LosTIME Maker!

拙宅短編 花村一珂

 花村一珂は一介のOLである。
 なので平日の朝八時過ぎなんかは、きちきちに人の詰まった電車に揺られている頃だ。なので、そんな時にかかってくる電話など、相手も見ずに切る。
 ……それが繰り返されて三回。周りの視線もキツくなり、迷惑そうにジロリと見てくる人数も増えた。一珂は、それらから意図的に視線を外つつ、窮屈な中でスマートフォンを取り出した。

 着信:加賀其 怜南 三件

 そんなこったろうと思った、と眉を顰めると同時。

(こいつ……今、海外じゃなかったか?)

 フと。確か六年前くらいに、連絡は必ず無料メッセージアプリを使うようにと念を押された記憶がある。というのも、国際通話の料金は馬鹿にならないから、と。そしてそのまま、じゃあまたね! と元気よく飛び立っていったのが、昨日のことのようだ。……それはそれとして。
 しかし、今かかっているのは通常の電話。某リンゴ社製スマートフォン特有の、例の着信音が鳴る方でかかってきている。
 ちくちくとした視線に促されながら、一珂は応答拒否を選択した。マナーモードで最低限のルールは守ってるでしょうが! という彼女の心の叫びは、寸でのところで辛うじて飲み込まれた。
 ——四回目。

(ああーっ! 世話の焼ける!)

 通勤者は誰も降りないような駅で、一珂は声を張った。

「すみません、降ります!」

 キツキツの人波をかき分けてホームに降りると、駅の化粧室へ足早に向かいながらディスプレイの応答ボタンをタップする。

「おっっっまえ、マジふざけんじゃねーーーよ!」

   ***

 イタリアから日本まで、乗り継ぎ込み込み十四時間のフライト。時差がプラス七時間。向こうを午前十一時に出ると、乗り継ぎを挟んで翌朝八時に東京着の計算となる。
 国際線のターミナルでポツンと突っ立っていた怜南を回収した一珂は、そのまま空港内のカフェにズカズカと入店した。

「ブレンドと季節のタルト。あとホットティー、ミルクと砂糖つけてください」

 それから、真正面で縮こまる怜南を見て。

「お前の奢りだから」

 面倒くさそうに吐き捨てれば、「……知ってるよ」と返ってきた。

「よかったね。私が丁度、生理きてて」

 頬杖をつき、忙しそうにフリック入力をする一珂に、怜南は目の前の彼女が休暇の申請をしていることを悟った。

「ごめん」
「謝るなら最初からやるなアホ」
「……ありがとう、一珂」
「よろしい。そんで?」

 カカカカカ、と小さく連続する入力音を鳴らし続けながら、一珂は鋭く尋ねる。彼女は、怜南の性質をよく知っていた。原因や理由を曖昧にしておくと、曖昧なまま同じことをしがちな怜南から、本件の原因や理由を明確に引き出す必要があった。

「なんで急に呼んだの」

 怜南が浅く息を吸う。

「……一珂なら、」

 そこで、怜南の薄緑と一珂の鈍色がぶつかった。

「一珂なら、断ってくれると思ったから・・・・・・・・・・・・
「……お前まさか……」
 一珂の頭が痛んだ。これは月経由来のものではない、と瞬時に理解した。高校時代と同じ——

「これで分かった。ありがとう」

 痛みに眉を寄せる一珂に、怜南が萎んだ笑みで返した。

「閉じてもらったけど、やっぱりまだ、治ってないみたい」
「お待たせいたしました。ブレンドコーヒーと季節のタルト、ホットティーでございます」

 現れた店員に怜南は小さく会釈をし、それから。

「用意してもらったのに、ごめんなさい。お願いします、お金は払うので、ホットティーは下げてください」
「わかりました」
「怜南ッ! ちょ、店員さん待ってくださいっ」

 店員はコーヒーとタルトだけをテーブルに置くと、引き止める一珂の声が聞こえていないかのように踵を返す。なんだなんだとザワつく人々も、怜南の「お願いします、気にしないでください」という一言で、すぐにこちらから視線を外す。
 一珂は、半ば睨むように怜南を見上げた。びくりと肩を揺らした彼女は、うろうろと視線を彷徨わせてから、体の前で両手を握りしめた。

「あの……ごめんね、ホントに。その……」
「はっきり言え」
「……試すようなことして、すみませんでした」

 それから怜南は俯いた。そのまま、ぽつりぽつりと言葉をテーブルに落としていく。

「今までずっと、忘れてたよ。忘れてたけど、あのとき『お願い行かないで』って、言っちゃダメだ、って思った。咄嗟に思ったの。そしたら怖くなった。すごく怖くて……ねえ一珂ごめんね。本当にごめんなさい……。もう言わない、何もお願いしないから……」

 花村一珂は一介のOLである。
 だから、親友にこんなことを言われたって何もできやしない。ただ話を聞くくらいなものだ。

「馬鹿にすんなよ。こちとらお前のワガママなんて慣れっこなんだよ」

 あと、少しの慰めだけ。



2021/09/29


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投稿日:2025/06/06
最終更新日:2025/06/06

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