LosTIME Maker!

紐育異聞録 04

 今年のニューヨーク・イースターのエッグハントを辞退するためには、犯人につながる手掛かりを早急に見つけ出す必要がある。それはアーウィンが不在であっても変わらない。
 その日のうちに街へと繰り出した二人は、行き先を決めないまま道行く人々を窺った。周囲の様子を掴みながら、我々のシノギを改めて見に行くか、直近の事件現場に赴くかを考える。
 大衆の話題は、イースターで持ちきりだった。聖パトリック・デイに続くお祭りムードに触発されてか、人出が多い。……爆破事件が複数回あったにも関わらず、普段通りにイベントが敢行されるのだから、この地域の人たちはしたたかだ。
 いつもより人の多い五番街を、いつも通り進んで行くフィンレーとは対照的に、シリルは人とぶつかりそうになりながら、都度歩く速度を緩めていた。なにしろ普段は、人通りの少ない裏路地ばかり歩いているので。
 ミッドタウン・イーストを南下する。グラマシーの辺りまで向かうのに、おおよそ1時間はかかる。
 えっちらおっちらと人を避けていると、不意に二の腕を捕まれ、横道に引き込まれた。よろめきながら、掴まれた腕の先を辿れば、フィンレーの面倒臭そうな顔に行き着いた。

「遅ェよ」
「すいません」
「……」

 じ、と。フィンレーがサングラス越しにシリルを見る。
 少しののち、掴まれていた腕をポイ、と離された。放られた腕を擦りながら、シリルはフィンレーを見やる……が、既に彼との視線は合わない。
 周囲を探るように背筋を伸ばしたフィンレーは、ある一点に数秒、目を留めると、シリルに向かって軽く顎をしゃくった。

「行くぞ」

 歩き出す背中の先、小さなイーゼルのような看板があるのが見える。分かりにくいが、おそらく飲食店だ。よくよく目を凝らせば、建物と建物の隙間にキュッと押し込んだような、小さなカフェが見えた。
 シリルは大股でフィンレーの隣に並び、ちらりと彼の顔を見た。面倒臭そうな表情は変わらない。

「カフェですか」
「……」

 声をかけると、サングラスの隙間から、眇めた目がこちらを睨んだ。

「どうせこういう店には人が来る。被害に遭ったバーも近い」
「……なるほど」
「足だけじゃ分かンねぇこともある」

 得心がいったシリルは、こくりと浅く頷く。つまり、客同士の会話から情報収集をしよう、ということだ。
 ……ついでに、人知れずホッと息を吐いた。短い時間だったとはいえ、慣れない人混みを抜けてきたシリルは、少しばかり疲弊していた。このタイミングで休憩ができるなら、丁度いい。
 昼過ぎであるにもかかわらず、立地の関係か店内は空いていた。バイトだろう若年の店員と、老齢の女性客がひとりいるだけの空間は、春の空気に似合った落ち着きがある。
 座席に座るなり、店員にアメリカンコーヒーを頼んだフィンレーは、シリルに向けてメニューを差し出した。

「いりません」
「オレンジジュースひとつ」
「……いえ、彼と同じものを」

 フィンレーがシリルを見、半笑いでメニューを閉じる。
 果たして、アメリカンコーヒーが二つ到着した。
 例に漏れず、この店も暖房がガンガンに効いていたため、二人は各々アウターの前を開ける、脱ぐをして体温調節をする。加えてシリルはマフラーを外し、フィンレーはニット帽とサングラスをテーブルに追いやった。

「あンまり深刻に捉えてねェようだな」

 口火を切ったフィンレーを上目で伺いながら、シリルはコーヒーで口内を潤した。配合の関係か、だいぶ酸味が強めだ。それからフィンレーの言った内容を反芻して、ぱたりと瞬きをした。
 頬杖をついた彼が、横を見つめていた。視線の先、外を見ているのか、窓を見ているのか、判別がつかなかった。

「爆破事件の話だ」

 少しだけ眼差しを寄越して、また外を見る。
 確かにそうだ、とシリルは口内でコーヒーを転がしながら内心で頷いた。
 個々人の感情を持ち出せば、中には一連の事件に対して恐怖を覚えたり、生活への不安を感じる者もいるだろう。しかしマクロな目線……大衆の様子を見れば、事件なんてそっちのけ。街中イースターで賑わっている。
 聞くところ、その爆破事件の犯人と思しき人物——新聞では〈破壊者〉と呼ばれていた——を信奉する人々もいるため、人口比で事件に対する負の感情が多少、希釈されているのかもしれない。

(……)

 そう考えたところで、シリルの脳裏に疑問がぎる。

「彼の信奉者は、どこから湧いたんですか」
「……ア?」
「〈破壊者〉を崇める人です」

 瞬きをひとつして、フィンレーは視線をこちらに向けた。すらりとした眼差しは、納刀のような滑らかさだった。
 身体から、こちらに向き直った彼が、コーヒーをひと口。

「元々マンハッタンにァ、カジノが無かったンだよ」
「……カジノが無かった?」

 復唱すれば、フィンレーは視線で頷いた。

「確か……3年前か。何店舗かでき始めて、それに乗っかってウチも少し進出した。それが今回、被害に遭ったとこだな」
「元々無かったところに、新しいものができた」
「ああ。カジノなンざ、望まねェヤツは望まねェ」彼がハ、と鼻で笑った。「だから、要らねェモンを排除してくれたっつうンで、ありがたがるのがいる」

 信奉者なりファンなり、事物に熱心な人間の増え方は、坂道に置かれた雪玉に似ている。
 大きくなればなるほど、制御が効かなくなる。尖った石が紛れ込む。他人を巻き込む。崩れ方も派手になる。
 ——いま。雪玉は、どれくらい大きいのだろうか。
 そこまで考えて、シリルはコーヒーに口をつけた。若干冷めたせいで酸味がより強くなっていて、思わず途中でカップを置いた。もう無理だ。同じコーヒーを飲んでいるはずのフィンレーを上目でうかがう。あまりになんでもないように飲んでいるので、もうちびりと口をつけた。無理だ。
 カップをソーサーに置いたフィンレーが、また頬杖を付いて外に視線を——

「——テオくん?」

 すぐそばから、老齢の女性の声がした。シリルがパッと顔を向けると、50代くらいの老女がいる。彼女の雰囲気に似合いの、淑女然としたロングスカートが、春風に吹かれてくすぐったそうに揺れた。
 フィンレーは返事をしない。ただ顔を見せぬよう、額に手を当て項垂うなだれている。……その様子がになっているとは思わないのだろうか。
 もちろん、シリルは『テオ』という名前ではない。

「呼ばれてますよ」
「……クソッタレ……」

 びっくりするほど小さな声で悪態をついたフィンレーが、観念したように覆っていた手を外した。女性を見上げ、溜め息混じりに口を開く。

「……どーも、ドランスフィールドさん」
「やっぱりテオくんだわ。……ふふ、ジョゼフでいいわよ。そちらの子も、こんにちは」
「こんにちは」

 「ここ、いいかしら?」と尋ねる彼女に、否定する理由も無かったシリルは「どうぞ」と返した。フィンレーの顔は見ていない。
 腰を落ち着けた彼女は、改めてジョゼフィーヌ・ドランスフィールドと名乗った。聞けば、フィンレーは昔、ロウワー・マンハッタン……もっと言えば、ジョゼフが運営する教会附属の児童保護施設で暮らしていたらしい。

「でもよかったわ、元気そうで」
「ああ」
「10……11年前だったかしら。急に居なくなったから、心配していたの。また顔が見られて嬉しい」
「ン」

 酸っぱいだけの冷えた黒い液体をすすりながら、シリルはフィンレーを観察した。先ほどから端的な返事のみで、あまり会話をする気が無いように見えるが、どこか満更でもないようにも見える。
 食生活や交友関係や、あれや、これや。深入りはしないが、元気で生きていることを確かめるよう様々な話題を出すジョゼフに、フィンレーはときたま相槌を打ったり、二言三言で返しながら静かに聞いていた。
 『感動の再会』というものは、もっと派手で、わあわあ騒ぐものだと思っていたが、案外そうではないらしい。シリルは、ここ三年の間に見聞きした本やテレビを思い返しながら認識を改める。

「ごめんなさいね、話し込んじゃって。あなたはテオくんの……後輩さんかしら」

 急に話題を振られたシリルは、ぱた、と瞬きをした。
 どう答えたものかと考えていると、見かねたらしいフィンレーが「そう」と肯定した。こういった場合は肯定して良いらしい。シリルは「そうです」と復唱した。

「そうなの。後輩さんを持つくらい、立派になったのね?」
「成り行きだよ」
「成り行きで面倒を見てるの」

 ふふ、と微笑ましそうに笑うジョゼフに、フィンレーが居心地悪そうに身動みじろぎをした。

「彼、良い人でしょう」

 シリルを見たジョゼフが、円やかな瞳で微笑む。

「……お人好しだと思います」
「テメェ、」
「うふふ! そうよね」

 はァ……と、これみよがしに溜め息をついたフィンレーが、一気にコーヒーを飲み干した。シリルの手元を睨んで、それから小さく顎をしゃくる。早く飲め、と言いたいらしい。だから無理だ。

「大変。もうこんな時間だわ」

 不意に、手首を見たジョゼフが漏らした。彼女の腕時計を盗み見れば、おやつの時間を指している。店内の時計も同じ時間だ。どうやら、2時間弱は雑談をしていたらしい。

「いやね。年を取ると、話が長くなって」

 苦笑したジョゼフが、「洗濯物と、お買い物と……」と、これからの行動プランを組み立てながら席を立つ。そうして、深々と頭を下げた。

「ありがとうね。テオくんも、きみも。会えて嬉しかったわ」

 彼女が頭を上げるのに合わせて、シリルは会釈を返す。

「もう会うこたァねェよ」

 貰った花を突き返すような荒さでフィンレーが言った。
 本当に、もう二度と会うことは無いだろう。なにしろ自分達は、斥候でニューヨークに来ている身だ。仕事が終わればロサンゼルスに戻るし、フィンレーがジョゼフのためにニューヨークに通うとは考えにくい。

「そう。寂しいわね」
「……さっさと帰ってガキの面倒見るンだな」
「他の子を優先するのは変わらないのねえ」

 フィンレーは窓の外を見ていた。
 そんな様子に、ジョゼフが懐かしむように目を細める。

「それじゃあ、さよならね」

 あっさりとした別れの言葉だ。
 もう一度、シリルに向かって挨拶代わりに緩く頭を下げた彼女が、会計を済ませるべくレジに向かう。淑女然としたロングスカートが、カーテンのようにふわりと揺れる。
 それは、と現れ——

「——ジョゼフ!!」
「あ、……」

 フィンレーの怒声が反響する。
 靄がかった人型が、音もなくジョゼフの腹を探っていた。

「テメェこの、……ッ!?」

 ジョゼフと人型の距離を離すべく、咄嗟に前蹴りを繰り出したフィンレーが、虚を突かれたように目を見開いた。それもそのはず、彼の蹴りは人型をすり抜け、向こう側へ突き出たのだから。
 すぐに体勢を立て直したフィンレーは続けざま、靄の頭部らしき場所へ裏拳を突き出す。同様に空振った。
 その間、悠々とジョゼフの腹を探っていた靄は、「これも違う」とぼやいた。男とも女ともつかない。高齢とも、若年ともつかない。我々に理解できる音が耳に入った、としか表現できない声だった。

「これは『不満』じゃない。『悲しみ』と『懐古』、『諦観』」

 ずるり、と。視覚的な情報でオノマトペを当てるなら、そんな音が似合う。
 腹から腕を抜かれ、ふっとジョゼフの膝が折れたところを、すかさずフィンレーが支えた。とめどなく溢れる血が、フィンレーばかりか床までもを赤く汚していく。

「……やっぱり『不満』じゃない。これも違う」

 首元(と思しき場所)をもぞりと動かした靄が、己のてのひら越しにジョゼフを見下ろした。

「ッに言ってンだクソボケが……!」

 フィンレーが、奥歯をギヂ……と噛み締める音さえ聞こえる。
 ——シリルは。

「何者ですか、あなたは」

 サイレンサー付きの拳銃を抜いた。
 ズボンの背中側に差し込んでいたそれを、真っ直ぐと靄に向ける。撃っても無駄だろうとは思うが、頭部だろうそこに照準を合わせ、安全装置を外し、引き金に指をかける。

「馬鹿、ガキ、」

 こんな状況でも、フィンレーはシリルを子ども扱いするらしい。叱るようなそれを、ただ黙殺した。

「誰だか分からないのであれば、ここでハッキリさせましょう。あなたを処理しないと、私はLAロスに帰れないんです」

 靄がシリルを認知した。
 ぐり、ぐり、と首元を動かし、よくよく見るような動きをし、それから。

「お前、オレと同じだな」

 一人称は『オレ』なのか。人を区別できるのか。瞬時に浮かび上がった疑問を考察する前に、シリルの口から、呆気に取られたような吐息混じりの一音が滑り落ちた。

「……は?」
「同じ……同じ? 少し違う。でもは同じだ」

 そうだろう? と同意を求めるように、靄が首を傾げた。

「あなた、——」
「シリル!」

 パシュ、と空気の抜ける——サイレンサー付きの拳銃を発砲した音。それから、眼前に僅かな血液が散った。

「……あ。?」

 靄が、状況を把握しきれないように首を傾げ、それから人でいう肩の位置を押さえた。靄の隙間から、とうとうと昏い靄が伝う。
 そこでシリルは、先ほど己の名を呼んだのは誰だと瞬きを一回。あの声は。
 カウンターから顔を覗かせたアーウィン=ダウエルが、なんでもないように硝煙を纏った拳銃を構えていた。

「フィンレーも無事だな、OK」
「退けガキ!」

 銃の照準を合わせるために伸ばしていた腕を引っ込めると、入れ替わるように横蹴りが突き出された。
 どん、と肉体がぶつかる鈍い音がして、靄が数歩後ずさる。——当たった。

「……ようやくピントが合ったぜ、クソッタレ」

 シリルがやり取りをしていた間に、ジョゼフを遠めに寄せたらしいフィンレーが、パキリと首を鳴らして体勢を整える。
 各々拳銃を、身体を構えなおしたところで、靄の様子は変わらなかった。人が増えた、と言いたげに首を傾げたのみだ。肩を撃たれた痛みも、腹を蹴られた痛みも、もう無かったことになったらしい。
 ぼやりと突っ立つ靄は、ぐり、ぐり、と首元を蠢かせた。

「どれも違う。けど、『不満』は解消しなきゃ」

 ——空白が揺れる。
 本来であれば、その感覚を味わうことはない。だが今この場の、この一瞬だけ。ここに居る全員が、その揺らぎを肌で感じ取った。爆発する、と。
 そして、シリルのみが正確に理解した。
 揺らいでから、わずかコンマ二秒。
 アーウィンがカウンターの内側でしゃがみこんだのと同時、こちらを振り返ったフィンレーがシリルの腰付近を踵で蹴りつける。不意の攻撃で、当たり前のようにシリルは床を転がった。
 そのまま、手近なテーブルを引き倒した彼が、シリルの方へ天板が向くよう蹴り飛ばす。ガガガ! と耳障りな音を立てて、眼前が遮蔽された。
 横を見れば、そこにはジョゼフが横たえられている。視界の外から駆けつけたフィンレーが、彼女を守るように抱えたのが見えた。
 声を掛けるには近過ぎて、手を伸ばすには少しだけ遠かった。

「フィン――」
「伏せろ馬鹿野郎!」

 瞬間、シリルは珍しく目を見開いた。
 確かに、あの空白の揺らぎは、全員が感じ取れるほどに明確だった。も我々と同様に、それを感じ取っただろう。

「やっぱり、他の子を優先するのは、変わらないのねえ」

 緊迫した空気にそぐわない、ひどく穏やかな声が、直後の爆発音と熱風、黒煙に巻かれ、塗りつぶされた。


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投稿日:2025/06/06
最終更新日:2025/06/08

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2025/06/03 更新