LosTIME Maker!

紐育異聞録 03

 シリルが目を覚ますと、外も部屋も暗かった。
 枕元で充電していた端末を手に取る。ホーム画面がパッと明るくなって、思わずギュッと眉を顰めた。現在時刻は朝の5時半。本日は曇りらしい。
 七時には早すぎるが、怒られることはないだろう。
 隣の二段ベッドの下段で、アーウィンが寝返りをうった。筆舌に尽くしがたい寝相を視界の端に追いやり、身支度を済ませる。
 リビングに向かえば、二つ折りにした新聞を片手に、コーヒーを飲んでいるフィンレーと目が合った。彼が意外そうに目を瞬かせた。

「……よう」
「おはようございます」
「ン」

 フィンレーは「読ンどけ」と新聞をテーブルに放った。否定する理由も無いので、大人しくテーブルに着いて新聞の文字を追い始める。そのかたわら、冷蔵庫を物色する音がした。

「ガキ、アレルギーは」
「? 分かりません」
「……過去に、食いモンで死にそうンなったことは」
「無いです」
「ン」

 続いて水の音。カツン、と五徳に金属がぶつかる音。チチチ、とコンロの火が付く音。朝食を作ってくれるらしい。
 フィンレーは、
 その扱いに対し、特に言うことは無い。が、このような人物を称する言葉といえば。

「おひとよし……」
「ア゙?」

 イングリッシュマフィンをトースターに入れながら、フィンレーが怪訝そうに視線を寄越した。シリルが無表情であるのを見て、すぐに自分の作業に戻った。

「『お人好し』は、ンな仕事しやしねェよ」

 蹴飛ばすように鼻で笑ったフィンレーの表情は窺い知れない。
 この二人がお互いを認識し、言葉を交わしたのは、Fチームが結成された1月10日の顔合わせが最初だった。しかしそれも、文字通りの『顔合わせ』だったため、腰を据えてに話すのは、今日が本当の初めてと言っていい。
 なんと言ってもシリルは、ニューヨークに到着してから昨日までの一ヶ月間、ひとりで私用を済ませていたので。
 少しすれば、シリルの目の前にエッグベネディクトが置かれた。カフェで出る豪勢なモーニングと見紛うくらいのそれに、何回か瞬きを繰り返す。
 多彩なお人好し。と、今度は口の中で呟いた。
 ふと、ひと皿しかないのを不自然に思い、フィンレーを見やる。彼は備え付けのコーヒーメーカーで、二杯目のアメリカンを淹れるところだった。
 視線に気づいたフィンレーが、皿に手をつける様子がないシリルに眉をひそめた。

「冷めたメシが好みか。良い趣味だな」
「あなたは」
「は?」

 シリルは目の前の皿を見て、フィンレーを見て、「あなたは」と繰り返す。

「……もう食った」

 面倒そうに視線を逸らした彼が、シッシと手をひらひらした。ならば食べてしまおう。顔に似合わず、この人の肩パンは痛い。
 ひとつめのエッグベネディクトを手に取り、かぶりつく。ポーチドエッグから溢れる半熟の黄身とオランデーソースが混ざり合い、とろりと舌の上を柔らかく滑っていく。ジューシーなベーコンから滲み出た脂が、見た目よりもボリュームを感じさせた。
 ロサンゼルスのエッグスラットで食べるサンドイッチとはまた違った味わいだったが、ここ一ヶ月はニューヨークの食事を取っていたので、逆に舌馴染みのよい味に感じる。
 コーヒー片手に斜向かいへ座ったフィンレーが、シリルの目の前に瓶ごと塩を置いた。シリルは必要ないと思ったが、特に声には出さなかった。

「今までの話だ。一遍で覚えろ」

 フィンレーが自分の端末を操作し、画面に写真を表示させた。撮影日は2月18日、撮影時刻は午前10時。現場に張られている黄色いテープの内側で撮られていたのは、陥没した地下賭場だった。
 中央に吸い寄せられるようにして、おおよそ直径三メートル程だろう楕円が空いている。覗き込んだ底に、横倒しになったり、壁際に追いやられたりしたカジノテーブルがある。

「周辺に不審な足跡は無し。あってもカジノ利用者の靴と一致。特段収穫無し。他、被害を受けたウチのシノギも概ねそンなもンだ」

 画面をこちらに傾けながら、ゆっくりとスワイプして写真を表示する。アレイドッグスで被害を受けた他のシノギ……大衆向けカジノの撮影日2月18日、午後13時。こぢんまりしたバーの撮影日は2月19日、午前10時。どの写真からも、『爆破被害に遭った』ということしか分からなかった。

「それとウチじゃねェが、3月5日に被害に遭ったとこ」

 スワイプで現れたのは、西洋風の建物だっただろう瓦礫の山だ。
 かろうじて、十字架が立つとんがり屋根が認識できて、爆破される前は教会の形をしていたのだろうと推測できた。この写真も、黄色いテープの内側で撮ったらしい。現場がよく撮れていた。

「見た限り、こっちも不審な足跡は無し。……今までよりか爆破の規模がデカいのが気になるが、それくらいだな」

 以上。と、フィンレーが端末をポケットに戻す。

「あとは……ウチの奴らの話か」

 地下賭場の爆破事件の中、生き残った構成員がいたらしい。
 話によれば犯人は、いつの間にか居たというのだ。影も、形も、音も無く。皆が驚いたのも束の間、ブラックジャックをやっていたディーラーの背後から、その腹を探った。
 もちろんディーラーは倒れ伏した。同じテーブルについていた客が、犯人に向けて何発か鉛玉を撃ち込んだらしいが、すり抜けた先の別の客に被弾。そこから乱闘となった。
 語り手が最後に犯人を見たときには、もう爆炎に巻かれてしまった。……というのが、話の全てだった。

「話を聞く限りじゃ、犯人諸共爆死してそうなモンだが――」
「被害は断続的に増えている」

 フィンレーの言葉尻を、シリルが引き継ぐ。その通り、と視線で返事をされた。

「……困りますね」

 シリルが、。生理現象以外で表情に変化がついたのを見て、フィンレーが訝しげに瞳を眇めた。

「なに考えてやがる?」
「いいえ」
「……」

 フィンレーが軽く睨むように目を細めてから、空のコーヒーカップを片手に流し台へ立つ。洗い物の音が止むと、シンクに腰掛けるように寄りかかった彼が、溜め息混じりに吐き捨てた。

「ブン殴られたくなきゃ、勝手すンな」
「分かりました」
「お利口サンは、テメェの皿をテメェで洗って、大人しく新聞でも読んでろ」

 アーウィンを起こすためか、ベッドルームに向かう背中へ「はい」と端的に返事をした。そしてシリルは、ふたつめのエッグベネディクトに口をつける。すこし冷めてはいたが、美味しさは変わらなかった。
 間を置かず、フィンレーがリビングへ顔を出した。今の今で戻ってくるとは忘れ物だろうか。視線を向ければ、困惑したような顔と目が合った。何か言いたそうに浅く口を開閉して、少し黙った。
 黙ってから、言わないと気が済まないと自己判断したらしい。フィンレーが改めて口を開いた。

「……どこ行った、あの人」

 だからフィンレーは、困惑と、当惑と、行き場の無い怒りと、疲労が上乗せされた、みたいな顔をしていたのだ。シリルは状況を飲み込みながら、朝食を平らげた。
 シリルが起きたその時は、凄まじい寝相で山を作っていた布団が、すっかりもぬけの殻。
 寝ていたはずのアーウィンは、今や影も形も無かった。


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投稿日:2025/05/27
最終更新日:2025/06/06

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