創作小話
海外短編 シリル=アッカーニューヨークから帰還して早1ヶ月。先の任務で右腕に大火傷を負ったシリルは、組の専属医であるカルミアの元で定期検診を行なっていた。
「来たな、シリル少年。お風呂は問題無いかね?」
「はい。問題無いです」
「うーん。ホントは『痛い』とか『しみる』とか、問題があった方がいいんだよな」
腕出してと言いながら、カルミアはシリルの袖を捲っていく。肘上までを覆う黒いグローブを、障りのないようにするりするりと優しくおろしていく。
段々とあらわになる縮れた皮膚に、茶色くくすんだ火傷跡。
「マジで痛くないのか?」
ゲェ、という顔をするカルミアに、変わらずシリルはうなずいた。
「ええ。特には」
「ふぅん……」
それきり黙り込んだ彼女は、てきぱきと触診を進める。指で患部を押しながら、感覚があるか・ないか、痛いか・痛くないか。極めて細かく質問し、シリルの腕の調子を明らかにしていく。
そんな医者の様子をシリルが無表情に眺めていると、ガチャンとドアノブの音を立てて、シリルの背後にある出入り口が開いた。
「――」
「……!」
キン、と――空気の凍る音さえ聞こえる。
「シリル=アッカー」
溜息を吐いたカルミアが、くっと親指の力を強めた。そんな彼女と
「下げろ」
多くの血を見ただろう紅玉の瞳が、シリルの眉間をを突き刺すように見つめた。彼はしばし黙って、それからすうと瞑目して。ゆっくりと――拳銃を下ろした。
出入り口で立ち尽くしたまま、緊張した面持ちでホールドアップのすがたをしていた青年が、ようやっと呼吸ができるとばかりに深く深く息を吐き出す。
「いや……驚いたな、シリルさん。僕はそんなに信用がなかったかな」
「いえ。片腕が塞がっているときは、無意識に緊張するみたいです。すみません」
本当かどうかもわからないようなトーンで喋るシリルに、おずおずと両手を下ろした青年――ルネ・バティーニュが苦笑した。それからそぅっと室内に入って、後ろ手でドアを閉める。
そのままカルミアのところまで近寄ると、シリルを気にした様子もなく口を開いた。
「カルミアさん、準備できてるよ」
「おっ、もう? 早いじゃん」
「ここのシフトを出してくれって」
「それだけ? 怖いなあ」
「僕もそう思う」
トントントンと短い単語で軽く交わされる会話が、二人の親密さを如実に表している。シリルはそっと目を伏せた。
「シリルさん、このあと仕事は?」
ぱち、と瞬きをひとつ。
「ありません」
「よかった。せっかくだし、カフェにでも行こうよ。僕、貴方と話したこと、そんなになかったよね?」
「そう、ですね」
シリルは後者に返事をしたつもりだったが、ルネのパッとした喜色の笑顔に、ああ、と思った。シリルの考えとは裏腹に、前者も含めた肯定の返事に聞こえてしまったらしい。
弁明する間もなく、ルネは身支度を整えていく。カルミアが外出許可を出して、カフェの空席の確認が取れて、シリルとルネの集合場所と時間が決まった。
「じゃあ、シリルさん。またあとで」
そう言って診察室の奥へ消えていくカマーベストを視線で追いながら、シリルは細くため息を吐いた。
「嫌かい」
少しだけ時間を置いてから、ぽとりと落とすようにカルミアが尋ねた。
「嫌と言いますか。……」
「戸惑ってる?」
火傷跡が覆う右腕に、カルミアの指が少しだけ沈んだ。
感覚は鈍い。
「ええ。正直」
「そうだろうねえ」
わっはっは、とカルミアが笑う。彼女が何をどこまで知っているのか、シリルは知らない。
「ところで、カマーベストって、なんかあるの?」
急ハンドルを切る彼女の話題から、危うくシリルは落っこちるところだった。「はい?」寸でのところで持ち直し、かろうじて疑問だけ投げかける。
「その服装の意味さね」
――なんかあるのかい?
ぐ、ぐ、と触診は続く。やはり鈍い感覚しか伝わってこない己の腕を、シリルは無意味にじいっと見つめた。
何かあるのか、といえば有るし、何もない、と思うのなら無い。
「私にはありますが……」少し考えて。「彼にあるかはわかりません」
「ルネにもあるでしょ」
間髪もなかった。それこそ、そう返すのが当たり前のように言うものだから、シリルは瞬間、反応が遅れた。
やおら
「きみにあるんだから」
「は、」
ぐッ、と。腕に沈む親指の感触。
「あ。痛いです」
「エ!? ごめん」
急にあわあわとするカルミアに、シリルは面白い気持ちになった。それから、少し晴れ間の見える外へ視線を向ける。
予報では曇りだそうだが、ランチタイムくらいは晴れるだろう。
2020/10/23
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