バレンタイン企画御堂筋
今日はバレンタイン前日。
浮き足立った愚かな男子を除いては、今年始まって初めての大きなイベントとも言えるあすに向けて漫然たる一日を過ごしてはいけまいと、布石を打つ日でもある。
例え、もらえるチョコレートが義理であったとしても、チョコレートが欲しいから下さいと恥を忍んで堂々と公言する者あれば、そこはかとなく意中の女子にアプローチする者もいた。
しかし、そんな風に行動に移すことができる彼らは、必死にならずともチョコレートを獲得できたりするのだから世の中世知辛い。
一番救いようがないのが、チョコレートが欲しいという気持ちを一丁前にもちながらも、なけなしのプライドを発揮する場所を間違えてしまった男子たちだ。
彼らは足を引っ張り合ったり、チョコレートなんていらないといじけたり、ないし同士となりそうな犠牲者を見つけては同じ沼に引きずり込もうとする連中である。
チョコレートなんて母親から貰えればいい。
それが彼らの合言葉だった。
そして、そんな連中が今ひとりふたりと、練習を終えて部室に戻ってきた。
見事に鍛え抜かれた肉体は運動部のそれであったし、むしろ下手に運動部に入っている高校生以上にストイックな体つきをしている。
しかし、丁度同じ時間に練習を終えたサッカー部の爽やかかつ青春一色の雰囲気とは違い、隠々滅々とした負のオーラを全身にまとっての登場だ。
なぜこんなにも陰鬱立ち込める雰囲気なのか。
部活動が予想以上に辛かったとか、部員同士で仲違いしたとか、身内に不幸があったとか、うさぎを轢いてしまったとかそういうことではないらしかった。
男子高校生を取り巻く恋愛と性による諸問題、モテ非モテが明らかとなり学校カーストのどのランクに位置するのか、成績表を張り出されるがごとく目に見える形で現実を突きつけられる明日に希望が持てないからである。
まぁ、要は、バレンタインにチョコレートをもらえる見込みがないということだ。
だからと言って、部活が始まった時からこの空気が流れていたわけではなかった。
部員それぞれ見込みがないことは、今日一日を通して消化済みだったし、部活動の時間になるまで明日の自分への絶望もどこかに捨ててきたはずだった。
しかし、イマイチ空気の読めない歯列矯正器具の愛らしい彼が「明日はバレンタインやね」と一言放った時からこの空気は始まった。
それだけならよかった。
この時は外周を走りながら、もらえる見込みないわー。だとか、チョコレートなん欲しいん?キモ。だとか、ネガティブながらに会話が弾んだものだった。
しかし、イマイチ影の薄い山口が「でも石垣さんたくさんもらってそうですね」という存在感たっぷりの爆弾を投下したものだから、モテない彼らは今は亡き(部活を卒業した)京都伏見高校自転車競技部、唯一のモテ要員だった石垣に敗戦を余儀なくされたのだ。
そこからこの鬱々とした空気が立ち込めるようになった。
「こんな製菓業界の思惑にひっかかる日本人があほやねん。」
「せやな、せやな、御堂筋くんの言うとおりやわ。」
「普段食べもしないチョコレートを今更欲しがって滑稽やね。」
ガシガシと頭をタオルで拭きながら、日本の製菓業界やそれに振り回される哀れな消費者たちへの憤りをブツクサと話す部員達を微笑ましく思いつつみょうじは後片付けに励んでいた。
彼女からみたら、彼らの精一杯の強がりが可愛くて仕方がなかった。
少なくとも私から貰えるの忘れとるで、なんて思いながら部員たちの虚栄合戦に耳を傾けた。
「そんなこと言いながら、ホンマは水田くんも、山口くんもチョコレート欲しいんと違うん?」
「そ、そんなことないわ!チョコなん好きやないし!な、山口!」
「せ、せやなノブの言うとおりやわ、チョコ好きないしな!」
「あ、そーなん?せやったら私からのチョコレートもいらんね?水田くん山口くん。」
すっかりマネージャーからのチョコレートという見込みを忘れていた彼らはその言葉に青ざめた。
なにか取り繕うにも、プライドと御堂筋の圧力が邪魔して言い訳をすることもできず、「べ、別にいらんもん」と強がりを重ねるばかりだ。
そんな彼らに苦笑しながら、みょうじは愉快そうに笑っている御堂筋に矛先を向けた。
「ほんで、御堂筋くんもいらんのね?」
「何ゆうてはるん。僕はチョコレート大好物やで。」
「「えぇ!!!??」」
パカーっと歯並びの良い大きな口を開けながら、してやったりというような顔で答える御堂筋に、水田と山口はまるで妖怪をみるような視線を浴びせた。
御堂筋は裏切り者という汚名を物ともせずに、ひとりチョコレートを勝ち取ったのだった。
チョコレート戦争
量産型のチョコレートなんて嫌やわ
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