申し訳程度のラブ


 大学生の夏休みは長い。そして、ロードレーサーの夏休みは過酷だ。
 炎天下の中滝汗をかきながら戻って来た部員にタオルとぬるいスポーツドリンク、冷たいお水を一本ずつ手渡す。ロードはマウンテンバイクと違い舗装されたコンクリートの上をひたすらに走る。夏ど真ん中の今、コンクリートの上は陽炎がゆらめき、犬の散歩は危険だなんて言われている。自転車は速度も早く風も切るが、それでもコンクリートからの暑さと空から降り注ぐ紫外線からは逃れられない。スタート前にしっかりと日焼け止めを塗るのだが、それも汗とともに流れてしまう。

「いってえ〜……」
「かわいそになあ」

 ユキと純太くんと一緒に帰る道ももう慣れた光景になった。二人は自転車を押して、私はその隣を歩く。時々そのままご飯を食べに行ったりもする。

「手嶋ってもしかしてあんま黒くなんないやつ?」

 ゆっくりと日が落ちている夕暮れ。アブラゼミの鳴き声が耳に突き刺して、影は長く落ちている。
 真っ赤になった腕をさする純太くんを私たちが囲う。インカレ大会も目前に迫って、授業も休みになった一日の大半は練習に注ぎ込まれる。私も日焼け対策はしっかりしているつもりだが、少しだけ焼けてしまっている気がする。純太くんはその比ではなく、もはや痛々しい。

「そうかも。なんで俺はこんな焼けてお前はそんななんだよ」
「知らねー」

 二人の話に頷きながら日焼けのケアについて調べる。日焼けというのは軽度の火傷だ。ケアローションはあれど、結局は冷やすのがいいらしい。

「あれ、今日名前手嶋んちの日?」
「うん」

 お互いを知るという名目で交際というレッテルを使い出した私たち二人は、月に数日二人の時間を設けることにした。お互い部活や仕事に忙しく、学校にいる時間だけともに過ごすのも学部が違う二人となるとなかなか難しい。そこで、月に一度お互いのスケジュールを開示して、二人ともが夜に時間のある数日を選んでともに過ごすことにしたのだ。基本的に何をするでもなく、お料理を教わったり、好きな映画やドラマを紹介したりして時間を過ごすことがほとんどだ。

「じゃあ明日朝も二人一緒か。朝飯食いに行こうぜ」
「ええな。コメダのモーニング食べたし」
「あー、いいね」

 純太くんの家とユキの家はほど近く、私が純太くんの家に泊まると時折三人で朝ごはんを食べる。夏の朝は気持ちよくて、眠い目を擦りながら連れ立って朝ごはんを食べに出る時間は好きだった。

「ほなまた明日」
「寝過ごすなよな」
「寝過ごすならお前らだろ」
「はっ倒すぞ」

 ○

「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」

 純太くんお手製のお夕飯をいただき、私はその食器を洗う。手分けして家事をしている時、純太くんはこういうことに向いているんだなと感じる。私は料理は得意では無いし、掃除もさほど積極的に調べて何かを試したりはしない。洗濯だって、必要があるからやっているが、乾燥機付き洗濯機を買うことでそういったことに割く時間を極力減らす努力をしたから成り立っている気がしている。
 純太くんはそういった細々したことを楽しめる性格らしかった。少し工夫して何かをしてみたりすることが達成感に繋がっているという話を聞いた。私はそれがよく分からなくて、すごいねと言うだけしか出来なかった。
 そういう話を純太くんとする時、同じ部屋に長く暮らすことを考える。それを人は同棲だとか、事実婚だとか、そういう風に言う。私が夜まで仕事があれば純太くんがご飯を作って待っていてくれるのかもしれないし、反対に純太くんが忙しい時は私がフォローすることもあるだろう。お互いが同じパフォーマンスをできるわけではないから、それぞれの手法でお互いを支え合う。それは今私がマネージャーとして純太くんを支えていることに似ていて、しかしそれは私生活に食い込んでいる。

「名前ちゃん?」
「あ、ごめん考え事。何かあった?」

 食器を拭きながらぼんやり考えていたら、いつの間にか隣に純太くんが立っていた。食器を拭くなんてことも純太くんの家に来た時にしかやらなくて、考え事の要因でもあった。
 振り返ると純太くんは心配そうに私の首に手を当てた。急所に当たるからか純太くんは手に力を込めていなくて、触れた甲はヒンヤリしていた。
 彼は少し悩むように唸って、熱は無いんだよな。と呟いた。

「心配性やなあ、もう。大丈夫やよ」

 当てたれた手を取って頬へ当てる。今度は手のひらをペッタリと付ける。甲はあんなにも冷たかったのに手の甲はほんのりと暖かい。ハンドルを強く握っているからか少しささくれ立った手のひらは私のそれより乾燥している。

「あんま可愛いことしないでえ……」
「だは、何それ?」
「こう、色々したくなっちゃうから……」

 風呂に入ってすでに上気していた純太くんの頬がより赤く染まっていく。純太くんは恥ずかしい時に口元を隠す癖がある。私はそうやって、困ったように下げられた眉や薄く握られた手が口元にある様子が嫌いではなかった。今この人は私に弱いところをさらけ出しているのだな、という実感があった。

「今日はしてもええよ」
「そういう事言うじゃん」
「あかん?」
「あかんくないけどさ……」

 薄く目を閉じて待っていると、ゆっくりと唇が重なった。それはすぐに離れて、純太くんの手が私の頭と腰に回ってまた重ねられた。唇が付いたり離れたりを数回繰り返して、自分がまだ布巾を握りしめていたことに気がついた。

「純太くん、ちょっと」
「ん、ああ、うん」

 布巾を台に戻して手を洗う。少しふわついた頭にその水は少し冷たい。
 純太くんと付き合う以前、適当な人間と交わすキスは自傷に近かったのかもしれない。セックスに関しては私は快楽を拾うことに長けていて、それらを求めていた部分が大いにあるがキスは違う。される度にあの日の幼馴染の濡れた瞳を思い出していた。だが知るという理由がある今、そんなことを思い出している暇はあまり無く、純太くんの手の動き、視線、体温を追うことに必死だった。



「本当に寝過ごすやつがあるかよ」
「ごめんやん」

 翌朝、待ち合わせに遅れた私たちをユキは呆れた様子で待っていた。二人揃って走って来た私にため息混じりに挨拶をして、少し笑っていた。

「名前」

 喫茶店で純太くんがお手洗いに行き席を外した時、思い出したようにユキが私の名前を呼ぶ。まだ少し眠そうにテーブルに凭れかかって窓から差し込む朝日に目を細めていた。

「なあに」
「ちゃんと楽しいのかよ」

 ユキがぶっきらぼうに言葉を投げかける時、そこに優しさがあることを私たちは知っていた。どれだけ言葉を適当に投げたとしても言葉は優しく、人を気遣っている。彼はなんだかんだ真面目で気遣いの人だった。

「楽しいよ」
「ふーん」
「高校の時と同じくらい」
「そーかい」



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