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自分の力で何かを成すのが好きな、大人からしたら可愛くない子供だったのだろうと今となっては思う。
昔から対価をもって人と提携してプロジェクトを成功させ、成果をまとめて自分の力とすることは、大なり小なり楽しかった。
私のことをまだ小さいからと下に見てきた大人に対して「見さらせこれが私の力じゃい」と見せつけるのが気持ちよかった。

「京都から越してきました、名字名前です。前の学校にも自転車競技部があったんですけど、変な時期の転校なんで、色々と途中なままになってしまって悔しかったのでここでも自転車競技部でマネジメントしたいと思ってます。よろしくお願いします」

六月。夜の間に大雨があり、未だ空気は湿度でわずかに重く、肌にまとわりつく。
教室に地域差は少ないな、と思いながら見渡すと、転入手続きと同時に提出した入部届を見た担任が「クラスにインハイメンバーに選抜された自転車競技部の奴がいる」と言っていた通り、廊下側には制服の上からでもわかるような筋肉をした生徒が座っていた。
この箱根学園の自転車競技部と言えばロードレース好きに知らない人は少ないだろうというほどの強豪だ。
私が前に通っていた京都伏見も京都では自転車の名門校で全国で戦っていたし、二桁ゼッケンを獲得するほどの強者ではあったけれど、それとは比べ物にならない。この学校が背負うのは優勝校にしか与えられないシングルゼッケンだからだ。
……今年の京都伏見はどうなるか分からないけれど。

指定された席は窓際の一番後ろで、じっとりした季節ではさほど嬉しくもない。
夏になったら冷房がつけられるし、今時窓際の恩恵は水泳の授業終わりに窓を開けたときくらいだろうか。
降り出す小雨を窓越しに眺めるつもりで外に目を向けると、自転車競技部の部活棟が見えた。
窓際の席も案外悪くないかもしれない。



強豪校だからか、自転車競技部には並々ならぬ予算がかけられているらしい。
元々自転車競技なんてただならぬ金額が動くものではあるけれど、トレーニング用の部活棟は敷地も広く、ガラスが多く使われ採光も申し分ない。清掃が定期的に入っているのか、ガラス戸から見える室内は清潔が保たれていた。

「お邪魔します、今日から入部する名字です」

少し重い戸を開けると思いの外大きな音が鳴って、トレーニングをしていた部員がちらほらこちらを振り向く。
顧問教諭によると、この学校の自転車競技部は男子の部しか無いらしく、その上現在は女子のマネージャーも特に在籍していないらしい。このドアを開ける女子は珍しいのだろうか。向けられる視線が外れる気配が無い。
しかしながら特に案内をする気も無いらしく、私と部員たちとの間には静寂のみが流れる。

「えーと……部長さん居はりますか?」
「あ、ああ。福富さんなら部長会議で、まだ……」

ローラーを出していた部員が恐る恐るといった様子で答えてくれたが、やはり距離感がある。これからのことを考えると少し頭が痛いが、最初だからだろう。どうということはない。
しかし、部長が居ないとなると下手に行動も出来ないな。おそらく部長が来てからミーティングも始まるのだろうし。開けた扉をそのままに、屋内に入るにも入らず逡巡していると、不意に視界に影がかかる。

「名字さん、とりあえず入りなよ」

見上げると、教室で見た顔がこちらを覗き込んでいた。覗き込んでいたというよりも見下ろしていた、と言った方が正しいだろうか。長い睫毛が頬に影を作っていて、顔立ちだけは中性的なのに体があまりにも出来上がっているものだから、教室では一際目を引いた。

「泉田さん」
「うん」

邪魔になっていたのに気がつき、すぐに屋内にすすむ。
中に入ると余計広さを感じるつくりになっている。L字になっている建物の長辺にローラーがずらりと並んでいる様子は圧巻だ。普通ローラーの練習は場所を取るから、屋外でやることが多いのだが、この学校は広い屋内をこれでもかと利用しているらしい。雨が降っていても変わらず練習できるのは大きなメリットだろう。

「確かマネージャーとして入部するって言ってたよね。部長が来るのは多分もう少し先だから、先に手伝いをはじめてもらってもいいかな」
「ああ、うん。分かった」

ローラーの場所を一番最初に声をかけてくれた部員に教えてもらいつつ準備をする。ローラー一つとっても値が張るのにも関わらず倉庫にはたくさんの数用意されており、一体どれだけの予算と部費が動いているのだろうと脳内電卓が音を鳴らした。おそらく申請すれば概ねのことが通るくらいには部費もそこそこプールされているだろう。
ああ、わくわくする。



「新しい部員だ」
「二年の名字名前です。先日転校してきたばかりでなんなんですけど、部活は全国的に見てもボランティア精神に寄っ掛かりすぎとる節があります。私はそれを労働力軽視の面や、選手の体調管理などの面から良しとしたくありません。マネージャーとして、この部にプロを噛ませて全力でマネジメントするつもりで入部しました。予算運用は自信があります。よろしくお願いします」

部員たちは女子部員が入るということと、サポートが手厚くなるということに若干浮き足立っている様子が見て取れた。前者の理由はとりあえず、モチベーションにつながるのであれば多少目を瞑ろう。
マネジメントに関しては顧問教諭に先に話をつけている旨を部長に伝えると静かに頷かれた。恐らく肯定の意だったのだろうと思う。同時に、部長の周りに居た三年生も話は聞いていた。『今まで部員が回していたサポートにプロが入ると可処分時間が増えるし、その道のプロに任せることのできる事柄は任せていくべきだ』と、カチューシャをつけた先輩が納得したのを皮切りに、三年生の間でも肯定の雰囲気が大半となったように思う。慣れたようなこの口ぶりを見るに、カチューシャの先輩はどこかで経営に関わったことがあるのかもしれない。





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