折鶴

『清司郎さん、』




目を閉じればすぐにでも思い浮かぶ彼女の姿。



『約束ですよ―――――――――――』



彼女の言葉が、声が、僕を捕えて放さない。



『−−−−−−−−になったら―――――』


















「――みさ、ん !宇津美さん!」



眩いほどの光が目に飛び込んでくる。

数回瞼を閉じて目を光に慣らすと、京介が僕を覗き込んでいるのが見えた。



「京介、?」

「こんなところで寝ていたら風邪引いちゃいます。」



困ったように眉を下げる京介。

ああそうか、自分はソファーで眠ってしまったらしい。

寝る前は暖かかったソファーが、今は冷たい。



「悪かったよ。暖かくて、つい寝てしまったみたいだ。」

「春が近づいて暖かくなりましたけど、それは昼だけですから気を付けてください。風邪でも引いたら隊長に叱られますよ。」

「軍人が風邪なんて自己管理がなってないって言われてしまいそうだ。」



苦笑が、口からこぼれる。

自分はもう、軍人なのだ。

あの、暖かく懐かしい故郷にはもう自分は居ない。

・・・・・いや、自分は望んであの場所を捨てたのだ。

寝起きでぼんやりと浮かんだ考えを振り払うように頭をふる。

起き上がろうと体をソファーからずらすと、かさりとそれは存在を主張した。



「折り鶴、ですか?」

「うん、そうだよ。」



不思議そうに鶴を持ち上げる京介。



「宇津美さんが折ったんですか?」

「・・・いや、故郷の人が僕の従軍が決まった時に渡してくれてね、」




『私の代わりに、連れて行って下さいませ。』




彼女は狡い。

僕が彼女を忘れないよう、何重にも、僕を縛る。




「・・・宇津美さんは、なんで、軍に入ろうと思ったんですか?」

「・・・・君や不二子くんの理由と、大差ないよ。誰だって、自分の才能を発揮する場を
求めている。」



まっすぐと僕を見つめる瞳が、彼女と重なる。



「宇津美くーん!!」



部屋の外の廊下の先から響く凛とした声。

名前を呼ばれて僅かばかり身構えてしまうのは、彼女の日頃の行いのせいだ。

京介なんて、落ち着きなくそわそわしている。



「説明してもらうわよ!!宇津美くん!!」



力任せに開けられるドアが苦しげに音をたてた。

廊下から部屋に飛び込んできたのは声の通り不二子くんだった。

なぜかその顔には熱が籠っている、こういう表情をしている不二子くんの近くに居ていいことがあった例はない。



「ふ、不二子さん!?」

「ダメだよそんなに力強くドアを開けては。また隊長に叱られるよ?」

「!?き、気をつけます・・・。それよりも!!」




不二子くんが、僕へと好奇の目を向けている。



「貴方に会いたいって方がいらっしゃってるのよ!!」

「僕に・・・?」



現在、僕ら(超能特務部隊)が滞在している蕾見男爵別邸は人里離れた山の中だ。

そもそも人などほとんど訪れてこないのに、わざわざこんな山奥まで訪ねてくるなんて一体・・・。



「一人でいらっしゃったって言うんだもの。驚いたわー!」

「?男の人じゃないの?」

「・・・あの、」



京介の言葉を遮るように響いたその声が、僕の世界を止めた。

部屋の入り口から目が離せない。



「お話し中にすみません、」

「この方が、?」

「はい。名前と申します。」



彼女・・・名前がふんわりと微笑んだ。

なぜ、名前がここに居るんだろう。

故郷でもう会わない覚悟で別れたのに。



「清司郎さん、」



僕を見上げる名前の瞳は僕を貫くようだった。

金縛りにでもあったように眼球一つでさえ動かすことができない。



「どう、・・・し、てーーーーー」

「言ったじゃありませんか。」



ああ、そうだ。

あの時の彼女はそうやって笑いながら僕に告げたんだ。



「『清司郎さん、約束ですよーーーーーーー夏がすぎて、二度目の春が訪れる前に折鶴を私の元に届けてください。三度目の春が過ぎても折鶴が届かなければ、私から清司郎さんを訪ねさせていただきます。』」




あの時と同じように、名前はきれいに微笑んだ。

変わらない微笑み。




「その様子でしたらお忘れでしたでしょう?清司郎さんのことですから、従軍するとお決めになられた後に私と縁を切るつもりでございましたことでしょう。自分は軍人、明日の命もわからないような男だからそんな奴の伴侶になどさせたくないと。」



本当に名前は変わらない。

僕のような接触感応能力者である訳でもないのに僕の心を容易く見透かす。

変わらない名前に、愛おしさが込み上げてくる。

いつの間にか縮まった距離を更に縮めた。



「変わらないね、君は。」

「あら。清司郎さんも相変わらずですよ。」



腕の中の少し高い体温が、心地よい。

名前が腕の中から僕を見つめた。



「・・・・・お勤めがございますのも理解しております、清司郎さんが軍人で・・・・いつ命を落としてしまうのかもわからないことも・・・・・・それでも、それでも名前は、清司郎さんに付き添ってゆきたいのです!」



ますっぐと僕を見つめるその瞳が苦手で、なによりも大切なんだ。



「・・・・僕は素直じゃないよ?」

「存じ上げております。」

「・・・・絶対君を泣かせる時が来る。」

「自分で選んだ道ですから。」

「・・・・本当にいいのかい?」

「・・・でなければ、こんな所まで一人で来ません。」



名前との距離がゼロになる。

名前が愛おしくて、たまらなかった。



















「宇津美さんって婚約者居たんだねー。」

「今までそんなこと欠片も匂わせなかったのに!!」

「故郷の話をしたがらなかったのはそういう理由かあ、」

「幼少からのご婚約だったのかしら!?詳しく聞かなくちゃ!!」

「(・・・というかいつまで僕らはあの二人を眺めていればいいんだろう)」













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三周年記念のリクエスト「超能力特務部隊と宇津美さんと婚約者夢」でした!

宇津美さんは初めて書いたので色々楽しかったです。

どの接触感応能力者、もしくは超感覚者が感じているように宇津美さんも愛すること、愛されることに少しの壁があると思うんですよね。

書き上げるのが遅くなり大変申し訳ありませんでした。

これからもマリオネットをよろしくお願いします。

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