LosTIME Maker!

ジェネリック・リゾートバイト 分析・前

 夜の八時、外は暗い。だが月も星も出ており、何も見えないわけではない。中途半端な暗さが一番怖いのだと、葉月はよくよく知っていた。
 手のひらサイズのマグライトを逆手に持ち、親指でスイッチをつける。カチ、という軽い音のわりに、足元を照らす光は眩しい。
 細かい砂利と剥き出しの地面が擦れて、ざりざりと分かりやすい足音を立てた。

「葉月、撮影開始。二時間撮ったら戻る」
「はい……」

 言われるがまま、葉月はスマホで撮影を開始した。
 ざく、ざく、とお互いに無言で歩いてしばらく。不意に花井が口を開いた。

「年に数人、行方不明者が出てる」
「え、」

 隣を振り返れば、スマホの画面越しに花井と視線が絡んだ。
 そういえば、と葉月は思う。花井がこのアルバイトに参加した理由は、オカルト……つまり重葩かさえ市に『曰く』があるからだと。それについて、葉月は何ひとつ知らない。

「…………」

 『曰く』が知りたいわけではない。ただ、分からないものを分からないままにしておく方が、怖い。
 花井は瞬きをひとつ。『曰く』を語る。

――曰く、重葩で年に数人の行方不明者が出ている。
――曰く、重葩の大山から未知の獣の遠吠えがする。
――曰く、重葩の海岸に『おミツ』を探す霊がいる。
――曰く、重葩の地下には機動髑髏ガシャンがいる。
――曰く、重葩の盆祭りで人間の焚き上げがされる。

「だから、お盆に行方不明者を燃やし焚き上げてると思って」
「なにが『だから』なんですかァ……!?」

 なぜ行方不明者が出ている曰くと、盆祭りで人間を焚き上げている曰くをドッキングしてしまったのか。
 確かに、行方不明者が見つかっていない――イコール殺されていると考えるのは、オカルト的に自然なことだ。しかしどうして、燃やす曰くに繋げてしまったのだろうか。
 その方が、よりオカルトチックだからだろうか。
 花井に対して絶妙な『嫌』が浮かび、思わずジトっとした目で見てしまう。その眼差しに思うところがあったのか、花井が再び口を開いた。



 想定外の自動詞に面食らった。

「……ベタつくってその、なにが……」
「色々。鼻腔とか、唇とか」花井は続ける。「盆祭りの焚き上げに参加すると、色々ベタつくって」

 その先を聞きたくない気がして、知れず葉月は足を止めた。気づいた花井も数歩先で止まり、振り返る。

「ヒトを燃やすと、ヒトの脂が煙になるでしょ」

 なんでもない顔をして、なんてことを言うのだろう。
 一気に心臓が冷えた気がした。手足の先に届く血液すら冷え切っているように思えて、緊急で誰かの体温が必要だった。
 葉月は秒で花井との数歩を詰めると、深刻そうな声で「花井さん」と呼んだ。

「なに」
「これはァ……。その、背に腹ァ〜……みたいな奴ゥ……なんですけどぉ……っ!」

 先ほどとは打って変わって、今度は花井がジトっとした目で葉月を見る。だからなに、とでも言いたそうな怪訝な顔だ。
 そんな冷ややかな視線をものともせず、葉月は空いている右手で花井の左手を掴んだ。

「手を……繋ぎまァす……!!」

 事後報告である。
 掴まれた花井は、珍しく驚いたように瞳を瞬かせたが、すぐにいつものとした顔に戻った。

「怖がりの小学生みたい」
「怖さが軽減すれば小学生でも構いませんッ……!」

 花井の左手は、うっすら冷たくてサラッとしていた。
 民宿〈よばな〉の駐車場を抜け、左手の海側の調査に行く。宿泊に来ていた男女ふたりの昼間の様子から、どこか近くに浜辺へ降りられる場所があるはずだ。
 雲の隙間から覗く月が、きらきらと海面に道をつくる。ふわっと周囲が明るくなって、あらゆる影の形がはっきりし始めた。
 しばし歩けば石段は見つかった。その少ない段数を降りれば、そこはもう砂浜だ。
 遮るもののない水平線、静かにさざめく真っ黒な海、チラチラと光る波間。

(これだけ見れば、良さげなリゾートなんですけども)

 右手に花井、左手にセルカ棒。記録カメラ係の役割を全うするため左手をぐるりと回し、辺りを満遍なく撮影する。肉眼でもざっくりと見回したが、特に異常はなさそうだ。

「なにもないね」残念そうな花井の呟き。
「あったら困るんですよ……」

 元々は財布の危機を回避するために参加したアルバイトだ。オカルトを伴うなんてまっぴらである。
 浜辺の端から端まで練り歩き、『なにもない』の確認が完了した。録画時間も二時間を超え、当初の予定通り二人は民宿に戻ることにした。
 ……ところで、葉月には気になることが残っている。

「あの……」

 花井から語られた『曰く』の中で、ひときわ異彩を放つ『曰く』。

「なんですか? 『機動髑髏ガシャン』て」
「葉月知らないの。『機動髑髏ガシャン』」
「知りませんけど」
「花井も知らない」
「知らないじゃないですか!」


   ◇◇◇


 ポップで柔らかい目覚まし音で目を開けた。
 朝の五時半、室内は明るい。窓の外を見やれば、山に民宿の影が写っているのが見えた。
 アルバイト二日目。隣の寝穢いぎたない花井をぺちぺちしてやると、三、四回ほど寝返りを繰り返してから、のっそりと起き出した。

「ねむい………………」

 髪はこちゃくちゃ、まなこはしょぼしょぼ。寝巻き代わりの体操着はめくれあがり、『縁之台高等学校』の刺繍が崩壊している。ついでになまちろい腹が見えていた。

「花井さーん……。お風呂行かないと掃除できないですよー……」
「あとで行く…………」

 ごろんと寝転がって、布ずれの音。背を向けてしまった花井を起こすには時間が惜しく、葉月は風呂に入る準備を始めた。



 リゾートバイトの朝は早い。
 己の風呂を済ませたら湯船を洗い、それが終わったら玄関前の清掃。なんだかんだ、ずっと掃除をしている気がする、と葉月は竹ぼうきを持ち直した。
 相変わらず花井は民宿を嗅ぎ回っているようで、指定の清掃場所に居たり居なかったりしている。
 今日も良い天気だ。ときおり海風が吹いて、柔らかな潮騒が鼓膜をくすぐる。かいた汗が爽やかに冷えて、夏らしく麦茶が欲しくなった。

「おはようございます」
「おはようございますッ!?」

 盛大に声が裏返った。

「ああ、ごめん。驚かせちゃったな」

 振り返ると、昨日チェックインをしていた男女二人が、申し訳なさそうに眉を下げていた。
 涼しげな紺の着流しをまとい、頭にカンカン帽を乗せた男性と、クールビズが適用された、オフィスカジュアルの女性。恋人や友人というより上司と部下、作家と編集者、探偵と助手のような、絶妙に上下関係を感じさせる独特な雰囲気があった。

「いっ、いえ! こちらこそ……その、過剰にビックリして申し訳ない……デス」

 しばらく互いに謝罪の応酬をしたのち、識辺しるべ――ふたりのうち、男性の名前だ――は葉月に「アルバイト?」と問いかけた。

「です、はいっ。アルバイト……」
「朝から精が出るね。お疲れさま」
「いえいえ! バイトですし、……おすし……」

 聞いたところ、識辺という男は仕事のためにここに来たらしい。その話しぶりに対して、付き添いの女性が呆れたような半目になっていたのが印象的だった。
 これから二人は、山の方を散策するようだ。

「絶景スポットがあったら教え……」言いかけて、「……ようと思ったんだけれど、きっと忙しいね」
「お、お気になさらず!」

 葉月がブンブンと首を横に振れば、識辺は朗らかに笑った。

「ふふ。じゃあ仕事終わりに行けるよう、できるだけ夜でも安全な場所を探してみるよ」
「はい! い、いってらっしゃいませ……!」

 それじゃあと識辺は手を振って、女性は丁寧な会釈をして、山の方へ歩いて行く。葉月は竹ぼうきを両手で抱えながら、その背中を見送った。
 次第に日が高くなり、BGMがミンミンゼミのやかましい鳴き声に変わる。民宿周辺の清掃を手早く済ませたら、次は客室の掃除だ。



「葉月、オカルトあった」

 もう家に帰りたい。
 使われていない客室の清掃を進める中、別の客室を掃除していたはずの花井が、ひょっこりと顔をのぞかせた。
 花井の手には、何やら長方形の紙が握られている。

「なぁんで見つけるんですか、そういうの〜……!」

 絶対に見たくないと思っても、向こうから見せてくるのだから逃げようがない。
 隣に並ばれ、長方形の和紙が視界に入り込む。紙を形づくる細かい繊維が、その手触りを視覚に訴える。経年劣化か、使う素材のせいか、所々が茶色かった。
 墨で文字が、朱墨で紋様が描かれている。

「ええと……なにです? これ、『窟』の字……?」
「たぶん。分からないからオカ研チャットに貼った」
「だからめちゃくちゃ通知来るんですね」

 先ほどからスマホがぴこぴこ元気なのは花井のせいらしい。
 どんな話をしているのかとチャットを開けば、白熱した議論が繰り広げられていた。

花井:
[御札の写真]

花井:
読んで

西川:
御札キター!!

羽仁:
[驚いて飛び上がるキーウィのスタンプ]

西川:
最高オブ最高

白木:
大正〜昭和初期

羽仁:
確かに旧字体の「焼」と「浄」に見えます

糸村:
やば!どこにあったん??

西川:
重葩の盆祭りFAです?

花井:
空き客室

白木:
位置、方角、枚数

羽仁:
一枚なら様式とか気休めとかが多いかな

糸村:
ウシトラのほうに貼ってるならアレ
六曜信じてるみたいなもん

西川:
あーなるほど

白木:
草木皆兵

糸村:
中国語?

羽仁:
すごく怯えてるって意味だね

西川:
博識ィ……


 目まぐるしく流れる会話の中、葉月が出来たことといえば既読をつけることくらいである。
 未だにぴこぴこと鳴いているスマホをポケットにしまうと、ハンディクリーナーのスイッチを入れた。

「ちょっと葉月、それウルサイ」
「知りませんよ! 私は掃除をするんです!」

 今回の主目的を忘れてはならない。お金を貰う身である以上、与えられた仕事はきちんとこなさなければ。
 時間内に清掃を終わらせることを考えると、正直なところ花井やスマホを気にしている余裕は無い。わりとタイトスケジュールなのだ。
 不機嫌そうな足音を立てて花井が部屋から出ていく。どうやら仕事に戻ったらしい。隣の部屋から、負けじと掃除機の音が聞こえてきた。
 民宿〈よばな〉の客室は、廊下を挟んで三部屋ずつ、一階と二階を合わせて合計十二部屋だ。それを昼のうちに、二人で掃除しなければならない。
 そう思うと、かなり激務である。朝から夕方まで、本当にずうっと掃除をしていないと終わらない量だ。そりゃあバイトも雇うだろう。……

(……普段はどうしているんでしょう?)

 ふと疑問が浮かんだところで、思考を遮るように時計が十三時を知らせた。考えている暇はない、急いで掃除を始めなければ。
 一〇六号室は花井と葉月が使っているため除外。一階の残りを相方に任せ、葉月は二階に上がった。
 一番奥の部屋に入れば、瑞々しい緑が目に飛び込んでくる。

「やはり二階の山側も中々……」

 陸風が吹いたとき、一階よりも風通しが良さそうだ。
 部屋の窓を明け、腕まくりをして、改めて気合を入れる。
 掃除の鉄則は『上から』。昨日も同じ方法で掃除をしたので概ね綺麗だろうが、それは今日の掃除を疎かにしていい理由にはならない。
 はたきでホコリを落とし、ほうきとちりとりで大きなゴミを取る。掃除機かハンディクリーナーで細かいゴミを取り、板の間の雑巾がけをする。連日、複数の部屋を掃除しているからか、だいぶこなれてきた。
 そうして掃除を進める中――ふ、と。
 畳の隙間に、白い紙が挟まっているのが見えた。
 掃除機では吸いきれず、手でどうにか取れないかと引っ張ってみる。

「ん、ぐ……」

 みし、みし、と畳の縁が擦れる音。じり、じり、と紙が引き攣る音。……これ以上は紙が負けてしまう。
 なにか畳を持ち上げられるものはないかと手元を見、掃除用具を見。ひとつ閃いた。

「セルカ棒……!」

 オカルト研究部の備品として購入したそれは、たいそう丈夫なカーボン製だ。隙間に差し込んでも無問題モウマンタイ。テコの原理でも使って、指先が入るくらい畳が持ち上がれば、あとはどうとでもなる。葉月は力自慢。
 早速、手荷物からセルカ棒を持ち出し、先端のスマホを取り外す。

「よ、よぉし……。バーサーカー、いきます!」

 ギッ、と畳の縁が擦れる音がして持ち上がる。目論見通りだ。
 セルカ棒と入れ替わりに両手の指を隙間に引っ掛け、えいやと思い切り引き上げる。ごろりと畳がひっくり返り、その反動で隙間に挟まっていたが空に浮いた。
 先ほど見た、記憶に新しいそれが、眼前で踊る。
 視線で追って、その紙が落ちる先。持ち上げた畳の下。
 ――床一面の御札。

「ひ、……ッ!?」

 床板が見えぬほどに、べたべた、べたべた、べたべた、と。
 札は揃って同じもの。統一感無く、なりふり構わず貼られている。恐らく、この部屋の畳の下、すべてを埋め尽くしているのだろう。ただひたすらに枚数を、焦りの滲む貼り方で。
 厳かな『窟神穢焼浄』の文字と共に、朱墨の龍が渦巻いている。

「ちょ……っと、待って、くださいねェ……」

 バクバクとうるさく鼓動する胸元を抑え、努めてゆっくりと深呼吸をする。吐いた息が震えた。
 これはきっと見てはいけないものだし、見たことを知られてはいけないものだ。早急に畳を戻して、知らぬ顔で仕事に戻らなければならない。
 今回の発端である、はみ出ていた御札を押しやり、

「札っ、押し込みヨシッ……!」

 上げたときの丁寧さが嘘のような速さで畳を戻し、

「たッ、畳戻し、ヨシッ!」

 やり残していた仕上げの雑巾がけを済ませた。

「お部屋掃除、ヨシッ!」

 掃除が終わるとどうなる? 次の部屋の掃除が始まる。清掃用具をまとめて客室を出た葉月は、顔をくちゃくちゃにしながら心中で盛大に咽び泣いた。

(この民宿、すっげえオカルトです……ッ!)

 その背を、黒々とした瞳が見ている。



 花井と合流する頃には、躍起になって脈動していた心臓も落ち着いた。
 最後に深呼吸を一回。大丈夫、大丈夫と二回は己に言い聞かせ。地蔵、『いわらさま』、御札と三つ続いたオカルトに、更なる追加がないようにと祈る。
 とはいえ、これだけのオカルトを見た上で、何も対策しないのも怖い。花井か、もしくは先輩の羽仁はにに相談したほうがよいだろうか。

(……それとも、もう帰った方が……)

 怪しいアイテムが随所に散りばめられている民宿で、残り三日間を過ごすのは精神衛生上よろしくない。しかし、『オカルトがあるから帰ろう』という理由を、花井が受け入れてくれるワケがない。
 花井はオカルトが、ここに来たのだから。
 ……となれば、先にオカルトを解明してしまった方が良いはずだ。なぜその逸話があるのか、なにが崇められているのか、なにをしているのか。きっとリアルタイムアタック走者だって、『これが一番早いと思います』と言ってくれるだろう。たぶん。おそらく。
 女将に許可を貰って受付カウンター内側……事務室に入り、清掃を開始する。十六時ごろ、昨日と同じ理由で女将が部屋を出ていった。
 事務室には二人きりだ。

「あの、花井さん。ちょっといいですか」
「ん」
「……御札の件で、すこし」

 珍しい、と花井が瞬いた。
 葉月からオカルトの話が出るという時点で興味津々なのだろう、花井は至って真面目に葉月の話を聞いた。

「べたべたに貼ってあったの?」
「はい。たぶん、畳の下は全部……」
「他は? 床だけ?」
「です。床だけ」
「ふうん。……」

 花井の視線が左へ落ちる。何かを考えるときの癖なのか、握った左手の上に右手を被せ、右手の指先で波打つように左手を叩く。
 時計の針の音を聴き続けて数分。花井がパッと顔を上げた。

「花井が見つけた札は、壁に貼ってあった」
「え、……壁に?」
「ん」花井が頷く。

 最初の御札騒動があったとき、花井が掃除していたのは一〇五号室、葉月が掃除していたのは一〇四号室だった。

「でも全部じゃない。入って右の壁だけ貼ってた」

 確かに壁は、出入口側・左・右・正面、と四面ある。花井が掃除していた一〇五号室の、入って右手側の壁。

「……あ、の……」

 葉月が大量の御札を見た山側最奥の部屋は、二〇六号室だ。……

「御札、花井たちの部屋に向けて使われてるね」



 宴会場の壁掛け振り子時計が十七時を知らせる。
 掃除が間に合ったことに安堵した。そして――バイト開始から二日の間で遭遇した数々の違和感の中に、誤魔化しきれない『違和』があることを再確認してしまった。
 最たる違和は女将たちと生活時間が合わないことだ。
 一日目の昼の時点で、女将は『食卓を共にすることが出来ないから』と、二人に食事を準備してくれていた。それからも『他の仕事がある』『キリの良いところまで仕事をする』……などの理由で、同じ食卓を囲むことは一度たりともなかったのだ。
 もっと言えばバイト中、ほぼ女将としか話していない。その上、初日以外は最低限の会話のみだ。日焼けのおじさんだってあの一件以降、挨拶のひとつもしていない。そも民宿内で出会わない。
 徹底的に避けられている。
 案の定と言うべきか。今日も女将が部屋まで夕食を運んでくれることになった。
 宴会場を使って簡易食堂を開くから……というのが、今回の理由らしかった。


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投稿日:2026/05/24
最終更新日:2026/06/08

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