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訓練場の端に座し、胸の前で印を結んで早数時間。訓練が始まってから間もなくやってきたB組面々にもプッシーキャッツは同様の自己紹介をしていた。昼休憩を一度挟み、その後朝から同じ特訓が行われている。ピピッと時間を告げるアラーム音に辟易としながら宙に一つ、結界を形成する。



目の前では地獄絵図と言っても過言ではないような風景が広がっている。



響き渡る悲鳴、雄叫び。バチバチとあたりを照らす雷に視界の端では氷山が形成され時折炎が高く空に舞い上がる。そして殴り合いをしている面々。皆が一様になんとも形容しがたい死にそうな、蒼白い形相を浮かべている。これを地獄絵図と言わずになんと言おうか。

ぽたりと、額から流れた汗が輪郭に沿って顎へと伝い茶色の地面へと落ちていく。そこはいつしか小さな水溜りができていた。

ガンガン頭に響く頭痛を、息を吐き出すことで紛らわせながら更に鳴り響いたアラームに息を詰めた。



結果から言おう、死にそう。




最初に楽そうとか言ったの誰だ、俺か。楽なんてもんじゃない、まじしんどい。無想で結界を今できる最大の耐久性にして特訓に挑み、時間を追うごとに増えていく結界の個数に、攻撃される回数の増加。プッシーキャッツの虎なんかホントに容赦ないし連続攻撃とか止めてよ。今のところ根性で凌いでる俺を誰か褒めて。

どんっ、と突然かかる圧力。どこかしらの結界が攻撃されたらしい。もう操る個数が百を超えてくるとどこの結界が攻撃受けてるとか曖昧にしか認識できない。極限無想ができるようになったらそんなこと無いんだけどな。

弾け飛ぶ感覚はない。どうにか、この攻撃にも耐えたようだ。しかし、―――油断は禁物。

数多な方向からかかる圧力。幾つかの結界が攻撃されているようだ。その圧迫感に耐えるように結んだ手に力を込める。

「ぐっ…」

いつまでも止む気配のない攻撃の嵐。その先を見れば俺を見てにやりと嫌な笑みを浮かべる虎の姿がある。一つの結界に的を絞り、連続攻撃されるとかなり、辛い。

「ふんぬぅっ!!」

途端にパンッ!と弾ける感覚。結界が一つ消えた。その元凶であろう虎を睨みつければ可愛らしい肉球付きの猫の手が台無しなくらい、中指だけを突っ立ててニヤニヤと極悪な笑みを浮かべていた。くそ。

「はい、そこまで」

さして大きくない相澤先生の声がこの場に響く。夢中になりすぎてその声が聞こえていない連中の為か、頭の中にマンダレイの声が響く。これ驚くからやめてほしい。

「今日の特訓はこれで終了。各自寮まで戻るように」

それだけ淡々と告げるとブラド先生とともに背を向けて歩きだしていた。残ったのは疲労困憊の生徒たちとプッシーキャッツの面々だけである。

「解」

言葉とともに消えていく結界。これだけ個性を酷使したのは一体いつ以来であろうか。体の中に溜まった疲労を吐き出すように大きく息をついた。

いつまでも地べたに座っている訳にはいかないと、重たい体にムチをうちゆっくりと立ち上がる。他の面々も疲労の色を見せつつも各々寮へと向かい始めていた。

「おーす、かなめ」
「おつかれ…ボロボロだねぇ」

覇気のない鋭児郎の声に振り返るとボロボロとしか言いようがないほど顔も体も土にまみれている鋭児郎が片腕を上げながらやってきた。

「しゃーねぇよ、ひたすら殴られたり殴ったりが俺の特訓メニューだしな」
「うん…、おつかれ」
「晩飯何かなー、腹減ったぁ」

ぐるるる、と大きな腹の虫が一声鳴いた。それを労るように腹をなでながらそういえば昨日プッシーキャッツの面々は”面倒見るのは今日だけ”みたいなこと言ってなかったか…?うん?

辿り着いた寮の先には机の上に置かれた野菜や飯盒。晩御飯にすぐにはありつけないと悟った面々からは口から魂が出そうなほど項垂れている。

「さア昨日言ったね”世話を焼くのは今日だけ”って!!」
「己で食う飯くらい己で作れ!!カレー!!」
「「「「「「イエッサ…………」」」」」」
「アハハハハハ全員全身ブッチブチ!だからって雑なネコマンマは作っちゃダメね!!」

至極愉快そうに足をジタバタさせているラグドールのテンションに付いていけない。ザッと机の上においてある材料に目を遣り、ラグドールの発言からも今日の晩御飯はカレーで間違いないのだろう。まあ、カレーなら焦げ付かせなければまぁまぁの味のものが仕上がるだろう。それに簡単だし。料理やったことのない面々もいるだろうからさっさと簡単に作れるメニューであることは喜ばしい。

「さすが雄英無駄がない!!世界一うまいカレーを作ろう 皆!!」
「急にどうしたの飯田」

何がどうなって世界一うまいカレーを作る回路が形成されたんだ?飯田の思考回路って謎。先程までとは打って変わりチャキチャキと指示を飛ばす飯田の姿を見つつクエスチョンマークが頭を飛び交う。まあ、ともかくさっさとカレーを作ってしまおう。

野菜を水洗いする数人を見ながら誰も手を付けていない包丁に手を伸ばす。受け取った野菜の皮を向きつつ適当な間隔で切り刻んでいく。玉ねぎ目に染みる…。もくまくと野菜の切った山を形成しながらクエスチョンマークが増えていく。…なぜ誰も野菜を切らない。

「夜守ー、これも頼む」
「オッケー置いといてー。てか、俺以外にも誰か切る係作ってくんない?」

大人数分、ということもあるがじゃんじゃん増えていく野菜たちに辟易とする。が、なぜ誰も包丁を握ろうとしない。飯盒でご飯炊くより簡単でしょ!

染みる玉ねぎと格闘しながら食材を切り分けていく中、隣でトントンとリズムよく野菜を切るまな板の音がなる。ようやく応援が来たと、溢れてくる涙を拭い横を見て、思わず声が漏れた。

「は?爆豪…?」
「あ?」

爆豪と野菜と包丁て似合わない。てか、包丁の刃先を俺に向けるんじゃない、野菜除いたら似合いすぎる。

しかしその包丁を扱う手さばき。野菜を均等に切っていくのに戸惑いのない所作。……こいつ、慣れてる。

「ンだよ」
「え、いや。サンキュー、助かる」
「早く切れや、モヤシ野郎」
「一言多い!!」

人が折角感謝を述べたというのにこの扱い!ハッと鼻で笑われる始末。ホントに性格悪い!

無我夢中で野菜を切っていく中、隣では肉の焼けるいい香りが漂ってくる。それに反応して弱々しく鳴く腹の虫。あらかたの野菜も投入され、野菜切りの役目を全うした俺は一息ついた。ゴキっとなる首を擦りながら不要になったものを洗っていく。

爆豪もどうやら火付け要員に回ったらしい。何やら怒鳴りながら小規模爆破を繰り返している。これだけ見たら物騒よな。

洗った物はどうしようかと周りを見渡していると、横からすっとまな板を受け取ってくれる手が出現。そのまま視線を上へと移すと焦ったように合わさった視線を外す口田がまな板を乾いたタオルで水気を拭ってくれていた。サンキュー、と次に包丁を渡すと首をブンブン横へ振りながら慎重に包丁を受け取る仕草に思わず和む。口田と喋ったことないけど絶対いいやつだよね。先程爆豪から受けた傷にその暖かさが沁みる。

口田とのジェスチャーを交えた会話をしつつ、不必要なものを洗い終え肩にかけたタオルで濡れた手を拭う。ちょうどいい具合にカレーも仕上がったのか、鍋の周りには人だかりができている。カレー独特のスパイシーな匂いも漂ってきた。

「おなかすいたー」
「ほい、夜守ー口田ー、カレーな。おかわりは自分で入れろよー」
「ありがとー」

山盛りのカレーを手に適当に空いている席へと腰を降ろす。いただきます、と手を一つ合わせてからスプーン一杯のカレーを口の中へと放り込む。

「おいしい」

ほのかに口に広がるスパイスの味に頬が自然と緩まった。





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