Spin-OFF
NY異聞録 序幕とは得てして 01アメリカ・ニューヨーク州、マンハッタン。
ニューヨークの三月は寒い。たいてい気温は一桁で、ニット帽やマフラーが手放せない。しかし、その寒さへの対抗なのかなんなのか。屋内の暖房はこれでもかというくらいガンガンに効いているものだから、分厚いコートやダウンジャケットの下は軽装だ。
現在、アレイドッグスの一般構成員Fチームである三人組も、似たような着こなしで街を歩いていた。一人はピーコートとマフラー。一人はニット帽に厚手のスカジャン。一人はダウンジャケット。
彼らは時折会話を交わしながら、宿泊先に戻るところであった。
「……で、自分のことばかりやってたシリルくん。なンか弁明は?」
絹のようにさらりと揺れる金髪を持つ男性――フィンレー=ジャイルズが、ブルーグレーの瞳を隣に向ける。その視線は、刀の切先のように鋭い。黙っていればとんでもない美貌で人を惹き寄せることの多いフィンレーだが、今の彼はソッと人が離れていくほどの不機嫌オーラがダダ漏れだった。
「特にありません」
シレッと。あんな視線を向けられても悪びれた様子もなく……いや、実際ただ事実を述べているだけなのだろう。顔色ひとつ変わらないこの青年は、本チームの最年少シリル=アッカーである。
オレンジに近い金髪に、ショッキングピンクに染められた襟足。これだけでも奇抜だというのに、普段の仕事着は白のカマーベストに紫のカラーシャツと、中々個性的なファッションセンスをしている。
表向きの仕事がカジノディーラーということもあるが……それにしても、だ。
特にフィンレーなんかはストレートに「視界がうるせェ」と苦言を呈した。シリルが「これが落ち着くので」と真っ直ぐに言い放ち、「俺が落ち着かねェよ」とフィンレーがチョップを喰らわせた話は、完全に余談だ。
「ブン殴られてェか」
「もう殴ってます」
「顔の話だ」
シリルは目を細めながら、殴られた肩をさする。たった一瞬の出来事だった。
「一丁前に“
揶揄するような、探るような。怪訝そうなフィンレーの言を、シリルはそれとなく黙殺した。彼の片眉がツン上がると同時、怒りゲージもわずかに上がったように思えた。
「……それで、これからどうする? アーウィン」
気を落ち着けるように言いながら、フィンレーが後ろを振り返る。三歩後ろをのんびりと(という空気が適切としか言いようがない)付いてきている男性……アーウィン=ダウエルは、「そうだなあ」とこれまたのんびりと考えるそぶりを見せた。
「斥候として来て、既にひと月と少し経ってる。こンな調子じゃ、一生LAに帰れねェぞ」
今回Fチームに下された指令は、『NYで
フィンレーの言う通り、Fチームの面々はひと月と少し前……二月中旬頃に、ニューヨークへ足を踏み入れた。しかし、情報収集の進捗は最悪も最悪だった。
まず、犯人の検討が全くついていない。男か、女か、LGBTQか。二十代か、三十代か、はたまた六十代か……。手に入った情報といえば、あれだけ破壊行為を繰り返しているにも関わらず、一定の信仰を得ているらしいことくらいだ。
次に、痕跡が何も追えていない。爆破先をどう選んでいるかの検討もつかなければ、被害現場も酷くめちゃめちゃで証拠のひとつも出てきやしない。
爆破被害がひとつ州を跨いだせいで、NYPDからFBIの管轄になったが、彼らも彼らで情報収集に大分苦戦しているらしい。であれば、自分達が上手く追えてなくても仕方がない……とは、アーウィンの言だ。
「ボスも考慮してるさ。催促の一つも来ないんだから」
「勘弁しろ。俺はNYでイースターを過ごす気は無ェ」
珍しく本気で嫌そうな顔をしたフィンレーが、シリルに視線を戻す。
「テメェも。今後は単独での行動や判断はナシだ。いいな?」
「はい」
あまりにも淡々と返すため、フィンレーは瞳を眇めた。本当か? と言いたげな疑いの眼差しを受けても、やはりシリルは表情の一切を崩さなかった。
「本当に分かってるか?」
とん、と。前振りも何もない、さっぱりとした声が、ダーツボードの中央に刺さる矢のようにシリルの鼓膜を突いた。アーウィンの声だ。
シリルとフィンレーが揃って視線を投げれば、彼はいつも通りの笑みを浮かべていた。
「分かってます」
変わらぬ声音で、改めるようにシリルが頷く。
「どうだか」
フィンレーは誰に聞かせるでもなく呟いた。それから溜め息を吐き、以降、シリルの行動を掘り返して
「じゃあ、明日からはシリルも交えて再調査な。フィンレー、シリルに今までの調査結果を共有してやれ」
宿泊先に着くなり、さっさとアーウィンは受付を済ませて部屋の鍵を受け取る。残された二人は、流れるようにエレベーターに乗り込むアーウィンを、ただ眺めることしかできなかった。
少しして、まず動いたのはシリルだ。それから、たっぷり三拍ほど置いてからフィンレーも動き出す。アーウィンが受付をしたなら、もう部屋の鍵は開いているはずだ。
このホテルはアパートのような形式で、キッチンや冷蔵庫、ベッドなどが備え付けられており、リビングルームとベッドルームが別々となっている。元々は通常通り一人一部屋のホテルに宿泊していたが、あまりにも仕事が長引きそうだと判断し、経費削減のためにホテルを移動したのだ。
そう、この仕事が終わるまで、男三人で共同生活である。
フィンレーは面倒臭そうな顔で、シリルは相変わらず無表情で、部屋までの道のりを歩く。
「明日の朝メシの時に情報共有してやる。七時までには起きろ」
「わかりました」
そうして部屋に入ると、既にシャワーを終えたらしいアーウィンが盛大にくつろいでいたので、フィンレーはこめかみを揉んだ。
各々シャワーなりなんなりを済ませて就寝すれば、なんの問題もなく翌朝が来る。
シリルが目を覚ますと、壁掛け時計は五時半を回ったところだった。ゴソゴソと起き出して端末を見れば、本日三月二十二日は曇りらしいことがわかる。ベッドサイドテーブルを挟んだ隣のベッドで、アーウィンが寝返りをうつ布ずれの音がした。……彼は案外、寝相が凄まじい。
フィンレーは既にリビングにいるようで、わずかな光と生活音が聞こえた。かすかにコーヒーの香りがする。
身支度を済ませてそちらへ向かえば、二つ折りにした新聞を片手にコーヒーを飲んでいるフィンレーと目が合った。
「よう」
「おはようございます」
彼は新聞をテーブルに放ると、「読ンどけ」と端的に言った。否定する理由も無いシリルが、大人しくテーブルに着いて新聞の文字を追い始めると、フィンレーが冷蔵庫を物色し始めるのが分かった。
「アレルギーは」
「? 分かりません」
「ア? ……過去になンか食って死にそうになったことは」
「無いです」
「ン」
続いて水の音。カツン、と五徳に金属がぶつかる音。チチチ、とコンロの火が付く音。
どうやらフィンレーは、朝食を作ってくれるらしい。
「フィンレー」
「なンだ」
「お人好しですか」
「……はァ?」
イングリッシュマフィンをトースターに入れながら、フィンレーが怪訝そうな声を出した。ちらりと視線も寄越したが、すぐに自分の作業に戻った。冷蔵庫からベーコンと卵を取り出している。
「お人好しはこンな仕事しねェよ」
壁に向いたキッチンのため、フィンレーの表情は窺い知れないが、シリルの言葉を蹴飛ばすように鼻で笑ったのが聞こえた。
シリル=アッカーとフィンレー=ジャイルズは、ほぼ初対面だ。
エズ=ハウトンという共通の知り合いはいるがそれだけで、任務前に顔合わせをするまでは、お互いの声どころか姿形すら知らなかった。しかもシリルはニューヨーク到着からつい先日まで、私用のためにマンハッタン中をバイクで走り回っていたので、この二人が腰を据えてまともに話すのは、今日が初めてだ。
少しすれば、シリルの目の前にエッグベネディクトが置かれた。
ひと皿しか用意されなかったそれを不自然に思いフィンレーを見やれば、彼は備え付けのコーヒーメーカーで二杯目のコーヒーを淹れるところだった。
視線に気づいたフィンレーが、なンか用かとでも言いたげに眉を顰めるので、シリルは目の前の皿を見て、フィンレーを見て。それから口を開いた。
「あなたは」
そう問われれば、言わんとしていることが伝わったのか「ああ、」と。
「もう食った」
「そうですか。……いただきます」
一口噛めば、ポーチドエッグから溢れる半熟の黄身とオランデーソースが混ざり合い、とろりと舌の上を柔らかく滑っていく。ジューシーなベーコンから滲み出た脂が、見た目よりもボリュームを感じさせた。
ロサンゼルスのエッグスラットで食べるサンドイッチとはまた違った味わいだったが、ここ一ヶ月はニューヨークの食事を取っていたので、逆に舌馴染みのよい味に感じる。
「なンかあれば塩でも足しとけ」
コーヒー片手に斜向かいへ座ったフィンレーが、シリルの目の前に瓶ごと塩を置いた。シリルは必要ないと思ったが、特に声には出さなかった。
「今までの話だ。一遍で覚えろ」
シリルはモゴモゴと咀嚼しながら頷く。
「まず、今回の斥候任務をするきっかけになった地下賭場」
フィンレーが自分の端末を操作し、画面に写真を表示させた。撮影日は二月十八日。撮影時刻は午前十時。ちなみに、マンハッタンに到着したのは二月十六日の夜だ。
よく現場に張られている例の黄色いテープの内側で撮られていたのは、かなり迫力のある大穴の写真だった。
浅いボウルのようになだらかに陥没している中央に、おおよそ直径三メートル程だろう穴が空いている。覗き込んだ底に、ビリヤード台やバカラ用のカジノテーブルが瓦礫や砂埃にまみれていた。一部横倒しになっているテーブルもあり、バーカウンターは(おそらく)真ん中から砕けていた。
自然光が入って見やすい写真は、血痕も見やすく写している。不自然に途切れているのはテーブルに阻まれたか、人間を運び出した後だからだろう。
「周辺に足跡等は無し。あっても、カジノ利用者の靴と一致した。特段収穫無し。他、被害を受けたウチのシノギも概ねそンなもンだ」
こちらに画面を見せながら、フィンレーがゆっくりと数回スワイプする。アレイドッグスのシノギで被害を受けたのは、地下賭場とカジノ、それから小さめのバーだ。
いずれも、表と裏の人間が入り混じる情報交換の場である。
「次。三月五日の新規」
スワイプで現れたのは、崩壊した西洋風の建物だ。
ほぼ瓦礫の山と言っても差し支えないほどめちゃめちゃになっているそれは、どうやら教会のような造りをしていることが伺えた。
こちらも黄色いテープの内側で撮ったもののようで、現場の様子がテープに邪魔されることなく確認できた。
「こっちも不審な足跡無し。開けた場所で人の動きがよく見えるが、爆発前後に人影は無い」
詰みだな、とフィンレーが端末をポケットに戻す。
「六日から昨日までは何を?」
「テメェがソレを言うか」
鋭い言葉を返されたが、シリルはものともしなかった。嫌味でもなんでもなく、ただ気になったから聞いたのだ。
正直なところ、ここ一ヶ月調査に参加しなかったことについて、シリルはこれっぽっちの罪悪感も抱いていなかった。だからあの発言が飛び出したとも言える。が、あの質問は、シリルが協力の姿勢を見せたことの表れでもあった。
フィンレーは溜息を一つ。
「生きてたウチの構成員に話聞いてたンだよ」
シリルはパチリと瞬きをした。現場はあんな惨状だったというのに、生き残っていた人間がいたらしい。
話によれば、その男――便宜上、〈破壊者〉とする――は、現場で皆が各々ゲームなり飲酒なりで楽しんでいたところにヌッと現れたという。それも、何も無い空間から。その表現通り
となれば、〈破壊者〉諸共マンハッタンの土の肥やしにでもなってそうなものだが、どうやらそうではないらしい。
ここでシリルが『わずかに目を細める』という、感情の乗ったような表情を見せた。
「なるほど。……彼に掘り返されると困りますね」
「は?」
「いえ、個人的な話です」
フィンレーは眇めた視線をシリルへぶつけた。
「ロクでもねェことすンなよ」
「しません」
「どうだか……。ま、少ねェが情報は今ので全部だ」
言うなりフィンレーは席を立った。そうしてコーヒーカップをサッと洗ってしまうと、「テメェの皿はテメェで洗えよ」と言い残してベッドルームへ向かう。
端的に「はい」と返事をしたシリルが、若干冷めた二つ目のエッグベネディクトに口をつけるとほぼ同時、フィンレーがリビングへ顔を出した。今の今で戻ってくるとは忘れ物だろうか。不思議に思ってそちらに視線を向ければ、フィンレーがかなり複雑な表情をしている。
言語化が難しいが……呆れと、やるせない怒り、それから疲労に近いような。それらを混ぜてから冷蔵庫で固めて、固まったものを更にぐしゃぐしゃにしたような――とにかく色々な感情が、ない混ぜになったような顔をしていた。
「……オイ、どこ行ったンだあの人」
流石にその問いには、すぐに答えを返せなかった。
シリルが起きたその時は、凄まじい寝相の余波で山を作っていた布団が、もぬけの殻。寝ていたはずのアーウィンは、今や影も形も無かった。
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