お菓子の日

althaea0rosea

「何様のつもりだい? このツバキを差し置いてそんな陳腐な物をアニキに差し出そうだなんて」
 一日中探していたリーダーの背中をようやく見つけたと思ったら、そんな声に呼び止められた。軽蔑、とまではいかないけどなんだか少し鬱陶しそうな表情をこちらに向けるこの男は、キャプテンを務めているにも関わらず性格に難ありで、あのリーダーですら手を焼いている、そんなやつ。
 なんか……いつも出てきてほしくないところでひょっこり顔を出すんだよなあこの人。あともう少しタイミングが早かったら、……それかもう少し遅かったらこんなややこしいことにはならなかったのに。
「別に、関係ないでしょ」
 集落のどこにいても目立つ巨人みたいな彼の大きな手には、不釣り合いな程に小さくて可愛らしい袋包みが乗せられていた。中身が何なのかはどうでもいいけど、たぶんお菓子だ。それもリーダーに渡すやつ。
 私がじいっとそれに視線を送ると、ツバキの視線も同様に私の手に注がれていて。また何かしら悪態をつかれそうな気がしたから、さっさと目的の方向に歩き出した。早歩きで。

 今日が大切な人にお菓子を渡す日、なんてのは初めて聞いた話だったけれど……いつもなら伝えられない気持ちも贈り物として形にすることで伝えられるかもって思ったから、今日まで自分だけの秘密にして驚かせるつもりだったのにな。
 ……察するに、ショウちゃんからの耳寄り情報を聞いていたのは私だけではなかったのだ。まあ、あの子のいたところでは割と有名な行事だったみたいだし、その……ばれんたいんっていうやつ……? そんなものなのかもしれない。
「待ちなよ。アニキが、受け取ると思うのかい?ボク以外の人間から、しかもそんなちっぽけな贈り物をさ」
 目的地というのはもちろんリーダーが立っているあの場所をさしているのだから、当然のように後ろからついてきた。私をバカにしてるのはそうなんだけど、どちらかと言えば自分に自信があり過ぎる感じがする。
「リーダーはなんでも受け取ってくれると思うよ? 優しいし器広いし」
「それはただ、己の大切な団員が生き恥をかかないよう面目を立てているだけなのさ」
「だから、ツバキみたいなちっぽけな人間からのプレゼントだって、みーんな受け取ってくれるんだよ。ねえ?」
 到着と同時に「そうでしょ?」と問いかけたら、我らがリーダーのセキさんはさっぱりなんのことだか分からんみたいな顔をしながら、口では面倒臭そうに「そうそうその通り」と言った。今適当に言ったな。
 ツバキのお腹をえいっと押しのけてセキさんの正面陣地を勝ち取ることに成功した私は、さっそくお菓子を差し出した。
「リーダー、いつも大変な役回りお疲れ様! セキさんの口には小さいかもしれないけど、おまんじゅう作ったから美味しく食べて!」
「おう、なんだいきなり。普段そんなことちっとも口にしねえ癖によ」
「お待ちよアニキ、そいつのよりツバキが丹精込めて焼いた煎餅のが口に合うハズだよ。なんたって味の好みは知り尽くしてるからね」
「なんだぁ? おめえもか」
 先着を競うように持参したお菓子を押し付ける私たちに、セキさんはやっぱり何がなんだか分からんみたいな顔をしながらそれぞれを受け取った。
「まあ、ありがたいぜ。丁度小腹が空いてきたところだったのよ」
「セキさん。分かってると思うけど、わたしの方を先に食べてね」
「いいや煎餅が先だろ」
「何を言うの。わたしの方が先に渡したんだから!」
「残念ながらこちらが早かったよ。時間を大事にする癖して時間を見誤るとは、コンゴウ団の恥とも言うべきだね」
「ったくよぉ、顔合わせる度よくもそういがみ合いが出てくるよなぁ」
 セキさんが私たちを見ながらめちゃくちゃダルそうな顔してる。ちなみに、それセキさんにだけは言われたくない。

「仲良くやってるようで微笑ましいぜ。どうして急に菓子を寄越してきたのかはよく分からねえが、二人で示し合わせて計画したんだろ?」
「はあ? そんなわけないでしょ。わたしはショウちゃんから聞いて、一人で実行しただけなんだから」
「そうさ。アニキの目は節穴かい? どこをどう見たら仲が良く見えるのか是非に教えて欲しいところだね」
「あん? そりゃ、二人同時に来るところがだなあ……」
「それは、渡しに行こうとしたところにツバキがいきなり出てきたのが悪いです」
 そんなことをぼそっと呟いたら、ツバキは普段はぴんと真っ直ぐ立てている背筋を大袈裟に丸めて、私と視線をばっちり合わせて、
「それはこちらの台詞だい。おまえは小さいからね、目の前に来るまで気づかなかったよ」
 と笑った。

「セキさぁん……この人がいじめる」
「おいツバキ! 大人気ねえだろ、子供相手に」
「セキさんもいじめる……」
 なにこれ、この世に味方がいない。
「や、だっておめえは可愛いからなぁ、身長が」
 確かに身長は天と地の差があるけど! 年齢は近いんだよわたしたち!
「あっはは、すまんすまん」
「わらうな!」
「悪かったって。にしても、一体何を聞いたんだおめえらは。二人して同じようなことを言われたんだろうが」
「あのね。今日は『大切な人にお菓子を渡す日』なんだって」
「大切な人?」
「そう。だからセキさんに――」
「ちなみに!」
 あからさまに上から被せてくる性格の悪いツバキさん。
「ボクの方が思いの丈が遥かに上なのだよ。その辺承知しておくことだ。アニキをより慕っているのは、このツバキを置いて他にはいない!」
 まるで与えられた台詞を心を込めて読む演者みたいな言い回しだけど、本人は本気で言ってるのだ。なんだか色々な意味で感心してしまう。ツバキのセキさんへの熱量はいつもと変わらないけれど、いつもより熱意が伝わったのかなんなのか、セキさんは呆れ混じりに自身の腰に手をやった。
「どしたよ、ツバキ。今日は一段とおアツいようだが、オレになんかしてほしいことでもあんのか?」
「とんでもない! 見返りは求めてないよ。ボクは誰よりも良識のある人間だからね」
 どこが……?
「けど強いて進言するとするならば、ほかの誰よりもこのツバキを優先して構ってやってほしい!ていうかもっと構って!」
「いくつだテメェ。あんよが上手だなぁ」

 リーダーと問題児の阿呆みたいなやり取りを聞いているそばで、ふとポケットの中に押し込められた小さな箱に手が当たった。
「……」
 そういえば、そういえば。存在を忘れていたというか、いや忘れてはいなかったけど、ほとんど忘れかけようとしていたその箱の存在を、今になって急激に思い出してしまった。
 今日は、本当はこれを最初に渡す予定だったのだ。当日の朝になった途端すっかりセキさんの方に気を取られてしまったから……というのは単なる言い訳で、どうしても踏み出せなかったのだ。切り出せなかったし、言い出せなかった。
 ……悔しいことに、これは目の前の男に渡すやつなんだけど。
「ねえ、これ余ったからあげる」
 期待なんてしてないよ、わたしのことなんて眼中に無いみたいだし。だからこそ強気になって、リーダーがいなくなった隙に投げやりに押し付けると、ツバキは珍しげにその箱を観察して目を細めた。
「ふうん? どうせ最初から渡すつもりで用意していたんだろう? おかしな言い訳はよしなよ、素直じゃないね」
「……」
 どこまで自意識過剰なんだこの人は……!? いやその通りなんだけれども……!?
「ば、ばかじゃないの! なんでわたしがそんなこと!」
「だって、アニキに渡したのと様子が違うじゃない」
「そりゃあツバキなんかとセキさんに渡すのをおんなじにするわけないでしょ!」
「そんなこと言っちまって、本当はツバキにあげようと思ってがんばりました〜〜って魂胆が丸見えだね。何をそんなに隠す必要があるのかな?」
 ツバキは小さな頃からずっとコレだから、一緒に過ごしてきた私には多少の耐性があるけれど、さすがにここまで続けてバカにされるとたまったもんじゃない。堪忍袋の緒が切れました!
「もう知らない! 勝手にそう思ってればいいじゃない!」
 そんな捨て台詞を残して、もうほとんどフラれたやつみたいに悔し涙を流しながらヨネさんのところに駆け込んだ。優しいヨネさんは昨夜おまんじゅう作りを手伝ってくれたこともあり、何も言わなくてもすぐに事情を察したようで「渡せただけ偉いよ」と慰めてくれたけれど、こんなのって、こんなのって。
「でも、素敵な考えだよね。お菓子を渡して気持ちを伝えるって……今までの喧嘩してばかりの関係が、何か少しでも変わるといいね」
 本当、変わるといいね。あいつに限ってそんなこと有り得ないと思うけど。


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