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althaea0rosea

「よう眠りよる。いつの間にか死んどるんやないかと思ったわ」
「……ん、……おは、よ、ござ、ま……」
「もう夜やけど」
はて、私はいつから眠っていたのだろう。重たい目をこすりながらきょろきょろと周りを見回す。えーっと、確か……。

今日は深夜に突然「出かけるで〜」と叩き起されたかと思えば、お人形さんに着せ替えするみたいにあれよあれよと身だしなみを整えられ、いつもより華美なドレスに身を包み、髪の毛はくるんと巻いて、それに合うお化粧まで施された。
チリさんはチリさんで、なんだかモデルさんみたいな服装をしていて、今日はいったいどんなイベントが待ち受けているのだろうかと首を傾げている間に、駐車場でシンデレラの馬車みたいに待っていた黒光りする大きな車に詰め込まれたのだ。
「ああっ!チリさん今日もバシッと決めてカッコイイじゃないすか!」
そこで待っていたのは、片目が隠れたキザっぽい男の子……運転席に座っているから、運転手さんだろうか?
「どう?イケてる?」
「そりゃもう!ハイダイ料理長の美味いもんいっぱい食えるっていうから、俺も気合い十分入れてきたってのに、くはーっ!眩しいちゃんだぜ……さすが幹部ってか〜?」
「なはは。こんな時間でも元気がええなあ、ペパーくんは。ほんなら頼むわ」
私と歳が近そうなのに、チリさんに対して若干砕けた言葉遣いをしているから、普通の部下の人たちよりは親しい関係なのだろうか。
「これオルティガ坊ちゃんに借りた車なんで、ちょっとばかしうるさいちゃんかもだけど、安全運転で行くぜ」
出発前、バックミラー越しに目が合うと、その子はニッと笑って親指を立ててくれた。あ、いい人そう。
いったいどこに連れていかれるのか分からないまま……隣で平気そうに腕や足を組んでいるチリさんにしがみついて、ガタガタ震えながら人生で初めての高速道路を体験した私。

その車が行き着いた先は、豪華客船という、バカでかい船だった。

「じゃ、俺は先に来てるはずのいつメンと合流するんで。今夜か明日か明後日にでも、パーティー会場で会えたらいいっすね!」
「おー。お疲れさん。報酬はまた今度な〜」
車を降りるとき、運転手さんは外から後ろの座席のドアを開けて、段差を少なくするための木の足場まで用意して、流れるように私の手を取り「足元、気をつけな」と支えてくれた。
「ありがと……」
「いいってことよ!」
エスコートってやつ?なんか、今のは本当にシンデレラのような気分だった。私が唯一読んだことのある絵本だ。不幸な娘が綺麗なドレスに身を包んで、舞踏会へ……。
それ、今の私のこと?なんちゃって。
ほんと、変な気分。


「今日は全部で三人……か」
窓から朝焼けの見える客船の廊下を進みながら、チリさんの独り言に耳を傾ける。周りにはふつうに人がいるけど、この人が言っているのはたぶん今日殺す予定の人数だ。
この船では明日までに人が三人死んでしまうらしい。事件だ……通報しなきゃ。
「まあ、こういう重鎮が集まるパーティーにしては少ない方ではあるけどな?めんどいことには変わりないわ〜……このチリちゃんが、一日で三人も殺れるかっての、もー、困ったボスやで、ほんま」
「……」
それ、ボスに聞かれたらヤバいのでは?まあいいか。私には関係の無いことだ。
それより、私ってチリさんのお仕事現場を見たことがないんだよな……初対面の時を除けば。暗殺はもちろんのこと、普段この人が担当する尋問系のやつも、見たことがない。
チリさんはここでお仕事をするために招集されたらしいが、どうして私まで連れてこられたのだろう。
「そりゃあ、うちらのボス主催のパーティーなんやから、これ。お呼ばれされただけや」
パーティー……そんなもの、もちろん参加したことがないから想像もつかない。まあなんか人が集まってわいわいするやつ、っていうのはなんとなく分かる。
「もちろん表向きにはそうやのうて、ボスが持ってるグループ会社とその取引先のお偉いさんがたによる、えー、これからもよろしく〜っちゅうアレや。アレ」
「よくわかんないですけど……私は、そのどこかの会社の関係者のふりをしていればいいってことですか。一般人のふり、みたいな……」
「そゆこと。理解が早いなうちの子は。ま、ちゃあんと自分専属のボディガードがずっとそばにおるから安心せえよ」
「ボディガード……?だれですか、それ」
「チリちゃん」
「ああ……はい。そうですか」
「もっと喜ばんかい」

そんなこんなで豪華客船は明け方に出港。この次に寄る港で、本当の一般客が乗り込んでくるらしい。
しばらくは自室で待機の時間だったが、初めてのことばかりでテンションが高まっていた私は、二度寝もしないで窓の外の海をわくわくと眺めたり、部屋の中のきらきらした飾りを眺めたりしていた。
そうそう、それで、その後さらに時が過ぎ、太陽が沈みかけた頃……。

「チリさん、ねむい」
「あー、今日あんま寝れんかったもんな」
「ねむい、ねむい、ねむい」
「やかまし……急かすなそうやって。もうすぐ終わるんやから我慢せえ」
「……でも、あと二人も残って……」
「なんや自分!チリちゃんの仕事が遅いって言いたいんか!?」
「うん……」
一人目、思ったよりもすんごい時間がかかっていたから、これがあと二人分あると思うと気が遠くなりそうだ。この人本当に……人を殺すの得意じゃないんだな……というよりは、もはや人を虐めるのが大好き!!!って感じだった。それはもう、引くほど……(話し出すと長くなるので、何があったのかは割愛)。
聞けば、今日は拳銃が使えない日なのだそうだ。理由はこの船のオーナーであるボスが、自身の持ち物の床や壁に穴が開くのを嫌うから。おかげでナイフ一本での暗殺を余儀なくされ、結局多くの血液で床を汚すはめになっていた。傷を付けるのは嫌でも、血痕については謎に許容してくれる、謎の多いボスである。

「……ね〜え、……もうねるの……」
チリさんに小さな子みたいに手を引かれながら目を擦る私。眠いのは本当だ。でもかまって欲しくてわざと足取りを遅くして、わざと大きなあくびをすれば、思った通り「しゃあないなぁ」と体を支えてくれるチョロいチリさん。
「なまえ、聞いて。今夜はゆっくり寝させたるから。起きるまで起こさんようにしたるから。な?わかった?あとちょっと、我慢しよな?あと少しやねん。ほんま。チリちゃん、次は上手くやれるわ」
「(どうだかな……)わかった……我慢する……」
「よぉ〜しよしよしよし!いい子やねぇ〜」
そんな会話をしたところで、目的地に到着。二人目だ。中にはとある外資企業の偉い人がいるらしいが、私は今から殺される人の詳細なんて特に興味がないので、ただひたすらチリさんの後ろについていくだけ。
ボディーガードの人が忙しいと、こっちが振り回されるから大変だ……。
「ほな、ごめんくださーい。失礼しますよ」
「な、なんだ君たちは?外のガードは、どうした……!?」
「ん?ああ、外のあんちゃん、うちの知り合いなんよ。飯奢る仲やし、彼女さんの名前も知ってんで。そりゃあ顔パスや顔パス」
「……はっ?」
「んじゃ、さっそくやけど、さようなら」
「待っ――」
チリさんがようやく二人目のターゲットに取り掛かったところで……私は奥の方にいい感じのベッドを見つけ、誘われるように倒れ込んだのだった。
チリさんのことだ、どうせまた時間がかかるだろうし、ここで一休みすることにしよう。うん。それがいい。

「お、おま、えッ……!わ、私の……娘は……ぶ、無事、なのか……?……ッあ゛あ゛あ」
「うっさいわ。はよ逝け」
「ぎゃ、っあ゛あああっ!はぁ、はぁ、……っ離せっ、クソ、……リリー、リリーッ……!」
「アッ避けんな!ダル〜!なんやコイツ、ちょこまかちょこまかと!ネズミか!?黙ってとっとと死に晒せッ!」
「チリさん、うるさい……」
……あの男の人、チリさんが殺すの得意じゃないせいでやっぱり無意味に拷問みたいな真似をされていた。まあこれでも一人目よりはマシだ。
苦しみに悶えながらずっと誰かの名前を呼んでいたから、眠るのに少し耳障りだったけど、眠くて眠くて、そんなことも気にならないくらいすぐに意識は遠のいた。


そして、現在。
窓の外はとっくに暗く、どのくらいの間眠っていたのか私には知る由もないけれど、目覚めた時、ちゃあんと私のボディガードさんがそばにいてくれたからとても安心した。
「おはよ。あんたがすやすやしてる間に、チリちゃんもう仕事終わらせてしもた」
「……そうですか」
てきとうに返事をしながら、ん、と両腕を広げると、チリさんはそれを無視して私の顎に片手を添え、優しいフレンチキスを始めた。……仕方なく、行き場をなくした腕をベッドに落としてまだ眠い頭でそれに応える。
だめだ、まだ眠い。眠たくて眠たくて、まぶたが落ちかけて頭がこてんと真横に倒れた。そんな私に微笑みながら、同じように顔を傾けキスをする彼女。さらに体ごと後ろに倒れ込みそうになると、チリさんは後頭部を支えてまでしつこく口付けを続けた。

「……ぐぅ」
チリさんの腕の中で、ほとんど二度寝につく私。こっくりこっくり船を漕ぐ頭が目の前の肩にコツンとぶつかり、さすがにうっすらと目を開ける。
「さーて、そろそろボスが待ちくたびれてるところや」
「……?今日は、このあとなんもないって」
「それなぁ。今夜はパスしよかと思っとったんやけど、さっき直々にパーティーに誘われてしもたんでな。起きたんならはよ行くで」
「……そう、なんですか」
ふと。
窓際の方の床を見ると、いつの間にか死体がひとつ増えている。可愛らしいお洋服に身を包んだ、私と同じくらいの年頃の、可愛らしい女の子。
……ああ、この子が三人目だったのか。二人目の人の、娘さんかな……?本日三度目ともなるとチリさんの手も慣れたのか、あまり苦しんだような顔はしていなかった。切り口も一つだけ。すぐに楽になれたのかな。
「……」
いいなぁ、私もあんなふうに安らかな顔をして眠りたい。きっと天国へ昇ったのだろう。私はもうそこへは行けない。


「……チリさん、まって」
「なんや」
ベッドのへりから立ち上がろうとしたチリさんを呼び止める。私は振り返った彼女の頭に抱きついて、そのまま後ろに体重をかけた。
まっすぐ目を見て「まだ行きたくない」と訴えかけると、チリさんは片眉をあげて壁に手をつく。
「ハァ〜甘えたさんやなぁ。ボスに怒られてもええんか?」
「怒られるのは、チリさんだけだもん。あの人、いつも私には優しいから」
「しばくで」
ボス……というのは、聞いて驚け。前に私にココアとサンドイッチとショートケーキを奢ってくれた、お嬢様みたいな女性の正体だ。その名もオモダカさん。あれから何度か顔を合わせる機会があり、その度に何故だか懇意にしてくれている。
正体を知った時には顎が外れそうになるほど口をあんぐり開けて驚いたものだけど、元々感じていたそのただならぬオーラに「言われてみれば感」があり、納得したものだ。

既に支度を整え、手袋まではめたチリさんの手を取る。今は、そういう気分なの。私はめげずに、すぽーんとその手袋を外してしまった。
「ああ、ああ、困った子やな」
「おねがい。チリさん。おねがい、します」
「お願いったって」
「少しだけ……私も天国に行きたいの」
「……なんや?それ」
「こっちの話」



「ん、……」
今日もまた、名前も知らないどこかの誰かを殺した、その手。ナイフや拳銃を握り慣れているとは到底思えない、チリさんの白くて綺麗で長い指が私の中で蠢いている。きもちいい。寝起きだから余計に。
血の香る死体のそばで、体をくねらせよがる背徳感に、脳内が焼けているみたいに熱い。
「……チリ、さ……ん」
「……ん?」

すき。

「ちょお、二度寝させるためにわがまま聞いたんやないで」
「……ん、…………」
「あかん、だめだこりゃ」
反応の薄い私に呆れながらも、優しく動かす手は止めないんだから、チリさんはとことん私に甘くなったな。
目を閉じて、だんだん強まってくる快感に集中する。めくれあがったスカートから覗く膝を擦り寄せ、素足をチリさんの腕に擦り付ける。
「……ぁ、……ん、っん……」
右手の甲を口元に寄せて、もう塞がった傷跡にガリッと歯を立てる。鈍い痛みで気が紛れるから、行為の際はこうするのが癖になってしまった。
「顔、隠さんといて」
すると、決まってチリさんはその手をとっぱらってシーツに押し付け、ほとんど密着するような形で覆い被さってくる。下の手は動かしたまま、口を塞いで、ちゃんと舌まで割り込ませて、口内をなぞられ、あつあつの唾液がおりてくる。
そんなことをされたら噛むにも噛めず、でも抵抗も出来ず。ほんのり香るお酒の匂いを感じながら、そのまましばらくの間きもちいところを執拗に撫でられて……すぐに頭が真っ白になった。
「……ひぁ……、っ、はぁ、はぁ……ん、…………っ」
いっちゃった。うっすらと目を開けて、肩で息をする。涙で視界がぼんやりする。酸素を取り込むために口を開けて、小さな声でチリさんの名前を呼んだ。チリさん、よく見えない。
そしたら、返事の代わりにまたキスをされた。三回くらい。軽く触れるだけのやつ。ぎゅうぎゅう締まる中の感触を楽しんでいるのか、未だに指を動かされてる。びくびく震える太ももが自分からでも丸見えだ。今になってスカートがめくれてるのが気になって、裾を手でぎゅっと引っぱった。
「かーわい」
「……」
眠たい。でも、起きなきゃ。わがままはこの辺にしないと。
チリさんにぎゅうっと抱きついて、起こしてもらった。そのままひっついていたら、何も言わずにしばらく抱っこしてくれた。その間、チリさんは背中を優しくさすってくれた。温かい。ママ、みたい。
私には訪れなかった幸せな幼少期を、今、取り戻している気分だ。


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