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太陽が完全に昇り、一体が明るくなってきた。山に囲まれたこの自然豊かな場所であればいくらでもいる烏に標的を定め、無想の訓練をしていたわけだが。ふと、集中が切れると頬を伝う汗がうっとおしく感じた。

良守が昔鍛錬目的で烏相手に結界術使ってたときは何してるんだと思ったけど、ちょこまか動くし、飛ぶしで結構いい訓練になる。まぁ、烏にとっちゃいい迷惑だろうけど。

今何時だろうかとケータイを取り出し、時間を確認する。5時丁度。起きてから一時間くらい経ってるのか。そりゃあ空も明るくなるよね。

ぐーっ、と凝り固まった体をほぐす様に伸びをする。そういえば、起床時間って何時だったっけ?冊子の内容を思い出そうと思考を巡らせると、突然浮遊感。

「うえ!?」

気づいたときには体が落下していた。急速に落ちていく視線に焦りながらも地面に向かって結界を形成する。

「結!」

ぼよんっ、と結界をバネに跳ね上がり体制を崩しながらもどうにか地面に足をつける。急なことにバクバクと心臓が早鐘を打つ。え、一体何事。

「夜守」

背後からかかる低音ボイスにビクリと肩が震える。恐る恐る振り返ればいつもと同じ淡々とした相澤先生が仁王立ちしていた。先生の個性ですか、理解した。

「…おはよう、ございます」
「お早う」

これ、怒られるパターン?勝手に部屋から出るなって感じかな。何も言葉を発しない相澤先生の挙動を見逃すまいとドキドキしながら見つめていると、ため息一つ吐き出された。

「集合は5時半だ。さっさと着替えてこい」
「え、あ、はあ…」

まさかの言葉に思いっきり間抜けな声が漏れた。いや、だってなんもお咎めなしとか予想外じゃん。そんな俺の視線を感じたのか、再度相澤先生と目が合う。

「朝から自主練に励むことに関しては特に咎めはしない。…日中に弱音吐くんじゃねえぞ」

ポツリとその言葉を残し、マタタビ莊の中へと消えていった相澤先生。あー、やっぱ夜中に抜けてたの気づかれてたんだね。まー、プロだしね。でもお咎めなしでラッキー。

「さっさと着替えてこよ」

それこそ遅れたら鉄槌が下る。流れる汗を拭いながらマタタビ莊の扉を押し開けた。


……………………




汗だくのまま体操服に袖を通す気にもなれず、シャワーを浴びて慌ててマタタビ莊の玄関口に駆け寄る。髪の毛が乾いてないのはご愛嬌。そのうち乾くよ、うん。

「お早う諸君」

大半のみんながあくびを噛み殺していたり寝癖だらけだったりと起き抜け満載感の中、相澤先生のいつもと変わらぬ声が届く。

「本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は全員の強化及び、それによる”仮免”の取得」

仮免ってヒーローになるために必要な免許のことだろうか。運転免許みたいに仮免なんてあるんだね。それ取るには試験もあるんだろうな、うん。

「具体的になりつつある敵意に立ち向かうための準備だ。心して臨むように。…というわけで爆豪、こいつを投げてみろ」

ポンッ、と投げ渡されたのは体力テスト時に使用したソフトボール。度肝抜く記録叩き出してたよね確か。705.2m、という前回の結果が相澤先生から告げられる中、にやりと極悪な笑みを浮かべた爆豪はブンブン肩を慣らしながら森へ向かって足を向けた。

後ろからは囃し立てる声が上がる。確かにたかが三ヶ月、されど三ヶ月。基礎値のもともと高い爆豪がどれだけ成長しているのか、みんなも気になるようだ。1キロ行くんじゃね、て声が聞こえるけど行きそうで怖い。何爆風で一キロ飛ぶとか。

「んじゃ、よっこら…」

ぐっ、と力を込め右腕を引き、左足を高く上げ体のバネも使いソフトボールを思いっきり、

「ーーーくたばれ!!!」

投げる。裏切らない掛け声おつかれ、爆豪。なに、暴言吐くほうが力はいるのか?なんて思うほどにいつも暴言吐いてるよね。

爆風とともに放られたボールはあっという間に朝焼けの空に消えていった。相澤先生のみ、手元にある計測器に視線を落とし、行く末を見守っている。数秒たたないうちに小さな電子音が相澤先生から発せられる。その計測器ごと俺たちに向けられる。それに示されている数値は俺達が思っていたものとは全く異なっていた。

“709.6m”

「ほぼ変わってない?」

つまり、基礎能力は変わりがなかった、と?

「約三ヶ月間、様々な経験を経て、確かに君らは成長している。だがそれはあくまでも精神面や技術面。あとは多少の体力的な成長がメインで、個性そのものは今見た通りでそこまで成長していない、だからーー、今日から君らの個性を伸ばす」

俺達の目の前に再度仁王立ちし、ニヤリと笑みを浮かべた。

「死ぬほどキツイがくれぐれも…死なないようにーーー…」

ざわりと、空気が揺れる。
くるりと背を向けた相澤先生は一言ついてこい、とだけいい歩いていってしまう。不安に思うみんなはヒソヒソと話をしながらその背を追った。

「かなめ、朝どこいってたんだよ」

探したんだぜー、と一つあくびをする鋭児郎はまだ眠そうだ。あれだけ熟睡してたのにねえ。

「朝の鍛錬」
「鍛錬…合宿来てまでしなくていいじゃん」

真面目、なんて声が聞こえるけど別にするつもりはなかったんだよ?ただ誰かさんの足で起こされて寝れなくなったからであって。じとりと、鋭児郎を睨んでもクエスチョンマークが見えたから何も言うまい。鋭児郎の寝相が悪いのは今に始まったことじゃないし。今度カメラでも設置しといてやろうか。

「さて諸君」

マタタビ莊から幾分が歩いたところで、ひらけた場所に出た。目の前に広がるのは土や岩といった茶色の色。緑一面で覆われていた森とは正反対だ。

「ここで個性を伸ばす特訓を行う。その名も、限界突破。各々の個性に合わせた特訓をここで行っていく」
「え、先生一人で見るのか?」
「だからあちきらの出番!!」

張りのある、高い声にそちらへ体を向けると随分とキャラの濃そうな四人が佇んでいた。いや、二人は昨日見たけれども。

「煌めく眼でロックオン!!」
「猫の手手助けやって来る!!」
「どこからともなくやって来る…」
「キュートにキャットにスティンガー!!」
「「「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!!」」」」

あ、あれって四人で一つのポーズだったんですね。昨日の二人に加え、更に二人加わり随分と濃くなった。うん、いろんな意味で。てか、一人スカート履いてらっしゃるけど性別違いそうな人いるけど…気にしないでおこう、うん。

「あちきの個性、”サーチ”!この目で見た人の情報100人まで丸わかり!居場所も弱点も!ラグドールだよ!」
「私はピクシーボブ。”土流”で各々の鍛錬に見合う場を形成!」
「そして私の”テレパス”で一度に複数の人間へアドバイス。マンダレイって呼んでちょうだい」
「そこを我が殴る蹴るの暴行よ…!」
「虎だよ!」

殴る蹴るの暴行て認めてて大丈夫なのか。

「この四人を含め6人でお前たちの個性を伸ばしていく」

スルーてことはオーケーなんですね、はい。それぞれ相澤先生から課題を突きつけられていく中、出席番号の関係上一番最後に残った俺。

なんかみんなのつきつけられる課題とか特訓内容聞いてると嫌になるんだけど。ホントに限界突破という何ふさわしい内容だよね、うん。

どんな内容が突きつけられるのだろうかとドキドキと心臓が早鐘を打つ中、相澤先生が俺の名前を呼んだ。

「夜守、お前は予め結界を複数個形成し、それを長時間維持。数分ごとに一つずつ結界を増やしていけ」
「え」

なんか思ってたのより楽そうなんだけど。あ、でも数分ごとに一つずつ増やしていくとなると、…いや、楽じゃないか。

「んでもって、俺たち教師陣、および生徒がランダムでソレに攻撃するので、耐えるように」

背筋にゾワリと嫌な汗が伝った。

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