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althaea0rosea

「ごきげんよう、お二人とも。素敵なお召し物ですね。よく似合っていますよ」
「どうもおおきに……って、あなたもね。さっきは言いそびれてしもたけど。いつもの黒ずくめもあなたらしいけど、着飾った姿も好きですわ」
「ふふ、ありがとう」
「ほれ!あんたも!ボスの御前やで!」
「いたっ。……あ、ありがとう、ございます。オモダカさん、きれいです……」
「うふふ。ありがとう」
背中いたい。

目覚めてみれば思ったよりも夜はそこまで深くなく……むしろこれからが本番、みたいな雰囲気で会場内はわいわいと賑わっていた。
どこもかしこもキラキラしていて眩しい。自分がこんな、文字通り汚くない、綺麗な格好をして綺麗な場所に立てる未来が来るなんて。
まあ、多少血で汚れてはいるが……そんなことは些細なことだ。
「……」
片方はほとんど男装だけど、女性二人の会話なんてそっちのけで、テーブルに並べられた食事やらデザートやらを見つめる私。色鮮やかで、美味しそう。口の中でよだれがぶわっと吹き出してくる。
なにより、昔の私の百年分くらいの食事が一度に出されている光景は、目を見張るものがあった。あの量、ここにいる人だけで食べ切れるのかな……。
「なんや、腹減ったん?」
「……うん」
「あら。せっかくなら、良い場所をご案内いたしますよ。もしかしたら先客がいらっしゃるかもしれませんけれど」
オモダカさんはボスなのに、率先して色んなところを案内してくれるなぁ……まあこの船が彼女の表向きの会社のもの、という話は聞いているので、そういうものなのかもしれないが。


チリさんと私は、比較的人の少ない、けれども船内のきらきらな装飾が意外な角度から一望できる、穴場のような空間へ連れてこられた。
そこにはオモダカさんが予想した通り……なのかな?中央のテーブルのところで、女の子が三人、寄り添いあって美味しそうなデザートを食べているところだった。
「あれ?ねえねえ、二人とも。チリさんと一緒にいるの、誰かな?」
「……さ、さあ、誰だろうね。うちは知らないなぁ〜……」
「またまたー。なんでも知ってるボタンが知らないわけないでしょ?ねぇアオイ、声かけてみようよ!」
「あはは!はしゃぎすぎだよネモ〜」
さっき部屋で殺されてた女の子と同じ……私とも同じくらいの年頃の女の子たちは、私を一目見たとたんにこちらに走り寄ってきた。
え、なになに?チリさんと顔見知り?あと、去っていくオモダカさんに元気いっぱい手を振ってる。じゃあ、組織の人間なのだろうか。まさに、どこかの社長令嬢と言わんばかりに可愛いドレスを着こなしているから、見た目だけで言えば一般人みたいにしか見えない。
今朝の運転手さんのペパー?さんくらいの年齢の子たち、他にもいたんだ……。あんまり部屋から出ないから知らなかった。この組織に属する人間は本当に幅広いようだ。

「私、ネモ!こっちはアオイ。向こうでコソコソしてるのは、ボタン!」
「……は、はじめ、まして。なまえです」
急に手を握られるからびっくりした。肩をビクつかせ、チリさんの後ろに隠れようとするが、駆け寄ってきた二人は目をキラキラさせながら私のことを見つめている。
あの、えっと、その、距離感どうなってるんだろう……チリさんとはまた違った遠慮のなさがある……。
「この子、シャイなんよ。あんまり詰め寄ったら怯えてまうで。手加減してな」
「そうなんだ!なまえ……うん、覚えた!恥ずかしがり屋さんなんだね。大丈夫!私、怖くないよ〜?ぜんぜん怖くない、怖くない!」
「ネモ、怖がってる、怖がってるから」
なんか友だち多そうだな……私とは正反対。私とはテンションに差がありすぎる。普通だったら関わることもなかっただろう。私がチリさんといるから、物珍しく見えたとか?
ていうか、ボタンさんって……あの情報屋のひと?聞き覚えがあるから間違いない。私は一人だけ向こうで静かにデザートを食べ進めている女の子を盗み見た。情報屋という言葉だけでインテリっぽい大人の人だと思っていたから、随分と幼いそのギャップにびっくりだ。
「えっと……ネモ、さん。アオイさん。それから、……ボタンさん。よろしくおねがい、します」
「ネモさんなんて、堅っ苦しい言い方!ネモって、呼び捨てにしていいんだよ!」
「そうそう、私のこともアオイって呼んでね。だって私たち、もう友達なんだから」
「……トモ……ダチ?」
友だちってこんなに安易になれるものなの?学校ではずっと一人でいたから、知らなかった。

私は今日、初めておともだちができた。


「ねえねえ、なまえはチリさんとはどこで知り合ったの?」
たくさんの料理が並べられたテーブルに座って、夕食を始めた私とチリさん。もうデザートも食べ終わってしまったネモ……と、アオイ……と、それからボタン……(呼び捨てに慣れない……)この三人は、向かい側に並んで座って私たちに問いかけてくる。
と言っても、ボタンさん(やっぱり心の中ではこう呼ぶことにする……)は一人黙って携帯電話みたいな小さな機械に目を落としているけど。

「チリさんは……数ヶ月くらい前に、突然私の家に来て、それで……拾われた、っていうか」
「へぇ〜?なんで、なんで?」
「な、なんでって……」
父を殺した私を面白がって……って言葉では簡単に言えるけど、このことって言ってもいいのかな?なんだかこの子たちは普通の一般人のように見えるから……。
私の隣で美味しそうなパスタにフォークを絡ませるチリさんに目をやる。
「仕事で家にお邪魔したら、この子自分の父親殺したとこやってん。オモロ〜って思って持って帰ってきたんよ」
そのまま言った……。
「へぇ〜?なんで、なんで?なんでお父さん、殺したの?」
「え、えっと、それは、その……」
なんだかネモさんからものすごく質問攻めにされてる。なんだろ、この、人を値踏みするみたいな目は……ちょっと怖い。
パーティー会場で食べる食事はなんだかいつにも増して美味しいから、一人でもくもくと食べたいところだけど仕方がない。せっかくできたおともだちなのに嫌われたくないからと、頑張って応答することにする。チリさんも、微笑ましそうに眺めていることだし。

なんで父を殺したのか?……ええっと、なんだったっけ。あの時のことを悶々としながら思い出そうとする私に、顔を覗き込んでくる一同。
最近は毎日を楽しく過ごせていて、過去のことを考える機会なんてなかったから、思い出すのに苦労する。
「たしか、手が、勝手に動いて……」
「勝手に?殺意、あったの?」
「たぶん……。気づいたら、全部終わっていました。だから、理由という理由も、特に思い当たらないです」
そう言うと、チリさんは隣で「ま〜た同じこと言うとる」と面白がるように呟いている。前にも同じことを言ったことがあったっけ?
「だから、あのひとがいつ死んだかも分からなくて……。ていうか……私は結構最後の方まで父は生きていると思い込んでて」
「じゃあ、生きてると思い込んだままぎったぎたにしたの?すっごーい。お父さんのこと、すんごい恨んでたんだね。ひどいこと、されてた?殴られてた……とか」
「……?そんなこと、されてないです」
放置はされていたけど。
「そう?じゃあ特に理由がないなりに、あえて理由をつけるとしたら、どう?」

それは、邪魔だったから、ですけど。

「ふぅ〜ん?そっか、答えてくれてありがと!色々あったんだね〜」
色々話したあと、ネモさんとアオイさんはふんふんと頷いていた。私の人生を色々で済まされてしまった。転校生みたいな感じで、好奇心から根掘り葉掘り聞いてきても……実際この子たちにとっては他人ごとだからな。私自身も他人ごとだし。
この話を聞いてからやけに嬉しそうに笑っているネモさんは怖いから気にしないようにして……その横で、アオイさんがいきなりテーブルにバシンと手を置いて言った。
「ていうか、チリさんが突然家に来るって怖くない?私ならすぐ逃げてるよ!」
「確かに……アオイの言う通り。チリさんって普段は捕虜のお世話ばっかりだから、滅多に外に駆り出されないからね……そんな中でチリさんと偶然出会って、殺されずに拾われて……相当運がよかったんじゃない?」
運?私、運が良かったのか。そうなのか。
当時のことなんて、全部チリさんのさじ加減で未来が変わっていただろうから、自分の幸運さなんて気にも留めてなかった。

「その時さ、なまえはどうして逃げなかったの?まあ……チリさんから逃げるなんて、至難の業だけど」
アオイさんの言葉に、また考える。どうして?さあ、どうしてだろう。逃げても無駄……って、思ったからかな。
当のチリさんも、自分の顎に人差し指を置いて当時のことを思い出しているようだ。
「そいや、あの時のなまえ、チリちゃんに見つかってもポケーっとしてて、逃げる気配まるでなかったわ。そんなに怖かったん?」
「そりゃあ、怖かったですけど……」
「ふぅん。せやけど、今はもうとっくに馴らされてしもたな。な?こーんなことされても、怖ないやろ?」
肩を組むように腕を回され、喉元を指先ですりすり撫でられた。まあ殺す気がないってことはもう分かってるから、怖くなんかないですが。
ていうか何を聞かれているんだ、私。

「……気づいてもらいたかったんじゃない。ゴミ屋敷に閉じ込められた自分を。誰かに」

その時、これまで黙って話を聞いていたボタンさんが口を開いた。視線は手元の機械に置いたまま。
「大騒ぎしたら近所に聞こえるだろうし。……近くの住民は不審に思って、警察を呼ぶかもしれない。アパートの上の階から血が垂れてきたらさすがに何事だって飛んでくるだろうし……残念ながら、当時はたまたま全部屋無人だったみたいだけど……」
「……ボタン?」
「変だと思ってたんよね……状況から見ても、変な行動する子だなって。でももう分かった。騒ぎを起こして、誰かに見つけてほしかったんでしょ。自分はここにいるよって。たぶん、だから、最初から逃げる必要もなかったんよ」
「……」
「まあ……それでやって来たのが反社の人間だったなんて、かわいそ……」
彼女が淡々と、あまりにも核心を突くようなことを言うものだから、全員でポカーンと口を開けた。私が一番口の開きが大きかった。
言われてみれば……その通りだ。私は誰かに見つけてほしかったのかも。早いところ、死んだように生きていたあの地獄みたいな生活から抜け出したかったんだ。
……その先に待っていたのが、一夜限りの舞踏会外の世界だったとしても。
色々酷いこともされたけど、今となってはチリさんにとても感謝してる。だから……可哀想というのは心外だ。


「なかなかオモロそうな子たちやろ。ボタンはうちらきっての情報通やし……ネモとアオイはあれでも次期幹部候補なんやで。チリちゃんなんかあっちゅう間に追い越されるやろなぁ」
「私はチリさんとずっと一緒なので、関係ありません」
お腹がいっぱいになったところで、パーティー会場を抜け出て部屋に戻ってきた。さっきまで寝ていたから寝れる気がしないけど……チリさんは明日はお仕事もなくゆっくりできるみたいだから、夜更かししても問題ない。
ソファーに並んで、たまに言葉を交わしながら静かに時を過ごした。

こうしてバスローブ姿になって髪をおろすと綺麗なおねえさんにしか見えない。なんで普段は男性的な格好をしているんだろう。似合ってるからなんでもいいけど。
どこかからお酒を持ち寄ってきたらしいチリさんの手には、ひとつのグラスが。なんとなくそれを両手で挟み込んで口元に持っていくと、意図を察したチリさんは手を少し傾けてくれた。
「にがぁい……」
「舌がお子ちゃまやねんな」
「……うぇ」
吐きそう……。口元を押さえようと手を離すと、チリさんもグラスをテーブルに置いた。

「お口直し、しよか」

チリさんも同じものを飲んでるんだから、そんなことしても意味ないです。その言葉は、発せられる前にチリさんのお口の中に消えてしまった。


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