アリスのためいき



01

「るいは手先が器用だな」

後ろから突然話しかけられて、るいは思わず驚いた。声にならない声が出そうになるのを必死に抑え込む。肩を震わせながら振り返ると、エドガーが背後に立っていた。

「俺のアリスに、くれるのか?」
「う、うん」

別に悪いことをしていたわけではないのだが、アリスのオーナーであるエドガーの許可なしに、余計なことはしない方がよかったかもしれない。るいの目の前で座って完成を待っているエドガーのアリスは、特に何も言わずに花茶を味わっているけれど。

後ろから手を伸ばしてきたエドガーは、小瓶に入っていた色とりどりの小さな粒の1つを取り出す。それは高貴なダイヤモンドのように輝く、深い紫色の小さなビーズだ。

「エドガーのアリスの瞳と、同じ色だね」
「そうだな」
「このビーズを、テグスっていうこの細い紐に通して繋げるの」

興味津々にるいの手元を見つめるエドガーに、手作りビーズアクセサリーについて説明する。セイランが作るものや、メルルが買い付けてくるような、商品にするほど完成度が高いものは作れないかもしれない。けれど自分や自分たちのアリスが楽しむものを作る程度なら、手作りでも十分だ。

「なんでも作れるのか?」
「うーん? 難しいものじゃなければ…」

ネックレス、リング、ブレスレット、アンクレットぐらいなら作れるが、あまり豪華なものは難しい気がする。

「エドガーのアリスにはブレスレットを作ろうと思ってたの」
「…そうか。綺麗だな」
「でしょー?」

お客さんが少ない時間とは言え、アリスサロンのテーブルに材料や道具を広げてしまったので、怒られるかと思った。しかしるいの向かいの席に座って、アリスとビーズを交互に見るエドガーは、意外にも楽しそうだ。

「俺にもできると思うか?」
「エドガーは私より手が大きいから、細かいビーズ扱うの大変かもしれないけど…、器用だからできると思うよ」
「そうか。じゃあ作ってみるか」
「時間はいいの?」
「あぁ、今スポンジを焼いてるところだ」
「そう。じゃあ、このテグスと、ビーズはここから好きなの選んでね」

るいの説明に頷いていたエドガーが、ビーズを選んでテグスに通す作業を開始する。やはりエドガーは要領がよく器用なので、1度説明しただけでアクセサリーの構造は理解できたようだった。アリスも楽しそうに2人の作業を見つめている。

2人の間に、特に会話はない。
時計の秒針と外の喧騒だけが遠くに聞こえている。

窓から入ってくるそよ風が花の香りを運んでくる。
午後の木漏れ日が時間をそっと運んでいく。
優しい時間だ。

そんな瞬間をしばらく楽しんでいると、キッチンからオーブンが止まるベルが聞こえた。集中していた2人が同時に、パッと顔を上げる。

「…あ。エドガー、どう?」
「そうだな、このぐらいあれば大丈夫だろう。終わるときはどうすればいい?」
「えっと、ギリギリのところで結んじゃっていいんだけど、余ってるところはカットして、端は隣のビーズの中に通すの」

るいの説明を聞きながらも、エドガーは手元を動かして、教えられた通りの工程を歩む。るいはエドガーの手元を見つめ、ブレスレットにしてはやけに短い作品を不思議に思う。それに経験者のるいよりも、エドガーは早く完成させたのだろうか?

エドガーは完成した作品を見つめ、そっと微笑んだ。エドガーの普段あまり見ることはない優しい笑顔に、少しだけ心音が速くなる気がして、るいはそっと頬を染めた。

「るい、手を出せ」
「え…?」

右手で自分の作品のビーズを押さえていたため、るいは言われたとおりに左手を差し出す。すると、エドガーはたった今作ったビーズのアクセサリーをるいの薬指にそっと滑らせた。

「…!!」
「ピッタリだな。…それはお前にやる」
「え、ええぇっ?」
「アリスにアクセサリーを作ってくれるんだろう。その礼だ」

ティータイムまでには片付けておいてくれ、と言い残しエドガーは颯爽とキッチンへ戻っていった。残されたるいの左手薬指には、シルバーの列の中にゴールドが1粒だけ収まったビーズのリングがはめられている。それは、彼の瞳の色を思わせるような。

るいは自分の顔が赤くなるのを感じた。

「左薬指のリングの意味って、私が知ってる意味とこの世界で、一緒なのかなぁ…」

赤くなる頬を掌で覆いながら呟くと、エドガーのアリスと目が合った。るいには、小さく微笑むアリスの笑顔が、天使か女神のように思えた。



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