「るいは手先が器用だな」 後ろから突然話しかけられて、るいは思わず驚いた。声にならない声が出そうになるのを必死に抑え込む。肩を震わせながら振り返ると、エドガーが背後に立っていた。 「俺のアリスに、くれるのか?」 「う、うん」 別に悪いことをしていたわけではないのだが、アリスのオーナーであるエドガーの許可なしに、余計なことはしない方がよかったかもしれない。るいの目の前で座って完成を待っているエドガーのアリスは、特に何も言わずに花茶を味わっているけれど。 後ろから手を伸ばしてきたエドガーは、小瓶に入っていた色とりどりの小さな粒の1つを取り出す。それは高貴なダイヤモンドのように輝く、深い紫色の小さなビーズだ。 「エドガーのアリスの瞳と、同じ色だね」 「そうだな」 「このビーズを、テグスっていうこの細い紐に通して繋げるの」 興味津々にるいの手元を見つめるエドガーに、手作りビーズアクセサリーについて説明する。セイランが作るものや、メルルが買い付けてくるような、商品にするほど完成度が高いものは作れないかもしれない。けれど自分や自分たちのアリスが楽しむものを作る程度なら、手作りでも十分だ。 「なんでも作れるのか?」 「うーん? 難しいものじゃなければ…」 ネックレス、リング、ブレスレット、アンクレットぐらいなら作れるが、あまり豪華なものは難しい気がする。 「エドガーのアリスにはブレスレットを作ろうと思ってたの」 「…そうか。綺麗だな」 「でしょー?」 お客さんが少ない時間とは言え、アリスサロンのテーブルに材料や道具を広げてしまったので、怒られるかと思った。しかしるいの向かいの席に座って、アリスとビーズを交互に見るエドガーは、意外にも楽しそうだ。 「俺にもできると思うか?」 「エドガーは私より手が大きいから、細かいビーズ扱うの大変かもしれないけど…、器用だからできると思うよ」 「そうか。じゃあ作ってみるか」 「時間はいいの?」 「あぁ、今スポンジを焼いてるところだ」 「そう。じゃあ、このテグスと、ビーズはここから好きなの選んでね」 るいの説明に頷いていたエドガーが、ビーズを選んでテグスに通す作業を開始する。やはりエドガーは要領がよく器用なので、1度説明しただけでアクセサリーの構造は理解できたようだった。アリスも楽しそうに2人の作業を見つめている。 2人の間に、特に会話はない。 時計の秒針と外の喧騒だけが遠くに聞こえている。 窓から入ってくるそよ風が花の香りを運んでくる。 午後の木漏れ日が時間をそっと運んでいく。 優しい時間だ。 そんな瞬間をしばらく楽しんでいると、キッチンからオーブンが止まるベルが聞こえた。集中していた2人が同時に、パッと顔を上げる。 「…あ。エドガー、どう?」 「そうだな、このぐらいあれば大丈夫だろう。終わるときはどうすればいい?」 「えっと、ギリギリのところで結んじゃっていいんだけど、余ってるところはカットして、端は隣のビーズの中に通すの」 るいの説明を聞きながらも、エドガーは手元を動かして、教えられた通りの工程を歩む。るいはエドガーの手元を見つめ、ブレスレットにしてはやけに短い作品を不思議に思う。それに経験者のるいよりも、エドガーは早く完成させたのだろうか? エドガーは完成した作品を見つめ、そっと微笑んだ。エドガーの普段あまり見ることはない優しい笑顔に、少しだけ心音が速くなる気がして、るいはそっと頬を染めた。 「るい、手を出せ」 「え…?」 右手で自分の作品のビーズを押さえていたため、るいは言われたとおりに左手を差し出す。すると、エドガーはたった今作ったビーズのアクセサリーをるいの薬指にそっと滑らせた。 「…!!」 「ピッタリだな。…それはお前にやる」 「え、ええぇっ?」 「アリスにアクセサリーを作ってくれるんだろう。その礼だ」 ティータイムまでには片付けておいてくれ、と言い残しエドガーは颯爽とキッチンへ戻っていった。残されたるいの左手薬指には、シルバーの列の中にゴールドが1粒だけ収まったビーズのリングがはめられている。それは、彼の瞳の色を思わせるような。 るいは自分の顔が赤くなるのを感じた。 「左薬指のリングの意味って、私が知ってる意味とこの世界で、一緒なのかなぁ…」 赤くなる頬を掌で覆いながら呟くと、エドガーのアリスと目が合った。るいには、小さく微笑むアリスの笑顔が、天使か女神のように思えた。 |