沢田奈々緒が去った後、そこには気不味い空気が流れていた。
「カルマ君...貴方も懲りないですねぇ。」
やれやれと先生は肩(?)を竦めた。
腹を押さえて蹲る彼は復活する兆しが見えない。と思ったら殴られた場所を庇いながら立ち上がった。顔色が悪いがそこそこ元気そうだ。
「イテテ...これくらいなら手加減された方だよ。それに、今の奈々緒は本調子じゃないからそんなに痛くなかったし。」
青褪めた顔で言われても強がっているようにしか見えない。その姿に先生はプククと笑った。
「いや、本当だって。奈々緒が本気だったら胃の中の物全部吐き出して気絶する自信がある。」
「どういう自信なのそれ。」
「それだけ奈々緒のパンチがヤバイってこと。」
奈々緒は強いよーと彼は自慢気に話した。
「ヌルフフフ...沢田さんが全力で殺しに来てくれるのはいつですかねぇ。楽しみです。」
「まあ今のままじゃ無理そうだけどね。」
あれじゃしばらく口聞いてくれないなとカルマ。
それを聞いた二人は今までと変わらないのではと思ったが敢えて口には出さなかった。
「カルマ君は随分沢田さんに詳しいですね。」
「まあね、一年の時から見てるし。知らない事の方が多いいけど。」
彼が崖下を見るとちょうど話題の彼女が走っていた。
「ああそうだ。知ってる?奈々緒さ、今怪我してるんだよね。」
「え?!そうなの?」
「うん。昨日また喧嘩しててその時に。」
そう言って彼は左腕をとんと叩いた。
「ここ、結構腫れてると思う。今日ずっと俺の事不自然に避けてるなって思ったんだけど、あれ怪我してるからだよ。」
避けているのもいつもでは?と、二人は顔を見合わせた。
「いつもなら触わる前に叩かれるか触ってからのどっちかなんだけど、今日は触られるの事態が嫌って感じで避けてた。」
「カルマ君...セクハラは止めましょうね。」
「スキンシップだよ。スキンシップ。」
「相手が嫌がるならそれはスキンシップとは言いません。嫌がらせです。」
顔にバツを浮かべて注意するが意に介す素振りが見えない。
「カルマ君!!」
「わかったよ。それよりさ、奈々緒が誰と喧嘩してたか気にならない?」
「...色々な方としているのですよね。」
先生が強く呼ぶと彼は静かな口調でそう言った。
全然わかっていない彼にまだ何か言いたそうにしていたが彼の意味あり気な質問に逡巡して答える。
「そう。でもね、そこらの不良が奈々緒に怪我負わせるなんて無理な話だよ。それだけ強いんだ。」
ふざけた顔が真面目なそれへと一変。
渚君も知ってるでしょ?と、その方に顔を向ける。突然振られて驚き、戸惑いながら彼はうんと、答えた。
「おや、渚君もご存知でしたか。」
「一度沢田さんに因縁のある人たちに絡まれた事があって...その時に。沢田さんは一人なのに相手は十人以上の不良グループで...危ないと思って止めたけど結局、沢田さんが無傷で勝ったんだ。」
「想像以上ですね。これは俄然楽しみになってきました。」
彼らの話を聞いて先生はわくわくした。
「で、話戻すけど、奈々緒は俺たちが知らないだけで結構たくさんやってる。怪我しないし問題になってないのもあってかなり多い。この二年ちょっとでどれぐらいやったかな?」
「そんなに...」
「そのほとんど全てを無傷で済ますって凄いよね。二、三人ならともかく大勢で奈々緒に挑む奴らもいるのに。」
「そんな彼女に怪我を負わせる人物ですか...確かに気になりますねぇ。」
「そいつ奈々緒の幼馴染みらしいよ。そこら辺の人掴まえて聞いたらそう言ってた。月に一回は必ずやってってだいたい痛み分けで終わって、喧嘩と言うよりはむしろ挨拶みたいなもんだって。」
「今月はもう二回も...あんな怪我をするものが挨拶ですか…些か信じられませんねぇ。」
一度見たことがあるそれを思い返すがどう考えても挨拶程度のやり取りでできるものに思えない。
「嘘って感じじゃなかったよ。終わった後結構仲良さげに話してたから。」
少しむくれている顔に先生はおやと何かに気付いた様だ。それからはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて彼を見る。そんな目で見られて気を良くする人はいない。
そんなつもりでやった訳ではないが彼は財布の中身を全て募金されると言う仕返しを受けることになる。
閑話
嫌な記憶ほど唐突に思い出す。