横暴な態度で提案は却下されたのだった。

「じゃあ、置いて行きます!」
「ハァ?」
「荒北の荷物はここに置いていきます!」

みょうじは勉強道具の詰まったやたら重い荒北のバッグを、前かごから出そうと手をかける。高みの見物をしていた荒北も流石にそれは困るのか、ふざけんなヨ!と悪態をつきながら自転車を電柱に立てかけ、坂を小走りで下ってくる。みょうじはふざけているのはどっちだ、と非難めいた視線を荒北に送るが、彼は彼女の自転車を問答無用でひったくった。そして荒北は、ぽいっと白いボトルをみょうじに渡すと、自転車に跨り彼女を振り返る。

「それでも飲んで待ってろ」
「え、あ!」

でも、それ本当に重いよとみょうじが声をかけようとするが、荒北がぐっとペダルに力を入れると彼女の脚力ではびくともしなかった自転車が前に進んだ。

前のめりの立ち漕ぎで、グイグイと進む自転車を見てみょうじはぽかんと口を開く。勿論、彼が自転車部で優秀な成績を残していることは知っている。しかし、そもそも自転車の性能自体が自分の乗っているものとは違うことも知っていたみょうじは、彼が男子であることを失念していた。
普段気にはしていなかったが、意外に広い背中に細くはあるが逞しい腕を、今まで一緒にいることも多かったのに気付かなかったのだ。

みょうじは外的要因ではなく、体の内側から熱くなるのを感じて手渡されたボトルをぎゅっと握る。目の前がチカチカするのは熱さのせいか。湯気立つように揺らめく頂上へ向かう彼の背中に、彼女の心臓は踊るように跳ねた。


「荒北ー!これ、どうやって飲むのー!?(間接チューだ!)」
「バァカ!(間接チューだ!)」



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