pop rain


 深い意味はなかった。喫茶店で相席になり、進化の石が好きだというから、社交辞令で店に誘っただけ。本当に来るとは思わなかったし、あのミアレ出版の記者だというのもここで知った。
「やっぱりここにはオーソドックスなのが多いですね」
 文句でもつけているんだろうか。確かに余り珍しい石はないが。まあ店の事情だから俺は口を出す気はない。
「やっぱ綺麗ですね」
「はぁ……」
 いしやで働いておいてなんだが、俺は石が嫌いだ。前はそうでもなかったが、カロスが大きく傾いたあの一件からどうも苦手だ。キーストーン、メガストーン、最終兵器。
「レンゴクさんは、どんな石がお好きですか?」
 ねぇよ。
 咄嗟にそう答えそうになって口を抑える、相手、名前は確かアザレアだった、筈は首を傾げたが、またすぐ話しかけてきた。少しは空気を読んで欲しい。
「レンゴクさんは、最近入った店員さんですよね? 以前はなにされてたんですか?」
「……」
 フレア団のレンゴクは、もういないんだ。……あのムカつく男も。
 そう、もうどうしようもないことだ。
「……適当に。バイトしてたよ」
「そうなんですか」
「君仕事はいいのかい? ミアレ出版は忙しいって聞いたけど」
「あ、今日はオフなんですよ。お陰でレンゴクさんと出会えました」
「は……?」
「また来ますね」
 アザレアは足取り軽やかにいしやを出て行く。気の利いた挨拶もできないまま俺はその背中を見送った。



「あー……」
 その次の日、隣町まで買い出しに行った俺はベルサン通りで大きく息を吐いた。
 降られた。空気読めよ雨。俺の不機嫌と比例するように悪くなって行く天気。雷まで鳴り出した。マジ空気読めよ。これはやみそうにないな。店まで走ろう。
「レンゴクさん?」
「! アザレア…君」
 傘を差したアザレアが立っていた。
「降られちゃったんですね」
「……まあね」
「入ります?」
「え……」
「間違えて大きめの傘持ってきちゃったんです。余裕あるんで」
「じゃあ……お世話になろうかな」
「はい!」
 図らずとも相合傘。まあ店に着くまでの我慢だ。と一歩足を踏み出した時。
「……?」
 袋を持ち上げると下に引っ張られる感覚があった。不思議に思い下を見ると。
「……トリミアン?」
 野生だろうか。白い犬のポケモンが袋を噛んで引っ張っていた。離してくれないことには、と引っ張るとあろうことかそのポケモンは袋を噛んだまま駆け出した。
「おっおい!!」
「レンゴクさん!?」
 引っ張られこけないようにトリミアンに着いて行く形になってしまう。暫く走ると、草むらの側の穴でトリミアンは止まった。ああもうびしょびしょだよ。
「なんだよ……」
 覗け、とでも言うように穴を指し示すのでいやいやながら覗いてみる。中にいたのは小さなトリミアンで、なにやら苦しそうで息が荒い。
「レンゴクさんっ! 大丈夫ですか?」
 遅れてアザレアがやってくる。俺は黙って穴を指してやる。アザレアも覗き込むと、あ、と言った。
「病気ですかね。きずぐすりで治るかな……」
「少なくとも、助けてやる義理はないけどね」
「そんな……」
 俺を連れてきたトリミアンがくぅん、と鳴く。そんな顔したってだめだから。
「一回人間を頼るようになると、次もやるよ。手持ちにする気もないのに無責任なところない?」
「でも……死んじゃうかもしれないじゃないですか」
「死ねばいいんだよ」
 アザレアが目を見張る。俺も自分の声の冷たさにびっくりした。ああ、そうか。
「……ふふふっ」
「レンゴクさん?」
「俺はね……フレア団幹部をやっていたんだよ」
 びっくりしてばっかだね。アザレア。そうだよね。
「人を利用するのが得意だった。……でも始まりは、俺の小さな友達だった。可愛いペロリームがいたんだよ。親子でペロッパフもいてさ。で、俺はそのペロリームと崖から落ちかけたんだ。その時一緒にいた奴が、二人とも落ちるくらいならと俺だけを助けたんだ」
「……」
「俺は俺の小さな友達に報いたくて、色々やった。でも今はなんだろうね。簡単にポケモンを見捨てようとした。本当、最低の男だよ」
 苛立っていた、は理由にならない。俺もあの時のフラダリと一緒なんだ。
「病院、連れてこうか」
「はい……」
 なにか言いたそうなアザレアに気づいたけど、聞くことはしなかった。
 雨はまだまだやまない。



「少し休めば、よくなるでしょう」
 医者はそう言って、トリミアンにベッドを当てがった。俺たちを連れてきたもう一匹のトリミアンは、心配するように傍らにいる。
「レンゴクさん」
「まだいたのか」
 こいつは俺に失望したんじゃないのか。
「ほっといてくれないか」
「できません」
「は?」
「寂しがってる人の傍はおれ、離れられません」
「は?」
 寂しがってる?
「……レンゴクさんはその小さな友達のこと、ずっと背負って、道まで間違えて。それでも生きて行かなきゃいけなくて。……それはとても寂しいことだと思うんです」
「なにを」
「トリミアンのことも、結果病院に連れてきた。……優しい人なんですよ」
「やめろ」
「あと、レンゴクさんは素敵な人です。おれ一緒にいて楽しかったですよ。だから、自分を卑下するのは悲しいです」
「あれは俺は適当にあしらってただけで……」
「それもレンゴクさんでしょう……?」
 へたれっぽい、頼りにならない男だと思っていた。
 でも、そんな男が、初めて俺を見てくれた。
「アザレア」
「はい」
「手を繋いで欲しい……」
「はい」
 甘えてしまうことは申し訳なかったけど、そうでもしないと泣いてしまいそうだった。
「あ、雨やみましたよ」
 病院の窓から切り取られて見た景色は、洗いざらしのビルを太陽が包み込むように照らす、見たことのない世界だった。
 いや、俺が見ようとしなかった景色。世界はこんなに美しかったんだ。
 掌に感じる俺以外の体温。それに気づけたことが、なにより嬉しかった。


【170707】

黄泉宅アザレアくんお借りしました。

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