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昨日と変わらず、結界生成及び持力性を底上げするための訓練。目をつけられたのか、やたらと虎から攻撃を受けつつなんとか凌いで午前の特訓は終了した。ドヤ顔したら中指突き立てられた。

昼食も取り、あと三十分もすれば午後の特訓がスタートする。しかし、

「ねむい」

昨日が遅かったこともあるだろうし、今日の朝もいつもどうり起きたせいで俺の本日の睡眠時間は三時間ちょい。そりゃあ満腹中枢が刺激されて消化のためにそちらに血液が循環し始めれば脳に血流が回らない分眠くなるのは至極当然のことで。めちゃくちゃ眠たい。

ごそごそとボディーバックからケータイを取り出しアラームをセットする。これできちんと三十分後には叩き起こしてくれるはず。おやすみ、と心の中で呟きテーブルに突っ伏したところで俺の意識はプツンと途切れた。





ピピピピ…ピピピピ…。

靄の掛かった頭の中に突如届く電子音。もう時間か、とまだ覚醒しきっていない頭を無理矢理叩き起こし、上体を伸ばした。ピリピリしびれる手先に、血液が体にめぐり始める感覚。くわりと一つ大きなあくびを漏らしようやく目が開いた。

「時間だ、午後の特訓始めるぞ。さっさと移動しろ」
「「「「「「イエッサー」」」」」」

ぞろぞろとみんなが立ち上がるのを見やり、ぐっと力を入れて立ち上が、るときに横にタオルが落ちているのが目に止まる。

「これ誰のタオル?」

広げたタオルは随分と可愛らしい色合いに花の刺繍が施されている。女子かな…男子がこんなの持ってたら、いや人の趣味はいろいろだから何も言うまい。青山とか似合いそうだし。

「あ、それなあ。B組の拳藤さんが熱中症なるよー、ていって夜守くんにかけてたよ。確かに日差しガンガンに当たるもんな、ここ」
「…さすが姉御」
「ホンマにね、面倒見がいいんやねー」

ほわほわ笑顔を浮かべる麗日につられながら笑みを浮かべつつ忘れないように返さねばとケータイと一緒にボディーバックの中へと仕舞いこんだ。

「麗日はどんな特訓してんだっけ?」
「ひたすら個性使って酔った状態でも個性が使えるようになる特訓。吐きそうなるん」

これからのことを想像してか、うぷっと口を手元に当てて弱々しい笑みを浮かべている。そりゃあ酔った状態で個性使用しろとかなかなかの拷問だよね。舗装されていない道を歩きながらみんなの後ろをついていく。ちらりと周りを見渡してみるが拳藤の姿は見当たらない。

「俺も個性使用しすぎると頭痛ひどくてさ、ほんとしんどいよね。でも、これを克服すればさらに個性使用に関して自由になれるって思うと俄然燃えない?」

俺は早く極限無想を会得したい。そのためにはやっぱり今の限界を突き破らなければそれはできないわけで、一つのゴールがある分それに向かって突き進んでいくことは難しいことではない。

俺の言いたいことがわかったのか、言葉を舌で転がしたあと麗日はにっと笑った。



特訓場へと入れば最早取り組んでいる面々が阿鼻驚嘆を上げている隙間を縫って奥の一番端に正座する。とくり、とくりと心臓が静かに鼓動を刻む音が聞こえる。


腹の中から深く息を吐きだし、吸う。


先程まで刺さるように痛みと暑さを感じていた日差しなど、今は全く気にならない。周りの雑音はどこか遠くに、けれども言葉を拾うように意識し、すっと目の前を見据える。胸の前で印を結び、馴染んだ言葉を舌の上で転がした。




















―――あ、イイカンジ。




研ぎ澄まされる感覚。クリアな思考回路。体も重くない。どこか懐かしい、この感触。

……………今なら、イケるかも。


ぞくぞくする感覚に思わず口角が上がる。体の中でその感覚を練り上げる。その高まっている感覚を吐き出すように口を、


開いた。

「け、……」






「かなめ!!」





スパンっと叩かれたように急激に先程までの研ぎ澄まされた感覚が消えていく。その失われていく感覚に愕然としながら唐突に頭の中に飛び込んできた声の元凶へと視線を送る。

………………あと、少しだったのに。

思わず握り込んだ拳の爪が皮膚に食い込み、鈍い痛みが伴う。

「…なに」
「かなめ顔真っ青だぞ、いくら俺らが呼んだりマンダレイがテレパス使っても反応ないから相澤先生が個性使ったんだよ」
「…は?」

徐々に周りの風景を脳が認識し始める。俺の周りには座り込み俺を見つめる鋭児郎にどこか心配げな視線を送るクラスメイトの面々、個性を使用したからか髪が逆だったまま、なんなら子供が見れば泣き出しそうなくらいの形相を浮かべた相澤先生。…やばい、無想しすぎて意識飛んでたっぽい。

「あー…、すみません。夢中になって…」
「体調の変化は?」
「ないです」
「今ここは?」
「林間合宿中、個性の限界突破の訓練中、です」
「…体調が大丈夫ならさっさと飯食いにいけ」

呆れたように一つため息を漏らすとガリガリ髪を髪をかきあげ、くるりと踵を返し寮への道を歩いていった。相沢先生の後ろ姿が小さくなった頃、ようやく溜め込んでいた息を吐き出した。自業自得だけど怖いよ、先生。

「かなめほんとに大丈夫か?」
「顔まだ真っ青よ、夜守ちゃん」
「あー、平気平気。みんなもごめん、ご飯遅くなっちゃうからいこっか」

未だに俺を心配げな眼差しを送ってくる面々にへらりと笑みを浮かべてゆっくりと立ち上がる。先程、体が軽いと感じたのは無想状態が長すぎたゆえの意識が飛んでいたことで間違いないようだ。ずしりと体にのしかかる重たい疲労感。頭を鈍痛が先程から主張を繰り返している。相澤先生が個性使って止めてくれてよかった。

まぁ、あの感覚が取り戻せそうだったのを阻止されたのは少しばかり、いやかなり残念だけど。でも、あの感覚が思い出せたなら、大丈夫だ。

「鋭児郎もごめん、ガン飛ばした」
「気にしてねぇよ!それより無茶すんなよー、俺らただでさえ睡眠時間少ないのにかなめここ2日とも早起きだろ?疲れが出てきたんじゃねえの?」
「体は絶好調なんだけどねー」
「倒れる前に言えよー」

なんと説明したらいいのやら、まぁ大丈夫なのでほんとに気にしないでほしい。ぽん、と隣を歩く鋭児郎の肩を叩き早足に寮への道をたどる。さて、さっさとご飯食べてエネルギーを補給しなきゃね。

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