後日談2
ふわふわとした感覚と息苦しさに重い瞼をそっと開けると上の方でゆらゆらと揺れる光が見えた。それから丸い気泡がひとつ、またひとつと口から零れて昇って行くのを見て、ようやく自分が水の中にいることに気がついた。右手を伸ばしてみるけれど到底水面には届きそうにもない。ただ水が手をすり抜けていくだけだった。身体は簡単には言うことを聞いてくれないくらいに重くて、「このまま沈んでいくのか」と働かない頭の片隅でそんなことを思った。
揺れる水面が遠くなるにつれて、あたりは暗い闇に包まれていく。誰もいない世界にひとり取り残されるというのはこんなにも孤独で、寒くて怖いものだなんて知らなかった。
『(レギュラスも、こんな感じだったのかな)』
目を閉じればすぐに浮かぶ彼の姿。
レギュラスは馬鹿だなぁ。何でもかんでもひとりでやってしまうところがレギュラスらしいと言えばそうであるが、同時にそれは彼の悪いところであるように私は思う。
頼りなくても少しくらいは頼って欲しかったな。
とっくの昔に私の身体から空気はなくなっているはずなのに苦しくないのは何故だろう。魔法を使った覚えなんてないし、先祖が人魚だったなんて聞いたこともない。先程から襲い来る眠気に負けないように必死に頭を回転させようとするもののそれは無駄な抵抗であるらしく、脳は目蓋を重くして閉じるように命令してくる。少しくらいなら、なんて思って目を閉じるとふかふかのベッドで眠りについたときと同じような心地よい感覚がした。
「…、…メル!」
しばらくその感覚を満喫しているとどこからか私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
こんなところに他に人がいるわけないのにね。
「…メル!」
煩いな。もう少しこのままでいさせてよ。
そんなことを思いながらうっすらと目を開けると、こちらに向けて伸ばされた手が目に入った。相手の顔は逆光でよく見えないけれどこの手の持ち主を私は知っている。間違えるはずもないレギュラスはの手だ。重い右手を伸ばしてみればすぐに掴まれ、私はそのままひっぱり上げられた。
『…ゲホッ、』
「メル!!大丈夫ですか?」
大量に水を飲み込んでいたらしく、水中から地上に上がるとすぐに飲み込んでいた水を吐き出した。
いくら水とはいえ好きな人の前で吐き出す姿を見せたくはなかったな。
荒れた呼吸を整えていると突然、レギュラスに抱きしめられた。あ、今更だけど実体化していたのか。
「馬鹿メル。何、やってるんですか」
『…ごめんなさい』
「下手したら溺れ死んでいましたよ。服を着たまま入るなんて…どれだけ酔ってたんですか」
『心配かけてごめんなさい。気がついたら水の中で、』
頭の上からレギュラスのため息が聞こえる。というか服を着たままお風呂に入るってどれだけ酔っ払っていたんだろう私。これからは気をつけないと。
更にぎゅっと抱きしめられて、私もゆっくりとレギュラスを抱きしめ返す。「本当に心配したんですからね」と言うレギュラスに私が謝るというやり取りを続けていると、ふとレギュラスが小さな声でつぶやいた。
「…怖かったですよね」
『え?』
「メルだけには同じ思いをしてほしくなかった。あんな孤独で、寒くて怖い思いなんて」
『レギュラスも、怖かったの?』
「当たり前です」
『そっか』
暗い水に沈む
『へ、へ…へくちッ!!』
「まったく。クリーチャーが心配して見に行っていなかったら本当に死んでましたよ」
『うぅ。後でクリーチャーにお礼言わなきゃ。
ん?ところでレギュラスは私のこと心配してなかったってこと?』
「…最初のうちは長風呂でもしてるんだろうな程度で思っていました」
12/19
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