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「今日は肉じゃが、ね」

目の前にある野菜や肉類を眺め、横においてある調味料たちを見やり予測を立てればどうやら正解だったようだ。昨日とほとんど材料変わってないんだけど。

「夜守ー、これもお願い」
「おっけー、置いといてー」

そうなれば自然と昨日と役割は同じになるわけで、本日も黙々と爆豪とともに野菜を切っていく。こんもりと形成されていく野菜の山を更に高くそびえさせながらひたすら切っていく。そろそろ野菜投入しないと人参とか硬いままになりそうなんだけど。お願いだからしっかり煮込んでね。

「野菜これ持っていってもいいんー?」
「全部いいよ、麗日持っていってくれんの?」
「そのために来たんやもん、持ってくね!てか、爆豪くん包丁使うのウマ!意外やわ…!!」
「意外って何だコラ。包丁に上手い下手なんざねえだろ!!」

先程まで静かに黙々と野菜を切っていたのが嘘かのように目を吊り上げながら怒鳴り散らす。それでも包丁を扱う手さばきはかわらない。才能マンめ…、なんて呟いている上鳴の言葉に同意せざるを得ない。

「みんな元気すぎぃ…」
「もうちょっとでご飯だから頑張れ」
「おうよ」

よろよろと火おこしに向かう鋭児郎に小さく息を付きながら残り少しとなった野菜に手をかける。最後はジャガイモばっかだから楽だ。

「おい」
「ん?」

リズミカルに野菜を切っていく中、唐突にした声に顔を上げる。ちらりと俺を見た爆豪はすぐに野菜へ視線を落としながら眉間にシワを寄せ口を開いた。

「あれは、何してたんだ」
「んん?」

アレとは?
指されていることが飲み込めず首を傾げる。お気に召さなかったのか舌打ち一つしてから吐き捨てるように言葉が紡がれた。

「特訓中、お前何かしようとしてただろ、…変な感じがした」
「あの時、ね。……結界の強度を更に強くしようとしてただけだよ」

ま、失敗したけど。へらりと笑えばしばらくじっと睨まれたあとくるりと踵を返し、火をおこしているグループの方へと足を向けていた。いつの間にか野菜は切り終わっていたらしい、仕事早いなおい。

しかし、そんなに変な感じがしたのだろうか。

カタン、とまな板の上に包丁を置きながらぼんやりと宙を眺める。俺の中では無想から更に力を練り上げる必要があるから、かなり力んだり意識したりするのはあるが。―――まあ、意識し過ぎるとできないっていう難点もあるけどーーー他人から見て感づかれるようなものなのだろうか。でも確かに、母が極限無想を使用するときもざわりと肌が粟立つからわかるのかもしれない。

そうなると、先程はやっぱり極限無想ができる直前だったのだろうか。…勿体無いことをしたと思わなくもない。が、どうせ嫌でもあと数日は林間合宿なんだから、明日でも構わないか。

「さて、片付けしよ」

爆豪、片付けまでやってほしかったな。


………………………………


ぺろりと本日の晩御飯も食べ終え、がやがや騒ぎながら後片付けをすること数十分。濡れた手をタオルで拭い、周りをきょろりと見渡す。ボディーバックの中にある拳藤のタオルを返さなければならないのだが、ちらほらいるB組の中に拳藤の姿はない。

今から自由時間だろうし、できれば今のうちに返しときたいよね。夜はまた補習で遅いし、明日になったらまた慌ただしいだろうし。膳は急げ、だ。

「ねえ」
「ん?あ、A組」

どうかしたのか?たまたま近くにいた名も知らぬB組の一人に声をかける。どうも昨日の物間がインパクト強すぎて普通の対応してくれることに安心する。ほっと息をつき、早速本題を伝えると少し渋ったようにちらりとこちらを見た。

「今から肝試しだろ、場所わかっちまったら面白くねぇじゃん。あとは駄目なの?」
「あ、肝試しするんだ。俺補習組でさ、後だと更に時間なさそうなんだよね。誰にも言わないからさ、お願い!」

両手のひらを合わせ頭を下げる。しばらく沈黙が続いたあと、仕方ないなぁと呟いたあと小さく笑みを浮かべながら森の先を指差した。

「肝試し、森の中に入っていく道に沿ってやるらしいんだけど、拳藤は一番奥の辺りが担当だったはずだ。もうそろそろ着いてる頃なんじゃねぇかな」
「ありがとう、助かる!」
「早く行かねぇとA組の番来ちまうぜ」

その言葉に頷く。肝試しが始まる前にさっさと行って戻ってこないといけないな。ぐっぐっ、と屈伸をして足の筋肉を揉み解す。足の裏にも結界を作り弾力を確かめてから一気に森の上まで飛んだ。夜の暗闇に包まれた森が目の前に現れる。ぼんやりとした光が漏れている場所がぽつりぽつりとある。今準備しているB組のものだろうか。

落下していく視界の先に結界を一つ作り、それを踏み台にまた空へと跳ね上がる。さて、さっさとルートの奥までいこうかな。足場の結界を力強く踏み込んだ。

意外と長い道なりを進んでいくこと数分。ポケットに入れていた携帯が着信を告げた。眩しすぎる画面に目がくらみながらも”鋭児郎”と表示された文字を読み取る。何かあったのだろうかと疑問に思いながらも通話表示をスライドさせた。

「もしもし、どうしたの?」
『…今から補習なんだと』
「随分早いね、あれ?肝試しは?」
『俺たちにはハッカ味のアメしか用意されてねえんだよ!』
「意味わかんないんだけど」
どうやら嘆いているらしい鋭児郎と全く話が通じない。どうしたら良いのこれ。そんなことを思っていればゴソゴソと音がした後にもしもし、と随分ダンディーな声が電話越しに聞こえてきた。あれ、鋭児郎声七変化出来んの?

『相澤だ。夜守今どこにいる』
「え、と。B組の拳藤に用事があって肝試しのルート走ってます」
『…』

あ、やばいコレお怒りのやつ。冷や汗を浮かべながら相澤先生の次の言葉を待つ。これは引き返したほうが無難だろうか。てか、補習するなら一日の始めにいっておいてほしい。なんて言ったら更に冷たい言葉が送られそうなんで黙っとくけど。

『補習は10分後始める。それまでに補習部屋に来るように』

ぷちりと切られた着信に安堵のため息を漏らす。最悪の窮地は脱したようだ。が、10分以内に行かないとしばかれる、確実に。

でも、そろそろここがルートの一番奥になるはず。そろそろ下に降りるか。と、足の裏に作っていた結界を解除し、足場の結界の上に着地する。ぐるりとあたりを見渡し、どこからか光が漏れていないか探すが、見当たらない。

一面闇で覆われた森。

視界の端で、突如赤い光が一瞬上がった。

「何あれ。…火災?」

肝試しのルートから外れた森の中。今はまだ薄っすらとした煙が上がるそこから確かに先程赤い光が見えた。森林火災だと笑えない。

「先に確かめてから先生に報告でいいっか」

煙が上がるその先へ、足を向けた。

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