オーバー・ザ・フューチャー
「変ね…!皆本さんどこにもいないわ。」
「通信もつながらへん……!」
「あいつ──本気か…………?」
給食の時間に皆本の記憶が戻りつつあることを喜んだチルドレンたち。だが、皆本はそれにショックを受けて教室を走り去ってしまった。
学校内を探索するチルドレンたちだったが、皆本の姿は一向に見当たらなかった。
不審に思った三人はとりあえず教室に戻り、澪に話を聞こうとする。
「おい、澪!!ひょっとしてあんたたち何か────!」
教室に戻った三人が見たのは、澪が座っていた”はず”の席だった。
だが、何度見ても荷物も教科書も、澪の姿もない。
「澪は!?」
薫が席を指しながら、ちさとに問いかけるが帰ってきたのは予想外の反応だった。
「誰!?」
「さっきまでこの席にいた女だよ!すげーバカの!!」
「?そんな子知らないわ。それにそこ…みょうじさんの席だよ?」
「バカってお前よりか?みょうじを忘れるとか…。」
「………!!」
薫、紫穂、葵は一斉に互いの顔を見た。
事態に気付いて、三人は驚きと衝撃で顔が青ざめていく。
「私たち…なまえちゃんのこと…!?」
「すっかり気づかんかった!昨日から一度も会おうてへん!」
「そんな…なんで…、」
「!まさかなまえちゃん、パンドラの連中と何かあったんじゃ…!」
「皆本はんもおらんし、どないしよう!?」
「!!」
─ピーー!!ピーーーーッ!!
薫のリミッターが通信を知らせる。
「センセイ!?ちょうどいいとこに───皆本が───」
『薫ちゃんか!?こっちは緊急事態だ!!現在地を送るから、皆本もつれてすぐに来てくれ!犯人を見つけたが…ドジった……!!逮捕直前に自分で自分の記憶中枢を破壊しやがったんだ!!管理官が今、奴の記憶崩壊を食い止めてる!』
「き……君たちは……?」
「さっき会ったろ?「兵部くん」と呼んでくれ。」
「……なまえ。」
皆本は屋上の扉からゆっくりと進んでくる。
屋上の中ほど、念動力で宙に立つ兵部となまえ。
なまえが皆本へ手をかざすと、皆本の体が浮いた。皆本は慣れない浮遊に手足をバタつかせながら兵部となまえの側へと辿り着く。
「今の君になら────話してやるよ。」
兵部は近くまで来た皆本へと手を差し出し、伸ばされた皆本の手を握る。
なまえは普段は浮かべられることはない、兵部の静かな笑みをチラリと見て二人から視線を逸らした。
「僕は「ザ・チルドレン」が好きなんだ。とりわけ薫ちゃんをね。愛していると言ってもいい。」
「………。」
「子供のクセに何言ってんだこの変態!!」
「子供じゃないさ。それに……そういう意味じゃない。」
顔をしかめる皆本に、兵部も苛立ちで返す。
なまえは少しだけ口を曲げただけで、相変わらず他所を見ている。
兵部は一息吐くと口だけで薄く笑う。
「あの子はね、昔の僕なんだよ。……傷を負う前のね。」
屋上に吹いた風に兵部の前髪が乱れて、その隙間からは生々しい傷痕が見えた。
風はなまえの前髪も動かし、隙間から兵部と同じ銃痕が少し見える。
なまえは静かに片手で、胸元を握る。その下には、額と同様に銃痕があった。
「彼女はいずれ僕とよく似た道を進む運命なのさ。それで君も僕も違う未来を創りたいと思っている。…そこにいるなまえもね。」
「……。」
「けど……僕は僕を裏切った奴らを許さない。復讐に、地上から普通人を根絶やしにしてやるつもりだ。その未来だけは変えさせない。」
「……!!それが……僕や薫ちゃんとなんの関係が?」
兵部の表情が、直前まで穏やかだが切なさが篭ったものから豹変する。
深淵の闇を覗いてしまったかのような圧に、皆本は唾を飲み込んだ。
「僕はね……何度君を殺そうと思ったかしれやしない。今でもそうだ。簡単なことだ。」
皆本が息を呑んだその一瞬で、兵部は皆本の首を鷲掴みにする。
かろうじて息ができる強さで締め上げられて、皆本は反射的に兵部の手首を掴んだ。
「!!」
「きょうすけ。」
兵部へと視線を戻したなまえは、努めて静かに声をかけた。
兵部はちらりとなまえを見て、口元だけ微笑みの形をつくり応じた。
なまえはため息をついて、また視線を二人から外した。
「だが、君を殺せば女王は生きてはいない。」
「そして君が生きていても女王は死ぬ。そういう運命なんだ。」
兵部は再び皆本をまっすぐと見た。
なまえはぼんやりと宙を見つめたまま、兵部の言葉を続けた。
皆本は兵部から、直前までの禍々しさよりも何か痛々しいものを感じる、首を締めている少年の手首を握る手から少しだけ力を抜いてしまう。
「この時空では復讐と彼女の幸福の両立は難しいらしいのさ。」
「よ……よくわからないけど───僕が子供のままなら全てうまくいくってことか?」
説明を終えた兵部が、最初に屋上で会った時と同じような落ち着いた雰囲気に戻ったことを理解した皆本はすぐに兵部の手を振り払った。
「ま、そういうこと。「記憶強盗」の攻撃を分析したおかげで、今なら君の脳を完全にフォーマットできそうなんだよ。こんなチャンスはお互い二度とないってわけだ。」
兵部は皆本へ軽く笑いかけると、手元に桃太郎を瞬間移動させる。
そして摘み上げた桃太郎を皆本へと差し出した。
「ホラ!」
「な……なに!?」
「そいつの額のネジに触れるんだ。そうすれば君は───「待って!!」
「皆本、やめろ!!」
屋上に、葵の声と薫の声が響く。
事態を理解したチルドレンの三人が皆本を追いかけてきたのだ。
「女王……!!」
「みんな……!」
兵部にわずかだが焦りが生まれる。
なまえは険しい表情で、三人を見つめていた。
「なまえちゃん!っバリヤー!!」
「なまえの隣の子、誰や!?どっかで見たこと───」
催眠で行方をくらませていたなまえの姿を見つけた紫穂が手を伸ばすが、視えない壁にその手を弾き返される。
なまえと協力して兵部がつくったバリヤーであった。
葵が屋上を観察し、なまえと皆本以外に居る人物に気付く。
薫は心当たりのある人物の名を閃き、口に出した。
「京介……!?京介……なの!?やめて、お願いだから!!なまえも……!皆本をそのままになんかしないで!!」
「だって彼がそう望んでるんだよ、女王。」
兵部は薫へと振り返るとバリヤー越しに近くまで移動してくる。
直立不動で兵部の姿を目で追うなまえと皆本。
「別に彼がいなくなるわけじゃない。子供に戻るだけじゃないか。」
「でも……だって……!!」
そっと兵部の手が伸ばされて、バリヤー越しに薫の手と重ねられる。
「皆本クンの細胞は若返るだけでなく、僕となまえの能力の影響で弱い超能力を得る可能性もある。そうなれば君たちは同じ世代の同胞として生きていける。悪くない未来だろう?」
「そんなこと、できるわけないわ………!!」
「ナメてもらっちゃ困るなあ、女帝。本当にできるとも!僕たちが本気を出せばね。」
「なまえ!あんた本気なん!?」
「……。」
紫穂の言葉に答えた兵部の表情は生気が薄い、まるで亡霊のような表情だった。
紫穂につづき葵がなまえへと声を投げかけるが、なまえはまっすぐと見つめ返してくるだけで言葉は発さない。
「!!」
「ダメだよ……!」
バリヤーに添えられた薫の手から力が放出される。
その強さに、思わず兵部が腕で顔を覆う。
「そりゃ、楽しかったけど───皆本と一緒で嬉しかったけど───」
「せや!!こんなんアカン!!」
「もう一息よ薫ちゃん!!がんばって!!」
「皆本は皆本だもん!!普通人で、10コ年上で、あたしたちのこと子供扱いばっかりして───バカで、優しくて……!!戻ってきて、皆本!!」
薫の思いとともに、バリヤーに対抗する力がどんどん強まる。
力一杯に思いを込めて皆本へと薫が叫ぶ。それは魂からの叫びだった。
「元の皆本が───あの皆本といたいの!!」
「薫ちゃん………!!」
薫の瞳から溢れた涙が頬を伝い、宙に流れていく。
皆本の瞳が微かに、だが確実に揺れた。
「っ……京介、(バリヤーが、もう……)」
「っ!」
バリヤーの維持を手伝っているなまえの頬から汗が一筋流れる。
兵部と協力して維持しているとはいえ、相手は未来のエスパーの女王。その本気の力に、なまえたちのパワーでは対抗は難しかった。
バリヤーの一部が歪む。薫の力によって、綻びが生まれる。
「今よ、葵ちゃん!!」
「了解!!」
綻びを見逃さなかった紫穂の指示で葵の瞬間移動能力が発動し、皆本とチルドレンの三人は小学校の屋上から姿を消した。
「……………!」
兵部は暫く、切なそうに消えた4人の跡を見つめていた。
なまえはぐっと唇を噛み締める。
「(未来に”生きて”辿りつくことは、すごく覚悟の必要なことだった。少なくとも、僕と京介にとっては。)」
なまえはこみ上げてくる何かを堪えるように、喉の震えを抑える。
一つ息を吐いて兵部へと声を掛ける。
「……賭けていたんだ。皆本が思い出すのを拒むか、拒まないか。拒んだとして、薫たちの邪魔が入るかどうか。……もし、皆本が思い出すなら……僕は少し、視える未来に抗ってみようと思ったんだ。それが、予知通りの結果だったとしても。」
「……いいんじゃないかい。君も、あの子たちと同じように未来を生きていくべきだ。(結果的には僕が望んだ通りだけど……。決めたのが、皆本の選択でっていうのだけ、だいぶ腹が立つが。)」
「……ありがとう、京介。僕は、僕がやりたいことをするよ。」
「……ああ。」
「……今の君には家族がいるだろう。だから、」
なまえは、兵部の背中を押した。
兵部の体が流れた先には、パンドラのメンバーである真木、紅葉、葉がいた。
三人とも固い表情をしている。
少しよろけながら三人の方へ一歩進んだ兵部は、なまえを振り返った。
なまえは兵部から、少しだけ距離を取る。
「……ばいばい京介。(ありがとう、今まで。)」
なまえは眉を下げて、ほんの少し笑った。
胸元の辺りまで上がった手が小さく振られる。
「私のこと、見つけてくれてありがとう。」
「……なまえ、」
「今度は、私の番。」
なまえは口の中で小さく呟くと、瞬間移動で姿を消した。
小学生編 fin...?