時刻は二十時半すぎ。街路樹に巻き付く煌めきは仕事着に身を包んだ私たちも含め、道行く人々を平等に照らしている。
「何が楽しくてクリスマスイブに仕事しなきゃならないんですか……しかもこんな時間まで……」
「お得意様からの呼び出しだからな、さすがに断れねェよ」
「でも!こんな時間までかかるなんて……ホント最悪です……。お陰様でどこ見ても光ってるし空気は浮かれてるしカップルばっかだし」
せっかくの土曜日。更にはクリスマスイブという今日、朝イチから会社に呼び出された私の不満は止まることを知らない。「コレなんて電気代の無駄です!」なんて口を尖らせイルミネーションをじぃっと見る私とは反対に、隣を歩く男はこちらを見てニコニコしている。
「まぁ、そう言うなって。なんか予定でもあったのか?」
「……どうせ予定なんてなかったですよ。そういうホンゴウさんはどうなんですか?」
「あったら今頃こんなとこいねェって。お前んとこの支店で機材扱えるやつが誰も行けないっつーから駆り出されたンだよ」
だからお前のために来てやったの。そう答える彼は頼りになる先輩だ。入社したての本社研修期間に面倒を見てくれたのがホンゴウさんで、私が支店勤務になったあとも何かと気にかけてくれる頼もしくてかっこいい先輩。
「なるほど。イブだし土曜日だし、本社の人が来るほどじゃないのに何でだろうって、相当な仕事好きなのかと思ってました」
「ンなわけねェだろ」
真面目で仕事熱心な彼なら有り得るかも。そんな考えはたったの一言で片付けられてしまった。コツンと小突かれたおでこは、力加減されたのか痛くなかった。
「……なァ、腹すかねェ?」
「空きました〜、ほんと早く帰りたいです」
「帰るのもいいけど折角だから食べてこうぜ。お互い一人で過ごすよりそっちのが楽しいだろ?」
「……いいんですか?」
仕事終わりとは言え、クリスマスイブに二人きりでご飯を食べるこということで。相手は先輩、恋愛感情はなくとも、かっこいいと思っている相手に少しは意識をしてしまう気持ち半分。ホンゴウさんも一人ってことは彼女いないんだ、という気持ち半分。曖昧な返事を肯定と捉えたのか「行きたいとこあンだよ」と、動揺する私を余所に軽い足取りで明確な何処かへと足を進めた。
「どうせならクリスマス気分楽しまねェか?」
指さす方には大きなクリスマスツリーと露店で賑わう広場。入口にはクリスマスマーケットと書かれた写真映えしそうなボードが飾られている。
「わぁ、こんなとこでイベントやってるんですか!よく知ってましたね」
「あー、まぁ、ちょっとな」
何とも歯切れの悪いそれは、ザ・クリスマスの光景に気分が上がった私には届いていなかった。さっきまで街の雰囲気にケチつけていたとは思えない程、浮かれ気分だ。現金なヤツだなんて言われても今なら否定はしない。
「美味しそうなもの沢山あります!早く行きましょう!」
あっちへふらふら、こっちにふらふら。入り口で受け取ったマップと睨めっこしながらホンゴウさんのアテンドで目星のお店へ向かって。悩んだ結果、ホットワインにソーセージ、リゾットとビーフシチューをそれぞれの両手に。足りない分はまた買うことに決め、人混みの中何とか見つけたテーブル席へと運んでいく。
「お仕事お疲れ様でした」
「おう、お疲れさん」
喉を通る暖かいワインの感覚で、はしゃいでいた気持ちが幾分か落ち着いていく。案外大きな規模なんだなぁ、なんてぼんやりと辺りを眺めていれば隣に座っていた女の子たちと入れ替わりにカップルがやってきた。ふと反対側の席を見ればそっちもカップル。
目の前の男は「これも美味ェぞ」なんて言いながら一本ずつ味の違うソーセージを一口大に切り、フォークに指したそれを私の口元へと運んでくる。与えられたものを拒否する選択肢のない私は遠慮なくパクリと食べるけれど。前から思ってたけどちょいちょい距離感近くないか。お互い仕事着とは言え、これじゃあ、まるで。
「なんか、こうしてるとデートみたいですね」
「あー、確かにな……。まァおれはそのつもりだけど……」
「え、なにそれ、そういう事言うから人タラシって噂されるんですよ」
「人タラシってひでェな。別に誰にでもいい顔してるわけじゃねェんだし、今日くらいデート気分味合わせろよ」
「な、にそれ……。あ、もしかして先輩、私の事好きなんですか?」
「まァな。お前と出勤って聞いて、駆け込みでも大丈夫な雰囲気あって飯食えるとこ、慌てて探すくらいには好きだぞ?」
冗談半分で言った言葉が悉く切り返されていく。いつもの調子なら出てくるはずの軽口はもう引き出しには残っていない。何それ、今までそんな素振り全くなかったのに。
「……本当は今日、お前だけで行かせてもよかったんだよ」
「え、じゃあ何で来てくれたんですか?」
「お前のためって言ったろ?仕事に呼び出されたの最悪だったかもしれねェけど、おれは嬉しかったぜ」
今こうして一緒に居られるわけだし、とテーブルの上に無造作に置いていた手を握ってくる男を私は知らない。この気温で冷えきったウッドテーブルに体温を奪われたはずの手が熱を帯びていく。さっきは渋々出勤してきたようなことを言っていたけれど、実は強制出勤じゃなかっただなんて。私のためって事は要するに相手が私だから来てくれたと言うことで。私に会いに来たと言うことで。
「ちなみに明日の予定は?」
「え、いや、何も無いですけど……」
「じゃあどっか出掛けるか」
聞いているようで肯定しか受け付けないそれ。がくん、と処理能力が乏しくなった頭が限界を迎えそうだ。「ンだよ、嫌か?おれはまたデートしたいんだけど」とこっちの気を知ってか知らずか畳み掛けてくるこの男はタチが悪い。そして、何よりこの状況に満更でもない私の心はもっとタチが悪い。
寒さだけでは言い訳ができないくらいに顔は赤くなっているだろう。照れ隠しのように、残り一口のビーフシチューをホンゴウさんの口へと押し込む。驚きと物理的に声を出せない状況をいいことに「……嫌じゃないです」と振り絞るような声を放った。その言葉ひとつで、冷めきったはずのビーフシチューを今日食べたどんなものよりも美味しそうに、だらしのない顔をして飲み込むこの人に捕らえられたが最後。後のことはどうせタラシこまれて振り回されるでろう明日の自分に全てを押し付けるとして。今はただ、降り始めた雪を溶かしそうな甘い空気に溺れさせてくれないだろうか。