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※微百合要素


規則正しい電子音が響くこの部屋は。
酷く懐かしい。
人工呼吸器を付けられ、声を失い、眠り続ける彼女の髪はまた伸びている。

「名前ちゃん・・・私、いろいろなこと知れたのですよ。・・・ねぇ、名前ちゃん」


ただいま。


あぁ、思い出してきた。あの日のこと。
私の視界が赤く染まった瞬間のこと。
いつもと違った電子音がアラートを知らせ、神宮寺先生と数人の看護師が慌ただしく病室に入ってきた。
ベッドの上でもがき苦しむ彼女を私は水槽の中から見ていた。彼女の着ている服を剥ぎ、様々な器具を取り付ける、刺す。
その瞬間彼女の口から吹き出す血が私の水槽の中を赤く染めていった。

彼女はそのまま手術室に運ばれていき、10時間程後に帰ってきた。
憔悴しきった先生の表情はとても暗かった。看護師たちが帰った後も先生は名前ちゃんのベッドサイドに座っていた。そろそろ夜が明けるという頃に私の水槽が赤く染まっていることに気づいたようで私の水を変えてくれた。
変えてから不思議そうに私のことを見ていた先生に違和感を覚えた。違和感を覚えつつそのままふらふらと病室を後にする先生の姿を見送った。
不思議そうなあの顔の理由はすぐに分かった。水が透明になり、ガラスに映る私の身体が赤いことに気づいた。

名前ちゃんの血の色に染まった?いや、そんな筈はない。
そして、思い出した。私がここにいる理由を。水面を目指し泳ぎ、そして、水槽から離脱するように力強く尾鰭を動かし水面に打ち付けた。すぅ、と酸素を吸い込みそして、床に着地したのだ。両脚で。

着地したはいいけれどやっぱり久々に感じる重力に負けてぐらりと姿勢を崩してしまい尻餅をつく。

私は、その昔登竜門を潜り、下級ではあるが紅龍に成ったものだった。紅龍となってすぐの時は真面目にお勤めをしていたのだけれど、数年働いてる間に怠惰な心が生まれてしまいサボってしまっていた。それが師匠にあたる龍にバレて1000年かそこそこ前に小さな金魚に落とされてしまったのだ。私の自慢だった紅い鱗も色を取られて白くされてしまったのだった。もちろん智についても封印されてしまったため生きるための最低限の知能しか無くなってしまった。その状態で千年くらいこの世界を揺蕩っていた。
そして、流れ流れてここに辿り着いたのだった。

どうやら名前ちゃんの血液を体内に取り込んだことにより智を得て、師匠に封印されていた力が戻ったようだった。まだ本調子ではないけれど。

「・・・名前ちゃん、私・・・貴女のためになにができますかね・・・」

・・・あぁ、そうだ。ずっとずっと貴女が待ち焦がれてた彼。彼が貴女を好きになってくれれば、彼のことをもっと知れれば貴女は元気になれるかな。

意識がない彼女の顔にかかる髪を払い、自身の横髪を耳にかけた。柔らかい彼女の唇をなぞるとぴくりと顔を動いた。・・・まだ彼女は生きてる。まだ、彼女を救える。

「名前ちゃん、貴女の名をお借りします。」

そのまま彼女に口づけた。

彼女の名を借りる代わりに、私は彼女の魂を体内に取り込んだ。うん、上手くいった。胸のところが熱い、ここに名前ちゃんがいるのが分かる。

しかし、誤算だったのだ。私は先述した通りまだ本調子でなかった。名前ちゃん1人を取り込むことは戻ったばかりのこの身体には無茶だったらしい。
刹那、私の身体は激しく彼女の魂を拒絶してしまった。
うっかり魂を吐き出してしまうとあらぬ場所に飛ばしてしまう。そうさせないように咄嗟に押さえ込んだのだった。

「(やばい、記憶と自我が飛ぶ・・・その前になんとか)」

金魚時代に残していた子孫、基、端末のそれぞれの行方を探索していると丁度良さそうな場所にいるものが見つかったのでそのままその端末に飛んで行った。記憶をなくして、ただ彼女から借りた名と魂だけを持ち。

そこからは、そう、・・・彼に会えて、一緒に暮らした。彼のいろいろなことを知れた。胸がどきどきとして、彼を好きになっていくのが分かった。
・・・でも好きになったのは私じゃない、胸がどきどきとしたのはそこに名前ちゃんがいたからだったんだね。

「名前ちゃん、ありがとうなのですよ。私、・・・私とっても楽しかったのです。」

けれどもう、私たちの旅はここまで。最初の段階で無茶をしすぎた私の身体は辛うじて名前ちゃんの魂によって形を保っているだけだった。

「今貴女の名を還します。」

本当は、貴女と向き合ってお話をしたかったのだけれど。それだけが心残りなのだけれど。

「もしも、私が次人に生まれ変わったら。私といっぱいお話してくださいね」

前と違って、少しカサついた名前ちゃんの唇に口づける。


あぁ、そうだった。私の名前。
私の名前はね・・・・