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althaea0rosea

少し遠くの山へ探索に行った帰り道、俺はふと視界に入った道端の少女の前で立ち止まった。木の根元でうずくまり、小さく膝を抱えている女の子供。当時は自分も大概幼かったが、そんな俺よりもさらに幼い子供がたった一人で、人里離れた森の近くに座り込んでいる光景には何かしらの感情を抱かざるを得なかった。
ひと目で分かったのだ。この少女が自分と同じエーギル人だということが。
時間帯のこともあった。もうすぐ日暮れだ。距離のことを考えたら、俺の方こそ今から急いで帰らなければ先生に怒られてしまう。けれどもこの少女はどこかに帰ろうとする素振りもなく、どこかへ向かおうとする挙動もなく、どこか呆然とした様子でただ静かにそこに座っていた。俺はなんとなく声をかけた。

「そこで……なにしてるんだ?」
「……」
「寝ているのか?」

少女は立ち止まった俺に気付いていたが、話しかけても特に反応することはなかった。だから寝ているのかと思ってそう問いかけたが……よく見るとうっすらと目が開いていて時折ゆっくり瞬きをするから、かろうじて起きてはいるようだ。しかし眠そうではある。それもかなり。
たぶん俺がここを通りかからなかったらそのまま寝ていたのだろう。この時の俺は起こして悪いことをした、と安直に考えたが、今になって思えばそんなことは取るに足らないことだと言い切れる。
今ならあの時起こして悪かった、なんて決して思わない。重要なのは、この日偶然俺と彼女が既に出会っていたこと、ただそれだけ。

返答を待っているうちに、いよいよ少女のまぶたは閉じられ、頭がカクンと揺れ動いた。こいつ、本当に寝ようとしているじゃないか。こんな道端で座り込んで……具合でも悪いのか?いや、この少女はただ眠そうにしているだけのように見える。だったら、帰る家がないのか?いや、まあ体は痩せているが、格好を見るに帰る家がないわけではなさそう。ならば家出か?それとも何かやらかして住処を追い出された?思いつくことをあれこれ問いかけてみたものの、彼女はやはり何も言わずに悠々自適に船を漕いでいるだけだ。もはや俺の声が聞こえていないのかもしれない。

エーギルの不遇は俺も当事者だから当然知っている。もし帰る家がないだとか、行くあてがないような危機に瀕しているのなら、先生のところに連れて行って相談するとか、そういうことは出来そうだが。しかし勝手な憶測で見ず知らずの少女に余計な世話を焼くのもな、と思い。
俺はそのまま通り過ぎようとした。通り過ぎようとしたところで、また立ち止まった。憶測の前に想像すべきことがあると気づいたから。
このまま俺がこの場所を離れたら、このエーギルの少女は本当にここで眠りについて、ここで一夜を明かすことになるかもしれない。それって大丈夫なのか?半世紀前イベリアを襲った天災の影響でこの辺りは随分と静かになったものだが、無力な子供に対して何かしらよからぬ事を考える不埒な輩はどこにでもいる。人攫いも珍しくない。なおさら、過激な思想を持つイベリア人なんかが通りかかったら絡まれてしまう可能性もある。
考えてみろ、もしこの場に先生がいたら、あの人はどうすると思う?ああ、そんなことは考えるまでもなかった。

「……早く家に帰った方がいい。そこの街までなら送ってやる」

俺は踵を返して少女のところまで戻ってきた。しかしどうにも反応がないから、やっぱり無視して帰るかと思ったり思わなかったり、いややっぱり、無視して帰ったことを後から先生に咎められるより、門限を過ぎたことへの言い訳に使う方が合理的だ。
返事がないなら仕方がない、俺が痺れを切らして手袋をはめた手で彼女の腕を掴むと、少女は驚いたように飛び起きた。ようやく何かしらの反応を示してくれて安心したが、「あ、あ」と零れる声は何か恐ろしいことをされたかのように震えていて、掴まれた腕を凝視して振りほどこうとするから、俺はすぐに手を離した。そこまで驚くことだったか。この俺自身が人攫いだと思われたか。
この時初めて少女は俺の姿を視界に入れた。だ、誰……?という顔をしていた。生憎だが、俺も同じことを思っている。

「この辺に住んでいるのか?」
「……」
少女は困惑げにこくりと頷いた。
「立てるか?」
「……」

自信なさげにまた頷く。どうしてそんなにおそるおそる頷くのか気になったが、単に俺を不審がっているだけなのだろうと判断して、今度は腕を掴むようなことはせず手招きで立ち上がらせた。暗くなる前に帰ろう、と。少女は終始困惑していたが、大人しく立ち上がってくれた。
森の向こう側には海しかないから、向かうべき方向はおそらく同じだろう。俺が歩き出すと少女はとぼとぼと斜め後ろをついてきた。普段のペースで歩くといつの間にか置いてきた、なんてことが起こりそうだったから、この時間の帰り道にしては随分とゆっくり歩いた。門限のことはとうに気にしていない。

それから少女とは一言も言葉を交わさず近くの街で別れた。しばらく歩いても眠そうな顔をしていたことを笑うべきなのか、心配するべきなのか、出会って間もない俺にはどうすればいいのかよく分からず、彼女の素性のことも知らないまま俺は今度こそ帰路についた。
随分と遅くなってしまった。だが先生に事情を話せば許されることはわかっていたから、今から走り出すなんてことはしなかった。俺はそれよりもたまにはこんな日もあるもんだ、とか、在り来りなことを適当に考えて、この日のことはすぐに忘れた。すぐに忘れると思った。しかし結果的には、年月が経つほどに強く鮮明に記憶に刻まれることになった。



1ヶ月後。俺はまた少女に出会った。しかしその出会い方というか、出会った時の状況というがあまりにも異常に塗れていて、俺は情報を処理するのにしばらくの時間を使った。



「ッあ……つ」

驚いて手を見ると、火傷している。どういうことだ?まさかと思ってもう一度触れた。結果は同じだった。火傷の箇所が増えただけ。
ただ熱いんじゃない。風邪の時の高温どころじゃない。少女の体は高熱だった。しかしすぐにまた新たな疑問が生じる。手袋をしていた時はそうでは無かったよな?
不思議に思いながら、外したばかりの手袋をはめ直して再び少女の体に触れてみる。今度はさすがにおそるおそるだ。すると、やはり熱くない。それどころか冷たいくらいだ。俺は確信を得るために、手袋をしても隠れない素肌の部分で少女に触れた。
やはり火傷をした。
すぐに同じ箇所を手袋越しに触れた。
……まったく熱くない。

「……」

確信を得た。少女の素肌に同じく素肌で触るととんでもなく熱くなる……瞬間的に高熱が生まれる。ほんの一瞬だけでこんなにも分かりやすく火傷をするくらいだ。触り続けたら爛れてしまうかもしれない。






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