LosTIME Maker!

ジェネリック・リゾートバイト 分析・後

「葉月ちゃん、お疲れさま。バイトどう?」
「羽仁さぁん……!」

 やわこいかたちをした羽仁の声は安心する。
 葉月と花井の二人は割り当てられた一〇六号室で、おとなしく夕食を食べていた。もごもごと鮭おにぎりを咀嚼しながら、チャットアプリのグループ通話で羽仁に泣きつく。

「絶対ヤバいことしてますよっ、あの人たち!」
「和穂、今すごくオカルト。すごく楽しい」
「うーん、テンションが対照的……」

 すぐにでも帰りたい葉月と、もっとここに居たい花井。完全に真逆だ、と通話越しに羽仁が苦笑した。

「とにかく、大変そうだけど……喋る元気があってよかった」

 ほっと安堵したような声音が、緊張に縮む肩をゆっくりとほぐしてくれる。遭遇した事象を己の口で正確に語れるのなら、精神こころと事象との間に距離があるのだ、と羽仁は言う。

「怖い思いをしたり、嫌な出来事だったり……。心に負荷がかかること、ストレスだったことって、ちゃんと語れないことが多いでしょう? そのときの記憶が無いとか、言葉が詰まっちゃったりとか。だから、落ち着いてる二人の声が聞けてよかった」

 羽仁の声が心に沁みる。実際のところ二〇六号室の掃除以降、針の戻し方を忘れたハリネズミのように、神経がトゲトゲしていたのだ。

「で、和穂は御札の字、読めた?」
「花井さぁ゙ん゙!」
「いるかちゃん……」

 葉月が心中で花井を恨むのも慣れたものだ。
 花井が主導し、羽仁に現在のオカルト状況を余すことなく伝えた。初日の地蔵の話から、ベタ貼りの御札の話まで、すべて。
 オカルト研究部のグループチャットで出た話題も交えて、三人で現在の状況をまとめることにした。
 女将の言っていた『いわらさま』は『窟神いわやのかみ』。
 貼られていた御札の文字は『窟神穢焼浄』。
 いわやとは文字通り洞穴や洞窟のことを指す。よって、この近辺に鍾乳洞や炭鉱跡、洞窟、トンネル……それらに類する建造物に神を見出しているのだろう、と仮説を立てた。
 この辺りの洞窟やトンネルというと、『たぶん道祖神』が見つめている先が最有力候補だ。



「あ……そういえば」トンネルといえば、葉月には気になることがある。「グルチャで白木さんが書いてた、重葩……なんとか落盤事故? って、なんですか?」
かさずいどう落盤事故」

 羽仁の声が、いやにハッキリと聞こえた気がした。

「重葩……隧道」
「隧道って、トンネルのこと。昭和のころかな、車の通行のために重葩トンネルの拡張工事をしたらしくてね。その工事中――」

 教えてくれている途中、通話の奥で羽仁が呼ばれる。そちらに向かってだろう遠くに返事をしたあと、葉月たちへ「ごめんね、おばあちゃんに呼ばれちゃった」と申し訳なさそうに謝罪した。

「全然です! むしろすみません、こんな夜に」
「和穂、また何かあったら電話する」
「ありがとう。葉月ちゃんも、いるかちゃんも、残りのバイト頑張ってね」

 テロロン、と愉快なジングルで通話が終了する。たくさん喋ってくれていた羽仁が抜けたことで、部屋の中がしん、とした。……
 天使が通り放題の沈黙ののち、ぽつりと葉月が尋ねる。

「えー……と。これからどうします? 花井さん」
「山か事務室に行く」

 間髪入れず具体的な行先が出たことに、葉月は(そうだろうな……)という気持ちになった。特に山。
 ここまでの考察で、この民宿〈よばな〉に蔓延はびこるオカルトの震源地は山のトンネルだろう、というアタリがついたのだ。考察が妥当だったかを確かめるのならば当然、山へ行くべきだろう。

「じゃあ事務室の用事は……」
「もっと資料を漁る」
「花井さぁん゙ッ!」

 とっぷり暮れた夜八時。抑えめに叫びながら、花井の腕を捕まえた。

「なに」
「『なに』じゃないです、『なに』じゃ! 見つかったら大目玉ですよ!」
「見つからなければいい」

 どこかの主人公も、バレなきゃあイカサマじゃあねえんだぜ……とは言っていたが、状況が違いすぎるのだ。本件はバレたときのリスクが大きいし、どんなリターンがあるか分からない。
 こんな状況でギャンブルをするほど、葉月は命知らずになれなかった。

「とっ……とにかく! 私はこれ、お夕飯の食器、洗ってきますから。受付に人がいるか見ますので、それまではお部屋にいてくださいね?!」

 人はそれを『フラグ』と言う。


   ◆◆◆


 食器を持って宴会場のキッチンへ向かう葉月を見送ると、花井は間を置かずに一〇六号室を出た。
 ……あらかじめ断っておくと、この行動は葉月への親切心だ。
 オカルト・ホラーに対して敏感な葉月を、あれこれ連れ回すのは可哀想だな、と思った結果である。これまでの様子から、葉月には不用意にオカルト話をしない、と一種の戒めを己に課したのだ。
 廊下に出る。木造の建物は音が響く。二〇二号室で部屋飲みをしているのか、男女二人の会話ケンカが聞こえてきた。男が女に、無責任だなんだと叱られている。
 ……閑話休題それはどうでもいい
 宴会場を簡易食堂としているのは本当なのだろう、複数人が口々に方言混じりの言葉を交わしているのが漏れ聞こえた。行き来する女将の声で、男たちへの酌や給仕に回っているのがわかる。
 わずかな流水音から、葉月が皿洗いをしているのが察せられた。



 受付――事務室は暗い。
 ラッキーだと思う反面、タイミングが良すぎる、と花井は目を細める。
 ドアノブを捻ると、あっさり開いてしまった。

「…………」

 やはりというか、ドアの隙間から見える部屋の奥は暗い。受付の窓部分から差し込む廊下の明かりだけが、事務室内の光源だった。
 蛇のように身を滑らせ、事務室内に侵入する。音を立てずにドアを閉め、己以外に人がいないことを念入りに確認した。

(客の名簿……出納帳……観光パンフ……)

 手当り次第、紙の資料に目を通し、内容の趣旨を簡単に掴んでは元に戻していく。スピード勝負だ。葉月より先に部屋に帰らないと、またぴいぴい鳴くだろう。

(日誌、……あ)

 表紙と裏表紙に分厚い素材が使われている日誌の、表紙を開いてすぐのページ。箇条書きで、次のことが書かれていた。

――『焚浄之儀 概略』

・死者の戻る盂蘭盆会うらぼんえには清掃を欠かさぬこと
・清掃を行う者は生活圏を分けること
・清掃のケガレはひとところに集めること
・盆に集めたケガレは一度に焚きあげること
・焚き上げたのち、いわらさまに祈ること

 スマホのカメラで写真を撮る。
 これらの五つは、全ての日誌に書き記しておくほど大切なのだろう。また、『いわらさま』が窟神という神様である――彼らが祈るような存在である――という考察のアンサーにも思えた。
 他にめぼしい資料がないかを更に漁り、目立った収穫が無かった花井は、入室時と同様に音もなく事務室を出た。

 一〇六号室に戻る。
 誰一人、花井の動きを知る者はいない。


   ◆◆◆


 宴会場のキッチンで皿洗いを終えた葉月が、ワイワイと地元民に揉まれたあと。花井に言い残した通り、事務室をチラッと見るべく受付に向かった。
 受付カウンターの窓口を伺う。中は真っ暗だ。

「暗っ……いやガチ暗いじゃないですか。こんなの誰もいませんよ、誰も……」

 ――本当に誰もいないのか? そんな不安に駆られ、葉月はそっと事務室のドアノブを握る。

(……ちょっと回すだけ……)

 右に手首をひねり――ぎゅむ、とすぐに止まった。

「あっ鍵……?」

 鍵がかかっている、と胸を撫で下ろした。
 開かなくてよかった、と心の底から思った。
 もしドアが開いたなら事務室内を確認して、本当に誰もいないことを確認する羽目になっただろう。サーヴァントは、己へ課した制約に弱い生き物だ。

「…………」

 おかしい、と思った。
 ドアノブの手応えが変だ。鍵がかかっているのなら、大抵は金属同士がぶつかるような音がするはずだ。それがなかった。ただ、開かないように抵抗する――人の手で止めているような感覚があった。
 おかしい、と思った。
 だってそうだ。ここにいる葉月、一〇六号室にいる花井、お客様対応中の女将、宴会場で見かけた常連、二階の部屋で騒ぐ男女二人。
 ならば今――この扉の向こうにいるは、なんなのだろう?

「っ……!」

 ドアノブを握ったまま、ピクリとも身体が動かせなくなる。
 この扉一枚を隔てた先のに、
 息が浅くならないよう、努めて『呼吸』を意識する。吸う、吐く。そして自然に、ドアノブから手を離す。

「葉月」
「はいッ! 元気です!?」

 心臓が口からまろび出るかと思った。
 飛び退きながら声の方を振り返ると、出かける準備万端の花井が怪訝な顔をしている。じとり、と葉月を見た。

「遅い。お皿洗いヘタクソなの?」
「ごっ……めんなさいです……」

 部屋に戻るまで待っていろと言ったはずだ、と葉月は怒っても良いのだが、ぶっちゃけ今はそんな情緒ではなかった。
 花井が身動ぎをすると、重たい布擦れの音がする。昨日の夜と比べて、いくつか装備が増えているようだ。

「……ええと、出かけます?」
「出かける。葉月も準備して」
「強引!」

 経験上、花井は言い出したらきかないと分かっている。急かされるまま貴重品とVログ機材をまとめ、お手洗いもそこそこに、葉月たち二人は民宿〈よばな〉を飛び出したのだった。
 その背を、複数の黒々とした瞳が見ている。



 時刻は既に、夜の九時を回っていた。
 宣言通り民宿を出て右手側、山を目指す花井の後ろを、葉月は大人しくついて行く。慌てて荷物をまとめて出たので、歩きながら身の回りを整えた。
 昨晩は感じなかった湿気が、今日はよく肌に張り付く。道すがら、聞こえてくる鳴き声で虫の種類が判別できるくらいに静かで、会話の無い夜だった。
 車が来ないからと道路を無秩序に横断し、砂利を踏む音が土と草を踏む音に変わる。雑に看板が立てられた山の入口で、花井がこちらを振り返った。

「カメラつけて」
「ハイッ! カメラ……」

 セルカ棒にスマホをつけ直し、録画をオンにする。
 テストとして花井と、その肩越しに続く山道を映した。道の奥は、木々の重なりで月明かりすら遮断されている。酷く暗い。

「おっけー、です」
「ん」花井が頷く。

 陸風が吹き降ろし、山が植物の声で鳴いた。

「……まさかですけど、ここ、行くんですか?」
「…………」
「待゙って! 待゙ってください!」

 右手に花井、左手にセルカ棒。昨日と同じフォーメーションを固めてやっと、葉月は山へ向けて足を踏み出した。
 緩やかな傾斜を登りながら、できる限り進行方向や道の左右を映していく。生い茂る植物たちの影が濃いことに、説明しづらい『嫌』の気持ちが滲んだ。

「花井さぁん……。実は山って、夜に登るもんじゃないんですよ……」
「自由時間は夜だけじゃん」
「それは……まあ、そうなんですけれども……」

 ざく、ざく、と土を踏む。ある程度の舗装はされているが、暗く見づらい道であることに変わりはない。
 風に揺られた樹木たちの、ざわざわとした囁きが耳に残ってゾワゾワする。背中にかいた汗も相まって、ひどく不快だった。
 登り坂が続く。

「あの、これ、二時間じゃ帰れないですよね?」
「うん」
「『うん』!?」

 思わず足が止まった。ぐん、と葉月の側に引っ張られた花井が、不機嫌そうに「ねえ、」と文句を言う。

「普通に時間かかるよ。山だし」

 めちゃくちゃ嫌だ。
 ……しかし、あの民宿に一人でいるのも嫌だ。あれだけたくさんのオカルトが溢れていることに気づいてしまったのもそうだが、今日一日ずっと、誰かに見られているような気がするのだ。こちらを排斥するような、湿った眼差しで。
 二つに一つ。山に登るか、民宿に戻るか。

「葉月」
「行きますよぉ……」

 顔をくちゃくちゃにしながら、重たい足を少しずつ動かした。
 山に登る、花井の無茶振りを聞く、オカルト情報を得る、カメラで撮影する。さしもの『幹部』でも、これだけのことをいっぺんにはしまい。
 スマホのライトで足元を照らしながら、花井が何かを打ち込んでいるのが見えた。おそらく、オカ研のグループチャットだろう。葉月のスマホも、ときおりブブッと揺れた。



 登山に集中して、およそ四十分。
 山道の終わりに鳥居が見えて、知れず葉月の身体が強ばった。

「とッ……」

 ビタッと硬直した葉月に、「また?」と花井が呆れたような半目で足を止める。「怖くないよ。神社があるだけ」

「それを怖いって言うんですよ……!」

 花井がちょいちょい、と繋いだ手を引く。呻きのような嗚咽のような声を漏らしながら、葉月は頑張って鳥居をくぐることにした。
 こぢんまりとした神社だった。
 必要最低限の石畳が、必要最低限の場所に伸ばされている。手水舎、本堂、社務所にしか繋がっていないようだ。石畳から外れたところに、小さい蔵のような建物があった。
 順路を全て無視した花井が、一直線に社務所へ向かう。御守りやキーホルダー、おみくじなど、販売物のディスプレイをひとつひとつ確認したのち、パッと葉月を振り返った。

「この神社は関係無いね」
「エッ!」
「御朱印が全然違う」

 言われて、御朱印の解説が書かれた張り紙にカメラを向けるのと同時、葉月自身もその文章を目で追った。

「『四季の移ろいで桜が美しく』……『木花咲耶姫を御祠り』……」

 確かに窟神ではない。

「なぁんだ! じゃあもう帰りましょう!」

 ねっ! と花井を見れば、その視線は明後日の方向を向いていた。石畳のない、順路外の方を。

「ほら花井さん、明日もお掃除なんですから」

 明後日の方向とは言うものの、実際その視線の先は確固たる場所を見つめていた。

「……花井さん……」
「蔵行く」
「言うと思った!!」

 結論から言うと、蔵には入れなかった。
 蔵の扉には丈夫な和錠がかけられており、開けるには相応の鍵か器具、技術が必要になるからだ。
 さすがに撮影をしているスマホの前で、明らかな不法行為はできない。撮影するしないに関わらず、不法行為はいけないのだが。

「帰りましょう、花井さん。もう日付超えちゃいます」
「…………」

 繋いだ手を引く。行きとは逆転して、葉月が下り道を先導した。二人の足音が、三更の暗さに沈んでいく。
 不意に、ぐん、と花井の側に手を引かれ、葉月の足が止まった。行きに散々やってしまったことなので、文句を飲み込んで振り返る。
 スマホで何かを見ているのか、バックライトで花井の顔がぼんやり照らされていた。そして考え込むように、視線が左に落ちる。
 数秒。びゅうと風が吹き、周囲の林がガサガサと騒ぎ立てて二人を取り囲んだ。
 花井と目が合う。

「葉月。これ、だ」

 その背後に、大きな影が立ち上がり――

「花井さん後ろッ!!」
「は、――」

 ゴン、という鈍い音と同時、一七〇弱の背丈が勢いよくかしいだ。相当な力で殴り付けられたのは明白で、花井はどちゃりと地に沈む。
 遠くの空で雲が晴れたのか、僅かな月光が木の葉の隙間を縫って山道に差し込んだ。

「暴いちゃあ、いけないなあ。……な?」

 大人の、三十は超えているだろう男性が、月明かりを背に柔らかく諭してくる。男の黒々とした瞳がすう、と細まった。民宿で見たことのない男といえば、存在だけを聞かされていた『旦那』だけだ。
 男の右手に収まった茶色い酒瓶の肌を細い月の光が撫で、ぬろりと艶めかしい輪郭を見せる。すぐ己にも振り下ろされるだろう。

「タンマですよ、タンマ……」

 リーチの短い酒瓶で花井が殴られているのなら当然、男と葉月の距離は近い。知れず右足が後ずさる。
 空いた右手にかいた汗が、風で一気にヒヤリと乾いた。花井を置いては行けない。葉月は歯を食いしばる。
 ……腹を括った。なので真っ直ぐに前を男を見、





 ――大人しく殴られることにした。


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投稿日:2026/06/08
最終更新日:2026/06/08

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