揺らぐ、揺らぐ
かさり、と踏み付けられた葉が存在を主張した。
山道には似合わないローファーが歩みをとめる。
「ここも、「あの時」以来かな・・・・・」
こぼされた言葉には暗い色を含んでいた。
小学低学年ほどの身長の岩の、前に立つ兵部。
いつも通りの学生服に、いつも以上に無表情な彼はしゃがみ込む。
「捨てられないから、忘れられないからこそ――――――――」
無表情の下に、ほんの少しだけ見えた顔。
ふと落とした兵部の目の先に新鮮な花が添えられている。
兵部はゆっくりと花に手を伸ばし、一輪だけ手に取ると口元をほころばせた。
少しだけ悲しげに。
少しだけ眉をよせて。
「やっぱり来てたんだね。・・・・・・・もう、全てを思い出したのかな―――――――――。」
カサリ、
兵部は素早く振り返った。
足音からして人のようだ。
隙なく兵部は足音の先を睨みつけた。
だんだんと近づく足音。
木の影から現れた人物に大きく開く兵部の瞳。
「、なまえ・・・・・・・?」
下を俯きふらふらと歩くなまえに、なぜか兵部は動けなかった。
なまえは兵部の前で立ち止まるとゆっくりと顔を上げた。
酷く、ひどく 無表情だった。
何も映っていない。
ただ、ただ一つ瞳だけに映る感情は――――――――
「っ、」
「 た・・・す・・け・・・・て 」
無表情だったのはほんの少しだけで、それだけ呟くとなまえは力を失ったのか地面に倒れていった。
しかし兵部は微動だにせずに、ただ立っていた。
じっとりと額に滲んだ汗を兵部は拭った。
「(さっきまでのなまえの瞳は、殺気と憎悪に溢れていた。)」
兵部は確かになまえに恐怖したのだ。
「(いくら記憶を無くしたなまえとは言え、あんな表情はしないはず。だとしたら、操られたのか・・・・・?いや、なまえの超度は7だぜ。簡単に操られる訳が・・・・・・)」
地面に倒れているなまえを視界に入れると兵部はなまえの体の下に手をまわし抱きかかえた。
さっきの出来事も大事だが、兵部にとって無防備ななまえがいることは、またとない機会なのだ。
「何をやっているんだ、あのボーヤは・・・・・・・・・。」
「だからっ!!さっきのは誤解だって何回言えばわかるんだ!」
砂浜から顔だけ出した状態で皆本は必死に叫ぶ。
そんな皆本を囲むように立つチルドレンは殺気だっていた。
「男って奴はなー、女に浮気現場を目撃されると決まって皆そー言うんだよッ!!」
「薫の言う通りや!男って口ばっかり!!」
「言い訳なんて聞きたくないわ。私が透視してあげるわ。」
怒る薫と葵の横で静かに笑う紫穂。
もちろん目は笑ってなどいない。
「プライバシーの侵害!!」
「今さらでしょう?そんなの。」
「全部、管理官が仕組んだことであって僕は―――――――「「「言い訳無用!!」」」」
皆本の必死の叫びも3人はばっさりと切り捨てる。
「まぁまぁ、その辺にしてあげたら?」
「ばーちゃん!」
ふよふよと4人の前に現れた不二子。
その表情には微塵も申し訳さがない。
薫たちは皆本に向けていた視線をそのまま不二子に移した。
不二子は視線を受けてニッコリ笑った。
「あんまり攻めすぎても、男は引くだけよ?」
「うっ!」
「た、確かに・・・・・・。」
的確な不二子の言葉に一気に大人しくなる3人。
不二子は3人に背を向けると皆本に視線を合わせた。
「で、皆本クン。なまえはどこ?」
「なまえ・・・・ですか、」
ずいっと顔を近づけた不二子に冷や汗をながす皆本。
「・・・・あなた、あの子の希少価値わかってる?」
「それは、」
「なまえは超度7の複合能力者で、しかも貴重な予知能力と催眠能力を使えるの。・・・・つまり、どの組織や国からも狙われやすいってことよ?」
チルドレンと同じようにね。
不二子に睨まれた皆本は俯いた。
「(確かに、普段はバベルの保護下にいるけど、単独でいるなら・・・・・・)」
「なあ、ばーちゃん。なまえなら、墓参りに行くって言ってたぜ?」
「墓参り?・・・・・そう、ね。そんな時期か。」
不思議そうな顔から、何かを思い出したのか不二子の表情に暗い影が浮かぶ。
「管理・・・・官?」
「・・・・・・・・なまえのことは私が迎えに行くわ。」
「え、でも・・・・・・」
「上官命令よ。それじゃ、また東京でね。」
背を向けて瞬間移動した不二子を皆本たちは呆然と見送った。
「まったく、世話の掛かる子だわ。」
溜め息を吐きながら不二子は足を進めた。
口は軽いが、その表情は暗い。
「・・・・やっぱり、まだあの子の中じゃ、"あの時"のままなのね。」
「なら、君は違うとでも言うのかい?」
突然聞こえた声に対する不二子の反応は速かった。
背後の気配に向けて肘を突き出す。
気配はサラリと軽々と避ける。
避けられた勢いを利用し、反対の拳を念動力と共に放つ。
「そう早まるなよ、不二子さん。」
「兵部・・・・!!ここに何の用!?」
簡単に不二子の拳を手の平で捕らえた兵部は、笑顔をつくった。
それを見た不二子の目がますます鋭くなる。
「・・・・・なまえを捜しに来たんだろ?」
「やっぱり、知ってるの、ねっ!!」
ぐっと拳に力を込めて、兵部ごと手を振り切る。
少しだけ飛ばされた兵部は、念動力で体制を立て直すとニヤリと笑う。
「なまえが僕を呼んだんだぜ?・・・・不二子さん、君じゃなくて ね。」
「っ、・・・・言ったはずよ!?貴方じゃなまえは守れない!!」
「どうかな?不二子さんだって知っているだろう?なまえが、政府から―――――この国からどんな扱いを受けているか。」
「それ、は、」
悔しそうに唇を噛む不二子。
兵部は笑いを引っ込めると、冷たい、からっぽな瞳で不二子を見た。
「なまえは今、僕らパンドラの元に居る。」
「っ!なまえを帰して!!」
「そう怒鳴るなよ。・・・・僕がなまえと会った時には既に、彼女はボロボロだった。」
「え、」
さっと、一瞬にして不二子の表情が青くなった。
兵部の目にある種の光が灯る。
「何が守るなんだい?知ってるだろう。なまえはとても希少価値が高いんだ。いくら強力なエスパーだとしても、今は10歳なんだぜ?一人で放っておいていいわけないだろう!!」
「、・・・・なまえは、無事なの?」
弱々しい、口調。
兵部は、静かに口を開いた。
「・・・未だ目を覚まさない。精神を酷く傷つけられていた。・・・・・あんななまえは初めて見た。」
「・・・・・・・・」
「君達は、・・・・いや、"あのボーヤは何をしているんだ?"」
まるで鋭利に尖った刃物ように、兵部は目を鋭くさせた。
「暫くなまえを預かるよ。・・・・・もっとも、なまえが"そっち"に帰りたいと言ったらの話だけどね。」
「ま、待ちなさい!!」